Information http://www.michioakita.jp/whiteboard/ ja 2010-03-11T08:32:23+09:00 JIDAデザインミュージアム http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/03/jida_1.html 一昨日、JIDAデザインミュージアムに信号機のプロトタイプ「CUBIT]が搬入されました。

搬入に来てくださった信号電材のOさんと品川でその様子をうかがいました。

携帯で撮られた会場の写真を見てびっくり。

信号機「CUBIT]のすぐ横に六本木ヒルズに導入されて話題になったセキュリティーゲート

「TAGー5000」が置かれていました。

今回は今までの会場だったAXISではなく田町にある芝浦工業大学のエントランスホール

で開催展示されているのですが、その広々とした高さのある空間にとてもそのふたつが

なじんで(マッチ)いました。あくまでも「携帯の画面」ですが。

思うにふたつは「公共機器」ですから、展示されるというよりは「そこにすでにある」ものに

近い。特にセキュリティーゲートはそこで使われていてもおかしくはないわけです。

そういうものが「めでる」というか「見る対象」というがなんともおもしろい。

会場にはtrystramsでご一緒している柴田文江さんの話題作カプセルホテル「9HOURS」

も展示されているということです。

展示総数はこれまでで最高の55点ということもあり

ちょっとというかかなり今回の展示はおもしろそうです。

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akita 2010-03-11T08:32:23+09:00
SPILAL http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/03/spilal.html 今日から「SPILALオンラインショップでtrystramsが購入できるように
なりました。

http://store.spiral.co.jp/special/trystrams/

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akita 2010-03-10T17:10:49+09:00
ブックレビュー http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/03/post_310.html 1sikou.jpg

今日からPdwebの「ブックレビュー」が新しい回に変わりました。

外山滋比古著「思考の整理学」。


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akita 2010-03-09T16:07:23+09:00
おいでください http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/03/post_309.html 1post.jpg

17日の講演会ですが、まだ受け付けております。

わたしはこういう「こと」で、妙にかたちをつくったりしたくないので
正直に書きますが、あと7名大丈夫です。

友人いわく『平日の夜(水曜日)というのがなかなか仕事やなんやかやの予定
を確定しにくいんですね。』そうでしょうね。

無理してでも聞く価値有りですよ。 

と書いていたら後5人になりました。

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akita 2010-03-08T11:48:02+09:00
ベリーニ http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/03/post_308.html プロダクトデザイナーで天才と呼べる人はいるのかなあ。と先日考えていて
その最右翼というか「それを考えるに足る人」を思った時に浮かんだのが
「マリオ・ベリーニ」でした。

ふしぎな事にそのタイミングでベリーニのインタビューがエキサイトイズムに
掲載されていました。

むかしすごかったアイドルの事を『今でいうとキムタクかなあ。』という
表現をしますが、わたしはここ10年を見回してもベリーニと比較できるデザ
イナーを思い当たりません。

ベリーニすごいところは「造型+新素材」が体現されていて破綻がないところ
です。

「今までに見た事が無いのに生まれた瞬間に古典になっている」そういう
ものに彼のデザイン以外ではそう目にかかれない。

とはいえこれは「卵からかえったひなが最初に見たものを親と思う」ような
もので、もっと以前からデザインを網羅的に見て来た人には別の見解がある
だろうとも思います。

ベリーにはほんらい「建築」をしたくて勉強をしていたのが、いろいろな
運命であまりにもてがけた「本来じゃなかった」プロダクトデザインですばら
しい結果を残したのでなかなか建築をできなかったのですが、後半生は
建築家として活動をされています。しかしベリーニ大好きなわたしは間断なく
すばらしいプロダクトデザインの雨を世界中に降らし続けてほしかったなあ。

わたしの中で「ベリーニがここからいなくなったこころの空白」はずっと埋
まっていません。

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akita 2010-03-06T16:43:09+09:00
忘却力 http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/03/post_307.html 今度のブックレビューに、外山滋比古著「思考の整理学」を取り上げます。

昨年から話題でありつづけている本ですが、基本発売から間もない本は取り上
げないスタンスなんですが、安心してください。最初に発売されたのは今から
20年以上も前の本です。

