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February 28, 2010


ほめられない理由

わたしはほめらた経験が沢山ある。

記憶をさかのぼると、美大の予備校時代に受験目前の模擬テストの講評で講師
の先生から『君はどこかに受かりそうだね。』と言ってもらえた。

『君はどこにでも受かりそうだね。』と、先生が言わなかったところがミソで
実際三つの大学を受けて受かったのは一つだけでした。しかし一番行きたかっ
た大学だったので、すべてオッケーでした。

もちろんわたしだけがほめられたのかどうかについてはまったく記憶にないし
『どこか』と言われただけでほめられたと思うのが、わたしの「才能」なのか
もしれません。ポジシンですね。

大学時代にも先生にほめられた記憶もあるし、ふたついた会社のどちらでも
会社の偉い方からほめられたし、その後一年嘱託として属した会社のセンター
長さんにもほめられた。 

おもしろいのは褒められたからといって大事な役職に推挙されるわけでもなく
会社員としてどうだったのかが評価されたのかはわからない。

優秀なひとの事を「おとなになって」からそうひとは褒めたりしないですね。
わたしも。 一目置くというのはわかりますが。

まあいいんです。本人の中ではすてきな思い出となって励みとなっていますか
ら。

さりとて「人を褒める事は大事です」というある意味ありがちな人生訓をする
つもりはさらさらありません。

なにせそのほめられた経験をさせてくれた人たちは、どちらかというと厳しい
ひとが多くて怒られたことのある人が大勢いるタイプの人たちだからわたしも
感慨が深いのです。実際わたしも叱られたと思います。あまり覚えてませんが
なにせ「ポジシン」なので。

だれかれなくいいところを褒める人の「クロームメッキ」のようなことばも
十分うれしいですが、「いぶし銀」のような褒め言葉はしっかりとこころの
奥に届いて「とどまる」。

これも結論ではありません。

それだけ「しぶいほめられ」を経験しているとどういうこころもちになるかと
いうと「ほめられなかった事」に対して観察や洞察する気持ちが生まれる。

なぜあの時代は「ほめられなかったのか」褒めなかった人の心情と事情に思い
が及ぶ訳です。

なぜあのデザインはよろしくないと言われたのか。わたしの振る舞いはどこが
相手の感情にとどかなかったのか。すれ違いが生じたのか。

わたしは自分を単純に「せめられない」。いたらなさを悔いられない。

自分がほめられるか否かでは物事はできていない。 その時なにが相手に起き
ていたのか。難しいなあ。

結論は「結論なし」です。

ただ「ほめられる」の周辺について考えた事を書きたかったのです。

01:19 PM

February 27, 2010


3月

テレビでは『もう2ヶ月が過ぎたんですね、一年の六分の一ですね。』なんて
話をしている。

何年もわたしは『一年長いですね。』と言ってきましたが、それは「一年は短
いに決まっている。そろそろそういう感情から卒業しましょうよ。』というわ
たしなりのメッセージがこめられているわけです。

「切りのない事をいってもしょうがないでしょ。」

出張が多いと一ヶ月は早い。展示会をすると一月が速い。講演会をしたりする
と一ヶ月はあっと言う間。講義を週に一回でも担当するとずっと毎日行ってい
るような錯覚が起きて早い。月に一回の連載記事を書いているとあっという間
に次の締め切りが迫ってくる。

つまり自分で一年を早くしていたようなものです。

3月はいろんな事がすでに決まっているのであっという間に過ぎてしまうだろ
うなあ。

結論、わたしはよろこんで一年の短さを受け止めちゃいます。

04:26 PM

February 26, 2010


材料とのであい

新潟の燕商工会議所が主催する「燕市物産デザインコンクール」でPrimario
の「テープカッター」が協会会長賞を受賞したと知らせが入りました。

うれしいです。さらにうれしいのは出してみてはどうかというお話がいただけ
る事です。

昨年はJIDAのデザインミュージアムに選定していただきましたが、その後海
外のデザイン賞にエントリー依頼があったりしてこのテープカッターPrimario
の広報担当になったようです。アイコンですね。

この製品はテップカッターの「かっこう」はしていますが、その値段もそうで
すが、「使い勝手の良い値段も手頃で普及するもの」「世界最高の切れ味」い
うのが課題であればアウトだと思っています。 

そうであればわたしはそれに対応した「別の答え」も用意できると思っていま
す。

この製品には「前の物語」があります。

わたしは80mmをデザインするにあたってそのかたちを実現する為にある
メーカーを紹介していただきました。それが電信柱に使われている絶縁体であ
る「碍子(がいし)」を作っているメーカーでした。(その昔ここで写真入り
で紹介したことがありますが)

どうして碍子メーカーかといえば、碍子は材料(土)を円筒形にしてある程度
固まったものを、ろくろにかけて「切削(削り込み)」をして碍子のかっこう
にしていきます。その過程の中で「内側」を削り込んで行くのですが、その奥
の方まで削り込むテクニックを使えばあの80mmの底の削り込みが出来るん
じゃないかという話になったわけです。

当時はまだ「底に蓋をする」という事を考えていませんでした。
結局、材料も重いし器には適さないということで諦めましたが、「碍子」とい
う素材感とその「重さ」をうまく使えないかと考え、まったく別の製品を思い
つきました。

それが「テープカッター」だったのです。
テープカッターは置いて使う分にはそうとう重くないとテープの引き出す時に
かかるチカラで本体が持って行かれるのです。

つまり持って行かれない重さに碍子が向いていると思ったのです。
次に問題となったのが「歯」でした。 わたしは碍子に「溝」をつけてその
溝がある断面で「歯」に変化しないものかと考えた訳です。

しかしもともと土ですし表面に「釉薬(ゆうやく)」もかかった仕上げになる
のでセロハンテープを「ぱしっと」切るのは困難なわけです。

じゃあふつうの製品のように「歯」を別物にして埋め込めば良いんじゃないか
と思うでしょうが、それでは「納得」しないわけです。そうなると結局それま
での「プラスティック」を「碍子」に置き換えただけでしかない。そう思うと
ころがわたしなんです。

そういう妙なこだわりがネックとなって結局そのアイディアは「お蔵」に入り
ました。

それから数年後にタケダとの出会いがあったわけです。
なにせステンレスは「重い」し、なにより「歯」の材料そのものです。(ステ
ンレスが使われている事は少ないですが)

まあ、この結論にいたるまでアルミで作ったものまでいくつもの試作がありま
す。Primarioの中で試作した数がもっとも多いのがこのテープカッターです。

「ステンレス加工技術の粋でできたF1カーを作ろう」というのがスローガン
でした。

先にも書きましたが「リーズナブル」というのであれば回答は別にあります。
ゆえにこの製品をテープカッターの定義で判断されると「アウト」だと思いま
すが「テープも切る事が出来るバランスのいいステンレスの塊」というのが
わたしの定義です。

ここで柳宗理さんのバタフライチェアーを引き合いに出すのも唐突かもしれま
せんが、実際にあのスツールを使ってみるとあまり使いでの無い事に気がつき
ます。座面も大きくなく左右に体重はかけられない。なにより「脚立」がわり
になりません。食器棚の上に載せたテーブルコンロを取る台にもならない。
ずっと座っているのもつらい。値段も安くない。そういうのはまったく雑誌で
は知る事の出来ない「事実」です。 これは悪口じゃないですよ。それをこえ
てあまりあるのがあの佇まいの美しさです。

わたしはずっとながめながら(座りながら)思いました。柳さんは「プライ
ウッド(成型合板)」の素材(加工)の良さと可能性を広げる事を思って
あのスツールをデザインしたことを。 日頃は使い勝手を重視し試作を重ねる
柳さんがあえて「入れるもの捨てるもの」を案配して作り上げた事を。

なによりあのスツールの存在がその後多くのデザイナーを触発し、スツールや
椅子が生まれたと確信します。

かたちは違えどわたしもその一人です。その思想があのテープカッター誕生に
力を与えてくれたのです。

こんなに長文になるとは思いませんでした。


1mata.jpg

10:23 AM

February 25, 2010


端的

わたしの机の斜め前にもうひとつの「ホワイトボード」が掛かっていますが
そこには消さずにおいてあるフレーズがあります。

「圧倒的に外観が端的であること」。

物事には「諸事情」があって「圧倒的に端的」なかたちにはそう簡単には収ま
らない。しかしいつもわたしの頭の中にはそのフレーズが浮かんできて、そこ
を目指すべくその行きかけている方向性を修正します。