ブックレビューでふれていることはここでは触れない(ちょっと触れてます)
ようにしますが、キャッチフレーズ的な紹介をすると

『これは恐るべき予言と警告の書です。なんと20年前にウィキペディアの出
現を言い当てています。』となるわけです。

ははは 嘘ですよ。 長年の経験に裏打ちされたアイディアの出し方とまとめ
方が読みやすい文章で淡々と綴られているだけです。

しかし読み終えるとわたしのキャッチコピーの意味が理解できるかと思います。

恐るべきは書かれています。 それは「積極的に覚えた事を忘れなさい」と
いうことです。

知識のストックは機械がしてくれる。だからあなたはエネルギーをクリエー
ティブに注ぎなさい。そういう事です。

さらにその忘れるということが、「ある結果」を別のカタチで見せるでしょう
でしょうと。

そこから先は本文が出てからにしておきます。

予言の書と言えば、「思考の整理学」よりもさらに20年も前の60年代の初頭
に作家の安部公房さんがこんなことを言っています。

『コンピューターの発達により問題解決能力は人から置き換わられるであろう
、その時問われるのは問題提議能力だろう』と。 おそるべし。

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akita 2010-03-05T13:40:09+09:00
フラット http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/03/post_306.html 1coolleaf.jpg

わたしは自然に出来た立体にはふたつの種類があると思っています。

それはものがぐっとせり上がって隆起してできた立体と、周りのものがどんど
ん浸食されて一部の「硬いもの」だけが残った景色を見た時に感じる立体です。

おおくの場合、人の評価は隆起にしか目がいかない。目立つという事はそうい
う事だと思われている。

わたしは昔から「グランドキャニオン現象」という表現を使う。

それはどういう事かといえば、ある時代においてはほとんど「平地」というか
平凡としか見られていない人が、時代の風化に耐えて「一貫した姿勢」を続け
ているといつのまにか「隆起」に近いような目立ち方をする人やモノについて
そう表現するのです。

一昨日の2日に川崎和男さんが「COOL LEAF」と呼ぶ新しいデバイスの製品
発表をされました。

昨年の秋に桑沢研究所のイベントで審査員として同席されてから、わたしの
中で川崎さんと方がとても気になってしょうがない存在となりました。

いまさら川崎さんをわたしが語るのも陳腐ですが、改めてそのデザインの世界
に向かう姿勢に驚きを感じるようになりました。

川崎さんがどういう「立体」なのかを問えばたぶん大方の人は「隆起タイプ」
に分類というか評するのでしょうが、わたしはなぜか「グランドキャニオン」
に思えるのです。

わたしとその上の世代の優秀な資質をもったデザイナーは、その人生を企業の
為に捧げる事が「ふつう」でした。

わかりませんが川崎さんも自らに課せられた過酷な運命がなければ、企業の
なかで手腕をふるい続けておられたのではないかと思います。

企業は一見一枚の「プレート(岩盤)」です。そのプレートはそう簡単に「高
さ(位置づけ)」を変わってみられる事はありません。その中でどう立体して
いるかをだれも見ようとはしない。でもそういう事を多分受け入れる事も川崎
さんには可能だったというのが私の感じるところです。

そういう「立体視」をいったん離れる事によって俯瞰した時期があったと
思います。

わたしはそういう時期に川崎和男さんに電話をしたことがあります。
今から25年ぐらい前の事でした。自分が今後どうしようかと思っていた時に
ある方に紹介していただいたのが川崎さんであり、その時はじめて川崎さんが
川崎和男になったのです。

わたしは福井までお会いしに行こうと思っていましたが、ちょうど台風が来て
タイミングを逸してしましました。

わたしには電話を通して感じた「やわらかさ」を忘れられません。その後川崎
さんはどんどん世間で見聞きくるようになってどんどん自分から遠い存在と
なりましたし、メディアで読んだりする文章は、あの電話口の川崎さんとは
別の方のように思いました。 隆起の時期だったんですね。

ここにひとつの「誤解」があります。それは隆起ではなく、会社を離れて自分
の高さをいったんリセットされたところから「本来あるべき高さ」へ自分の
評価軸というか「立体視」を問い直す作業の時期だったというのが正しいよう
に思います。

自然物に対する「高さ」は厳格に定義されていますし、そこには国土地理院
という「リファレンス(標準)」を司る機関があります。

ところが人。わたしたちデザイナーにとって国土地理院は存在しません。

デザイナーはチカラを評価するためにコンペに作品を問います。わたしが不勉
強なのかもしれませんが、川崎さんがコンペに問うた形跡をうかがうことが
ありません。(多分学生か社会人になったばかりにはそういう腕試しはされて
いたと思いますが)