旭製作所の製品カタログをどうまとめるか考えた時、「なにを扱っている会社
か」それが端的に表現されていればいいし、それによって「なんだか判らない
けれど綺麗な何か」が生まれればと思ったのです。


それを使う人にはよくわかるし、わかない人には「美しさ」をプレゼントす
る。 実際この中には「なんだかよくわかないけれどきれいな硝子製品」が
多く存在しています。

あまりおおげさな話はしてはいけませんね。わたしはこのデザインが好き
という事です。


asahisougou.jpg

05:37 PM

February 24, 2010


残る気持ち 残るかたち

展示会場に並んだハイアールの冷蔵庫と洗濯機を見てわれながらきれいだと
思いました。 残念ながら冷蔵庫は現在買う事ができません。

このふたつをデザインする時に無印良品の冷蔵庫を「先生」として意識してい
ました。あの冷蔵庫のデザインはすばらしい。 これも残念ながら次の製品に
変わってしまいました。

デバイスタイルの12本用ワインセラーも、もう買う事が出来ません。

ふつうだったらそういう事を書いたりはしないものかもしれませんが、「デザ
インが今でも通用するのに消えてしまう」というのがなんとも残念なのですが

わたしは既に買ってくれて使ってくださっている人たちの為に言いたい。
「デザイナーは今でもそれらの製品に愛情を持っていますし、そのかたちに
自信を持っています」と。

たぶんこれから何年経ってもそれらのカタチは「不変」だと。

1REIZOUKO.jpg

08:25 PM


最短距離のカタチ

今、ある製品をデザインしています。 後一月もすればお知らせできるかと
思います。

それを見たひとは『わたしらしいなあ』と言われるだろうカタチをしていま
す。「らしいなあ」は、説明しにくいものですが、言ってみれば「なんでもな
いカタチ」です。

さっきも、ネットショップで同じカテゴリーの製品を見ましたが、その「なん
でもないカタチ」に似た製品はありませんでした。

デザインをする度に思います。みんなどうして「最初に考えつくようなカタチ
をデザインしないのか。」と。

だれでも考えつくカタチをデザインする事は、別に悪い事ではないとわたしは
思っています。

だってわたしが欲しいのは「なんでもないだれでも考えつきそうな製品」だか
ら。モダンデザインかどうかは別としてわたしは「最短距離」でモノを描くの
が好きで、使うものも「最短距離」でデザインされたものを使いたい。

05:00 PM


セミナー

先日もお知らせしましたが、建築家の米田明さんとライーターの加藤孝司さん
とわたしの鼎談の日程が決まりました。参加費は500円。定員は30名程度申
し込み順となります。募集は来月のはじめを予定しています。

実はこのイベントは今頭の中にある「おおきなプロジェクト」のスタートにし
たいとう考えが根底にあります。 人にとって大切な事にデザイナーがどう力
を貸す事が出来るのか。 まあ「りきみ」は似合わないのでちょびっとづつで
すが。

そういう事は置いておいて建築の最前線にいる米田さんからどういう話が飛び
出すのかわたしもたのしみです。

もうひとつ参加された方にウィルクハーンのショールームで経験してほしいの
新作椅子「ON」の座り心地。

これまで椅子では実現されていなかった「横方向へのスウィング」が可能に
なっていることです。 これによって長時間座っていても腰への負担が軽減さ
れるという画期的な椅子です。座りながら「運動」が出来てしまうのです。


おおきな建築.jpg

10:06 AM

February 23, 2010


中に入れるプロダクト

少し前にわたしは自分のプロダクトを「機械のための家」だと表現したことが
あります。「パンの住む家」「ワインの住む家」そんな感じでしょうか。

家ではないのですが、今九州にある硝子メーカー旭製作所のオフィースデザイ
ンという程ではないですが、改装のお手伝いをしていて来月の中旬には完成す
る予定で進んでいます。