プロのプロダクトデザイナーにとって評価されるべきは「製品」にある。
それは単に自分が『こういうものを考えました』ではなく、製品化にあたって
どう人を説得し感動させ実際の製品にこぎつけるか、そこの「精神力」「説得
力」「知識力」つまるところ「人間力」を総合的に判断されるべきだろう。
そう考えられたのだと思います。

プロダクトデザイナーにとって関わった製品を評価する「国土地理院」を作ろ
うと尽力されたのがグッドデザイン賞という場であったのだと思います。

わたしはリファレンス(標準)を作る仕事がそう派手でも報われる仕事でも
ないと思っています。伊能忠敬は後世「見えている人物」ですが、当時はたぶ
ん計測器を背負って海岸べりを計る姿は奇妙でなにをしているかを知る人は
いないでしょう。

じゃあ計測作業をしやすいようにかっこいいジャケットを作って「計測してい
ます」と表示される「軽い」電光掲示板を作るのもデザインだし、そういう
つらい作業も「報われる」ようにすべきじゃないのか。 そう考えられたのか
と想像の羽を広げます。

わたしは今デザインを巡る世界が沈静化していると感じています。
そういう中にあって継続的にそのエネルギーを出し続けていた川崎さんが目立
つのは道理だと思いますしそれこそがグランドキャニオンと思うゆえんです。

ここで最初に紹介した「COOL LEAF」の話に戻るのですが、そのデバイスが
「フラット」であるのは偶然だと思えないのです。

平面が立ち残ったグランドキャニオンの上(頂上)は本来平地でフラットなの
ですから。

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akita 2010-03-04T11:47:32+09:00
NOSIGNER http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/03/nosigner_1.html 今年は、NOSIGNERさんの年だと思っています。

先日紹介した「REAL DESIGN」にも彼の事が大きく取り上げられていました
がそのデザイン誌に限らず、このところ名前を見る事がとても多い。

最初に会ったのは、今から三年前になるのでしょうかJIDAのデザインミュー
ジアムの選定表彰式の場でした。

自己紹介をしていただいたのがきっかけであり最初に名前を知ったはじめてで
もありました。さっそく事務所にもどって彼の名を検索して『なるほど』と
思ったわけです。つまり一度会うと印象に残る。

わたしは彼の臆さず自分を相手に伝えようとする姿勢が好きです。

わたしは同じ会場でその10年ぐらい前に展示会を開いた若いデザイングルー
プの事を思い出していました。 わたしはそのイベントに近い人とその人たち
について伺った時に出た言葉が忘れられない。『彼らには恥を受け止める勇気
がある』。

同じような感想をNOSIGNERさんにもつのです。

あたらしい事が「恥」を伴わずに生まれる事はない。
もしそうでなければそこには周到な準備とシステムが背景にある。

思うにNOSIGNERさんにとって「周到な準備とシステム」はすべて頭の中に
あって、その事の為に実際のエネルギーを使う気持ちはあまり感じられない。

そのエネルギーはすべて「あたらしいモノ作りとその場に関わるひとたち」の
ために注がれる。

「不用意な周到」ではなく「周到な不用意」をこころがけてすらいる。

不用意と書いても実際の彼はとても効率主義者であって無駄な事はいっさい
しない。

100のエネルギーが30しか相手に伝わらない事が判ればその「ロス」は日本
も海外も同じだと感じていて、その減衰を海外にそそごく事にした。

まだまだ日本の人たちに彼の姿は見えていないけれど、確実にその成果を
海外であげてきていて、姿が見えるようになるのが今年だとわたしは思ってい
る。 見えた時にはとっくに前を歩いている。そういう存在だと。

時代を知っている。そういう気がする。

今度は彼にそのあたりの話を。みんなと一緒に聞いてみたいと思っています。

タイトルは「アンテナ」。

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akita 2010-03-03T10:50:44+09:00
勉強会参加募集 http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/03/post_305.html おおきな建築募集.jpg


タイトル 「勉強会」

日時 3月17日水曜日 午後7時から9時

定員 30名(先着順)

場所 ウィルクハーンジャパン ショールーム AXISビル 3階

東京都港区六本木5-17-1 AXISビル 3F

参加費 500円

申し込みお問い合わせ先 aiua@sky.plala.or.jp

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akita 2010-03-02T12:05:40+09:00
茶のこころ http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/03/post_304.html 1tea.jpg

展示会が終わって机も椅子も、もとの場所にもどって来て改めて自分の「考え
る場所」とはどうあるべきかを「考える」日々です。

ちょうどそのタイミングでリース物件であるAppleG4を更新するか否かの問
い合わせが来ました。そのG4はすでにリース期間はとっくに終了していて、
それまでの月一回分のコストで一年間使う事が出来ます。が、今では「外付け
ハードディスク」の置き台としてしか日頃機能していないのですが、その中に
は「使いやすいソフト」であるイラストレーターのVer.8.0が入っています。

だから何かの時には、取り出して来ては使う事もあるのです。
しかしわたしは、そこの「たまの便利さ」というころは捨てようと思いました。
現状の中でもっともシンプルな「部屋の佇まい」足り得るところを選択する事
にしてひとつでもモノを減らそうと決めました。

部屋が今どんどん広くなっています。狭いが広い。「心象風景は無限に拡大」
というのは大げさですが、「モノを考えやすく」するためには、必要なもの
と対峙して我慢と便利さの相克をしながらその空間を生み出すのです。

三原昌平さんが個展を開くというお知らせが届いたのは、自分の「方丈」展
の準備の最中だったのですが、部屋が片付いていない時にはどうも紹介して
は申し訳ない気持ちがしたので今日になりました。

タイトルは「プロダクトデザインとしての茶室 tea&mind展」

三原さんのサイトで千利休について一般的な認識のずれを指摘されていますが、
かくあるように三原さんのスタンスは常に「常識とはほんとに常識だろうか?」
という視点があります。 

アップルに対する愛情と問題点、自動車に対する愛情と問題点。デザインと
いう事に対する造詣の深さと現状の問題点。

たえず「モノと心の有り様」を掘り下げられています。

わたしのテープカッターについて褒めていただいた言葉はまさに「いぶし銀」
でしたし、それについてさらに「その後賞賛されているものが、誕生した時の
状況」を書いていただいたのは恐縮しつつわたしも学ばせていただきました。

今回の展示会にしてもただ「茶の世界に入る」だけでなく「茶の世界を取り巻
く周辺」について言及されるところが三原さんの真骨頂だと思いました。

それにしても「茶のこころ」というメッセージが届くタイミングがわたしに
とって絶妙でした。

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akita 2010-03-01T11:57:05+09:00
ほめられない理由 http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/02/post_302.html わたしはほめらた経験が沢山ある。

記憶をさかのぼると、美大の予備校時代に受験目前の模擬テストの講評で講師
の先生から『君はどこかに受かりそうだね。』と言ってもらえた。

『君はどこにでも受かりそうだね。』と、先生が言わなかったところがミソで
実際三つの大学を受けて受かったのは一つだけでした。しかし一番行きたかっ
た大学だったので、すべてオッケーでした。

もちろんわたしだけがほめられたのかどうかについてはまったく記憶にないし
『どこか』と言われただけでほめられたと思うのが、わたしの「才能」なのか
もしれません。ポジシンですね。

大学時代にも先生にほめられた記憶もあるし、ふたついた会社のどちらでも
会社の偉い方からほめられたし、その後一年嘱託として属した会社のセンター
長さんにもほめられた。 

おもしろいのは褒められたからといって大事な役職に推挙されるわけでもなく
会社員としてどうだったのかが評価されたのかはわからない。

優秀なひとの事を「おとなになって」からそうひとは褒めたりしないですね。
わたしも。 一目置くというのはわかりますが。

まあいいんです。本人の中ではすてきな思い出となって励みとなっていますか
ら。

さりとて「人を褒める事は大事です」というある意味ありがちな人生訓をする
つもりはさらさらありません。

なにせそのほめられた経験をさせてくれた人たちは、どちらかというと厳しい
ひとが多くて怒られたことのある人が大勢いるタイプの人たちだからわたしも
感慨が深いのです。実際わたしも叱られたと思います。あまり覚えてませんが
なにせ「ポジシン」なので。