デバイスタイルのショールーム兼オフィースの内装に関わって以来ですが、す
ごいのはスケッチが「スケッチ以上」になってしかも「中に入れる」。

プロダクトデザインは自動車など一部のプロダクトを除いて内側から見るとい
う楽しみは味わえません。さらにいえば「居心地のデザイン」という観点はそ
うあるものではありません。

強いてインテリアデザインをして行こうという気持ちはないのですが、会社
のトータルイメージを作るには、グラフィックもインテリアもプロダクトも関
わっていくのが望ましいと思っています。

それにしても、工事をする人たちのスピードと作り込みの感覚はすごいと思い
ます。

08:43 PM

February 22, 2010


JIDAデザインミュージアム

公共機器のインフォメーションがつづきますが、社団法人日本インダストリ
アルデザイナー協会/JIDAが選定するデザインミュージアムセレクション
Vol.11
に信号機「CUBIT」とセキュリティーゲートTAG5000が選定されま
した。

これまで「製品」「商品」を基準に選定をされていましたが、今回から
「プロトタイプ」に対しても選定範囲を広げる事になったということで、
「CUBIT」が選ばれた事はとても光栄な事と思っています。

CUBITはプラスティック製です。軽量化や錆びに対するあたらしい回答を
秘めています。背面の「クロス模様」は縦でも横でも自由に組み合わせて
使う事が出来る事を端的に表現しています。

セキュリティーゲートは新型が出ましたが、発売から10年をむかえる「先
代」が選ばれました。まだ国内にセキュリティーゲートという「定型」が
ない時代にあってその役割を評価されたものです。

つい先日も六本木ヒルズのゲートを見る機会がありましたが、周辺の設備が
少しリニューアルされていてまた「新製品」のようなきらめきが生まれて
いました。

展示は、芝浦工業大学・芝浦キャンパス・1階エントランスホールで3月10日
(水)~15日(月)10:00~19:30  


cubit10.jpg

5-1.jpg


08:27 PM


デザインには意義と意味と意思が在る

1real4.jpg

昨日、天童PLYに行った時うれしいハプニングがありました。

『秋田さん、柳さんと一緒に信号機が紹介されていましたよ。』と。

「REAL DESIGN」誌の4月号に「公共機器デザイン」が紹介されていました。

柳宗理さんの高速道路の防音壁。渡辺力さんの第一生命ビルの時計塔。
山中俊治さんの自動改札機。そしてわたしのLED歩行者信号灯器。

「街角にデザインは溶けている」そうタイトルされています。

今月の「REAL DESIGN」誌は画期的な記事だと思いました。

1972年の渡辺さんの仕事からわたしの信号までおよそ35年の歳月が流れてい
ますが、そういったものが同列に語られていることがうれしい。

この公共器機の記事に限らず日用品についてもGKが1961年(!)にデザイン
したキッコーマン卓上瓶や剣持勇デザインのヤクルト容器などから昨年発売さ
れたnendoの消臭プラグまで50年の歳月をこえて同列に紹介されています。

今月号には実に多くのデザイナーが登場しています。みんな使う人の日常を輝
かせる為に一生懸命デザインをしている。そういう気概にあふれた一冊です。

そういう事が伝わるのか、4月号を探していましたがコンビニエンスストア
を4件ほどまわりましたがすでに売れてしまっていました。


05:45 PM


お礼をもうしあげます

天童PLYで開催しておりました「方丈」展ですが、昨日無事終了することがで
きました。展示最終日にも多くの方に来て頂きましたが最終の最後まであの空
間で歓談していました。

今日の夕方には、わたしの空間にあの空間がもどってきます。合体ですね。
フュージョンですね。

わたしはかつて「モノは愛用すれど愛着せず」と書きました。モノはあくまで
も人を支えるものモノに人は支配されてはいけない。人は生業にしていること
や身近なものを「拡大」するか「矮小」するかそのどちらかに偏りがちです。