だれかれなくいいところを褒める人の「クロームメッキ」のようなことばも
十分うれしいですが、「いぶし銀」のような褒め言葉はしっかりとこころの
奥に届いて「とどまる」。

これも結論ではありません。

それだけ「しぶいほめられ」を経験しているとどういうこころもちになるかと
いうと「ほめられなかった事」に対して観察や洞察する気持ちが生まれる。

なぜあの時代は「ほめられなかったのか」褒めなかった人の心情と事情に思い
が及ぶ訳です。

なぜあのデザインはよろしくないと言われたのか。わたしの振る舞いはどこが
相手の感情にとどかなかったのか。すれ違いが生じたのか。

わたしは自分を単純に「せめられない」。いたらなさを悔いられない。

自分がほめられるか否かでは物事はできていない。 その時なにが相手に起き
ていたのか。難しいなあ。

結論は「結論なし」です。

ただ「ほめられる」の周辺について考えた事を書きたかったのです。

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akita 2010-02-28T13:19:23+09:00
3月 http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/02/3_1.html テレビでは『もう2ヶ月が過ぎたんですね、一年の六分の一ですね。』なんて
話をしている。

何年もわたしは『一年長いですね。』と言ってきましたが、それは「一年は短
いに決まっている。そろそろそういう感情から卒業しましょうよ。』というわ
たしなりのメッセージがこめられているわけです。

「切りのない事をいってもしょうがないでしょ。」

出張が多いと一ヶ月は早い。展示会をすると一月が速い。講演会をしたりする
と一ヶ月はあっと言う間。講義を週に一回でも担当するとずっと毎日行ってい
るような錯覚が起きて早い。月に一回の連載記事を書いているとあっという間
に次の締め切りが迫ってくる。

つまり自分で一年を早くしていたようなものです。

3月はいろんな事がすでに決まっているのであっという間に過ぎてしまうだろ
うなあ。

結論、わたしはよろこんで一年の短さを受け止めちゃいます。

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akita 2010-02-27T16:26:04+09:00
材料とのであい http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/02/post_303.html 新潟の燕商工会議所が主催する「燕市物産デザインコンクール」でPrimario
の「テープカッター」が協会会長賞を受賞したと知らせが入りました。

うれしいです。さらにうれしいのは出してみてはどうかというお話がいただけ
る事です。

昨年はJIDAのデザインミュージアムに選定していただきましたが、その後海
外のデザイン賞にエントリー依頼があったりしてこのテープカッターPrimario
の広報担当になったようです。アイコンですね。

この製品はテップカッターの「かっこう」はしていますが、その値段もそうで
すが、「使い勝手の良い値段も手頃で普及するもの」「世界最高の切れ味」い
うのが課題であればアウトだと思っています。 

そうであればわたしはそれに対応した「別の答え」も用意できると思っていま
す。

この製品には「前の物語」があります。

わたしは80mmをデザインするにあたってそのかたちを実現する為にある
メーカーを紹介していただきました。それが電信柱に使われている絶縁体であ
る「碍子(がいし)」を作っているメーカーでした。(その昔ここで写真入り
で紹介したことがありますが)

どうして碍子メーカーかといえば、碍子は材料(土)を円筒形にしてある程度
固まったものを、ろくろにかけて「切削(削り込み)」をして碍子のかっこう
にしていきます。その過程の中で「内側」を削り込んで行くのですが、その奥
の方まで削り込むテクニックを使えばあの80mmの底の削り込みが出来るん
じゃないかという話になったわけです。

当時はまだ「底に蓋をする」という事を考えていませんでした。
結局、材料も重いし器には適さないということで諦めましたが、「碍子」とい
う素材感とその「重さ」をうまく使えないかと考え、まったく別の製品を思い
つきました。

それが「テープカッター」だったのです。
テープカッターは置いて使う分にはそうとう重くないとテープの引き出す時に
かかるチカラで本体が持って行かれるのです。

つまり持って行かれない重さに碍子が向いていると思ったのです。
次に問題となったのが「歯」でした。 わたしは碍子に「溝」をつけてその
溝がある断面で「歯」に変化しないものかと考えた訳です。

しかしもともと土ですし表面に「釉薬(ゆうやく)」もかかった仕上げになる
のでセロハンテープを「ぱしっと」切るのは困難なわけです。

じゃあふつうの製品のように「歯」を別物にして埋め込めば良いんじゃないか
と思うでしょうが、それでは「納得」しないわけです。そうなると結局それま
での「プラスティック」を「碍子」に置き換えただけでしかない。そう思うと
ころがわたしなんです。

そういう妙なこだわりがネックとなって結局そのアイディアは「お蔵」に入り
ました。

それから数年後にタケダとの出会いがあったわけです。
なにせステンレスは「重い」し、なにより「歯」の材料そのものです。(ステ
ンレスが使われている事は少ないですが)

まあ、この結論にいたるまでアルミで作ったものまでいくつもの試作がありま
す。Primarioの中で試作した数がもっとも多いのがこのテープカッターです。

「ステンレス加工技術の粋でできたF1カーを作ろう」というのがスローガン
でした。

先にも書きましたが「リーズナブル」というのであれば回答は別にあります。
ゆえにこの製品をテープカッターの定義で判断されると「アウト」だと思いま
すが「テープも切る事が出来るバランスのいいステンレスの塊」というのが
わたしの定義です。

ここで柳宗理さんのバタフライチェアーを引き合いに出すのも唐突かもしれま
せんが、実際にあのスツールを使ってみるとあまり使いでの無い事に気がつき
ます。座面も大きくなく左右に体重はかけられない。なにより「脚立」がわり
になりません。食器棚の上に載せたテーブルコンロを取る台にもならない。
ずっと座っているのもつらい。値段も安くない。そういうのはまったく雑誌で
は知る事の出来ない「事実」です。 これは悪口じゃないですよ。それをこえ
てあまりあるのがあの佇まいの美しさです。

わたしはずっとながめながら(座りながら)思いました。柳さんは「プライ
ウッド(成型合板)」の素材(加工)の良さと可能性を広げる事を思って
あのスツールをデザインしたことを。 日頃は使い勝手を重視し試作を重ねる
柳さんがあえて「入れるもの捨てるもの」を案配して作り上げた事を。

なによりあのスツールの存在がその後多くのデザイナーを触発し、スツールや
椅子が生まれたと確信します。

かたちは違えどわたしもその一人です。その思想があのテープカッター誕生に
力を与えてくれたのです。

こんなに長文になるとは思いませんでした。


1mata.jpg

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akita 2010-02-26T10:23:05+09:00
端的 http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/02/post_301.html わたしの机の斜め前にもうひとつの「ホワイトボード」が掛かっていますが
そこには消さずにおいてあるフレーズがあります。

「圧倒的に外観が端的であること」。

物事には「諸事情」があって「圧倒的に端的」なかたちにはそう簡単には収ま
らない。しかしいつもわたしの頭の中にはそのフレーズが浮かんできて、そこ
を目指すべくその行きかけている方向性を修正します。

旭製作所の製品カタログをどうまとめるか考えた時、「なにを扱っている会社
か」それが端的に表現されていればいいし、それによって「なんだか判らない
けれど綺麗な何か」が生まれればと思ったのです。


それを使う人にはよくわかるし、わかない人には「美しさ」をプレゼントす
る。 実際この中には「なんだかよくわかないけれどきれいな硝子製品」が
多く存在しています。

あまりおおげさな話はしてはいけませんね。わたしはこのデザインが好き
という事です。


asahisougou.jpg

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akita 2010-02-25T17:37:34+09:00
残る気持ち 残るかたち http://www.michioakita.jp/whiteboard/archives/2010/02/post_291.html 展示会場に並んだハイアールの冷蔵庫と洗濯機を見てわれながらきれいだと
思いました。 残念ながら冷蔵庫は現在買う事ができません。

このふたつをデザインする時に無印良品の冷蔵庫を「先生」として意識してい
ました。あの冷蔵庫のデザインはすばらしい。 これも残念ながら次の製品に
変わってしまいました。

デバイスタイルの12本用ワインセラーも、もう買う事が出来ません。

ふつうだったらそういう事を書いたりはしないものかもしれませんが、「デザ
インが今でも通用するのに消えてしまう」というのがなんとも残念なのですが

わたしは既に買ってくれて使ってくださっている人たちの為に言いたい。
「デザイナーは今でもそれらの製品に愛情を持っていますし、そのかたちに
自信を持っています」と。

たぶんこれから何年経ってもそれらのカタチは「不変」だと。

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akita 2010-02-24T20:25:50+09:00