わたしは自分の仕事である「プロダクトデザイン」とできるだけニュートラル
な「距離感」を保つ事に実はかなり「気持ち」を使っています。

ほどのいいものをほどよく使っていればそう簡単に自分から離れて行ったりは
しないものです。

そういった意味では、あの「方丈」展に展示したものはいい感じで「老けて」
来ています。ぴかぴかではないけれど、支配をしもされもしないで自分ととも
にいい感じで「年を重ねて」きたものです。

10:33 AM

February 20, 2010


13年

さっき大家さんとお話ししたら、わたしがここに来て今月で14年目になった
そうです。

「なったそうです」と書くのも変ですが、まったく時間の感覚がなくなってし
まっています。

自宅の方も数年前に引っ越しするまでおよそ20年も同じところにいました。
じゃあわたしが「変化」を好まないかというとまったくそうではないわけで事
務所も自宅もそれまでは、何度も引っ越しを繰り返していたので、ひとえにそ
れは居心地と「コストパフォーマンス」がよかったからに他なりません。

こういう自分の皮膚感覚・空気感覚でしか説明できないものを「見たまま」の
印象で語られること、評される事をわたしは好まないんだと思うんです。

それは着るもの・食べるものすべて言えるかと思います。

さらにいえばそれは「プロダクトデザイン」の有り様にも同じ事が言えます。
ロングライフなものがいいといいながらも新しいものを優先的に扱う。お店も
雑誌も同じです。わたしはそれはしょうがないと思っています。必要な変化だ
と。しかしいつか「巡り会う」わけです。動かないものに。

動かないものを見つけてしまったら、「変化」をすてて「とどまる」をわたし
は選びます。

だれかのために自分があるわけでなく、だれかの為に有るのは「行為」つまり
デザインとこういう文章だと思っていて、自分の有り様は「ひとのため」にあ
るのではないと思っています。

デザイナーがどうやって「仕事をしているのか」それは鶴の恩返しのよひょう
の心境でわからないでもない。いやよくわかる。 しかしそれはなにも「大
事」ではない。

じゃあどうして「自分の机や椅子をみせるのか」。矛盾と言えば矛盾ですがそ
こで見えるものがあると思ったのです。 さしあたって愛用品が無いと仕事に
は不便だということがわかりました。

さらに今日、大家さんと話していて思いました。 やっぱりここが好きだと。

だって空気があわないと30分もそこにいられないわたしが、13年も経った事
をすっかり忘れているのだから。 覚えている事も重要ですが、忘れていられ
るのはもっと重要です。

12:46 PM

February 19, 2010


来る情報 行く情報

このところ立て続けにわたしのことを「 誰? 知らないなあ。」と書かれた
ブログを見つけた。

正確に書くとわざわざそういうものを「見つけに行っちゃった」わけです。

どちらも商品を漠然と探している人が、その商品に「デザイン 秋田道夫」と
書かれているのを見てしまったわけです。その人たちもある意味「見つけに
行っちゃった」わけです。

とはいえ知らない人のことを「誰 それ」と書く必要があるとも思えず、少な
くとも「言葉遣い」としてもあまりよろしいとは思えない言い方をなぜあえて
書いたのかを検証(?)してみたくなったわけです。

たぶんその人たちはいろんな情報を、ひとかど以上に「知っている」という自
負心があるんでしょうね。そういう自負心と「自分が知らないのにふつうでは
ありえない昔で言えばイタリアの有名デザイナーぐらいにしか許されなかった
名前を出すという行為をしているということはたぶん知られたデザイナーであ
るにもかかわらず自分が知らないというジレンマ」が許せないんでしょうね。


思うにデザイナーの名前を知らないなんていうのは、「まったく恥ずかしくな
い」あたりまえの話で、知られている人がへんだというぐらいに思ってもそう
差し障りない。

たぶんそれは「知ろうとするから生まれるジレンマ」で、それこそ鈍感力でど
うにもなる話です。

でもさらにいうと知れば知るほどしらないことが沢山あって、自らが知らない
こと柄に対して敬意と畏敬を感じることこそが「知識」だと思うのです。 知
を認識することが知識であって知識の量をどうこう思うのは違うなあ。 


それともうひとつは、とどのつまりは「誰かが定評していること」に対して受
動的でそういうところで見かけないものに対して「反発」を感じるのも、デザ
イン好きの「こころのうごき」とは反しているなあ。 何度も書いてきました
が、「自分の世界を閉じ込めるぐらいだったら知識をえるのはよろしくな
い。」

わたしはだれかが定評する前からずっとたのしく大切にデザインと付き合って
きたのだから「誰?」といわれる覚えはないのです。

11:53 PM


見えない機能

「機能を増やすには技術がいるが、機能を減らすには哲学がいる。」

この言葉がまたツイッターで盛り上がっていました。
daily styleのインタビューが昨年の暮れに再注目されてその中に書かれていた
上の文章が抜き出されて、多くの人がそのことばに感じてくれたのですが数ヶ
月経ってまた注目されていました。

わたしの覚えではdaily styleのインタビューが掲載されたときいち早くその言
葉に「気がついた」方はウェブデザイナーだったように思います。

ウェブの世界は詳しくはないですが、現実の「部品」が無い分、「機能」とい
うか「これもできますあれもできます」ということをどこで「仕切るか」とい
うのはとても難しく「その世界」を知らないクライアントを説得することはさ
らに難しいということは想像に難くありません。


先の言葉が生まれた背景をお話しすると今から25年もさかのぼるのですが
当時私は全盛期の「CDプレーヤー」のデザインに携わっていました。
いまでは当たり前ですが「シャッフル機能」というものが会社の「売り」でし
た。それは何度も同じアルバムを聴いていると「つぎの曲」が浮かんで来て新
鮮味がどんどん無くなって行くわけですが、それをCD自身がランダムに選曲
することによって「予想」を裏切ることによって今まで聴いたものを新しく感
じさせる効果がありました。

そういうものを考えるもの実際に作り出すのも難しいですが、いったん出来て
しまうとその「機能」を付加することは容易になります。

それは「みんなが買うもの使うもの」としては優れた機能だと思います。実際
その後にうまれた音楽再生機器には当たり前になりました。(シャッフルとい
う名前の製品まであるぐらいですから)

先の言葉がうまれるのは、そういった製品ではなくおそらく当時世界最高の高
音質になるだろうというCDプレーヤーのデザインを担当していた時です。

世界最高ですから値段もかなり高額です。

そういう製品を買う人の音楽に対する世界観をわたしなりに想像したわけで
す。「原音再生」という言葉があるくらいですから、どこまで「オリジナル」
の音に迫れるかそこがポイントです。

思いました。究極は「その演奏者を我が家に呼ぶこと」「パリのオペラ座やミ
ラノのスカラ座のシートに瞬間移動」することなんではないかと。

そういう考えに立つと「演奏順が自分の都合よく変わる」といった「自己都
合」が効かないことに「悦楽がある」と。

なんともめんどくさい人にはめんどくさいお話ですね。しかし「そういうも
の」だなあと。

ですからプレーヤーにCDをかけることも「演奏者が席に着くまでのこころの
準備」みたいなもので「ぱぱっと」載せるなんて考えられないわけです。

おごそかな「儀式」として存在するだろうと。全部わたしの中での「空想」で
す。「妄想」です。
「不便」を買う、しかし「素材」や「素質」は最高なものを買う。

そういう世界を理解することが大事だと思ったのです。

わたしは「機能を増やすには技術がいるが、機能を減らすには哲学がいる。」
を会議の席で言ったのか言っていないのかについても覚えがありません。
結局、製品は結構「便利」なものになって世に出ましたから、ひょっとしたら
「そうだったらいいな」と思って考え付いたのかもしれません。

12:43 PM

February 18, 2010


いまさら鈍感力

話題になってからだいぶ日が経っていますが、渡辺淳一さんの「鈍感力」を読
んでいます。

月刊「プレイボーイ」誌に連載されていたものをまとめて一冊にしたもので、
エピソードが簡潔にまとまっていて読みやすい。 なんてすっかりブックレ
ビューのような書き方をしてしまいました。

ブックレビューといえばわたしの連載しているPdwebのブックレビューを先
日も話に出た梅さんは連載当初からその「意義」というものを高く評価してく
れていて、その事を口に出して伝えてくれています。わたしにはわかっていな
いのですが、とり上げた本がその直後からamazonで売れだしたりするという
こともあるそうです。どこまで「そうなのか」はわからないのですが、「そう
思う事」は大事だと思っています。だからやる気にもなる。

「鈍感力」にも「真に受けて調子に乗ってしまう」のも大事な鈍感力だと書か
れているのでこれまた真に受けてそう思っている訳です。

この本を読んで「効果」というか「よかった」と思うのは鈍感な人ではなくて
敏感な人でしょう。 だってね鈍感だとそういう本が売れているかどうかにも
気にはならないでしょうから。

本文にわたしもかねてから思っていた事が書かれているのですが、「わたしよ
りも力の有る人」が常にまわりにいました。美術は小学校中学校とみな均等に
「授業」していますからその素質でもって光る人がいるものです。

それは好きでやっている人よりも素質で早くからすぐれた絵を描いたり工作を
じょうずにしたりしますが、かならずしもそれを仕事にしたいと思ってうまい
わけではありません。

中学時代にわたしの友人に早熟な人がいて、絵がうまかったのですが彼は小学
時代から漫画を自分で描いていて、知識も豊富でした。しかも勉強もできたの
で、あっさりと高校に進む段階で美術を道には選びませんでした。

いろんな面で先を行っていた彼。気になってしょうがありませんが、わたしは
前に進む。

先日読んだ本でも雑誌でも似たようなエピソードが載っていてたてつづけに三
回も似た話に遭遇するのでこれはそうとうにどの世界でもある「現象」なんだ
と思いました。

まあそういう脈絡を見つけるところが「敏感」なんでしょうが、じゃあ自分が
神経質かといえばそうでもない。 

思うに自分は神経質にもなりきれない。忘れちゃうんですね。すべてではない
けれど。

わたしはデザイナーは敏感でなくてはやっていけない仕事だと思っています。
それでなければ今有るものを改良したり工夫したりする「意欲」が生まれてき
ません。

わたしはその敏感のために集中して気を束ねているのかと思います。それと同
時に束ねきれないものもいっぱい残っているそんな感じでしょうか。

鈍感を集約して敏感を生んでいる。そこからはみ出た部分はそうとうに鈍感な
ままじゃないかと。

そうそう文中にあります。『年配で元気な人はたいがい人の話をあまり聞いて
いない。』大爆笑です。 それだわたし。そして長年の友人から『アキタさん
はほんと人の話を聞いてないから。』と言われ続けているのを思い出しまし
た。

11:25 AM

February 17, 2010


定番1

楽天のサイトを覗いたらなんだかすごいことになっていました。
MAのIHクッキングプレートがぞろぞろ並んでいてそこにはすべて「売り切れ」のコメント。
なんだかウォーホールの有名なキャンベル缶のポップアートみたいです。

IHが発売されたのは2007年(製品番号が07なのですぐにわかるのですが)もうすぐ3年。

銀座ハンズのオープニング時に並んだときが印象残っています。
当時そこに「デザイン家電」コーナーがあっていろんなものが並んでましたが、このIHと
湯沸かしケトルはなぜだか「輸入家電」コーナーに置かれていました。

3年も経てばそこに残るのは「使いやすくてしまいやすくてていつまでもきれいで値段が
そこそこ」。そういうしごく当たり前の有り様です。

それにしてもIHがこれから来るとは当時も思っていましたが、「内食ブーム」になって
IHが売れるとは思っていませんでした。


1popart.jpg

05:54 PM

February 16, 2010


贅沢

「方丈」展も無事に会期がスタートしました。
わたしは「こんなちっこいところでも仕事ができるぞ」と言いたいがためにこの展示会
を企画しましたが、 天童PLYに並んだものをみていたら、こりゃまったく企画の意図と
は違う空間がそこにありました。

オープニングには多くの人に来て頂きました。まずそれが最高の「贅沢」。
その会場が天童PLYというのが「贅沢」。

気鋭のライター加藤さんに直接撮って頂いた写真がパネルになって壁に並んでいる。
それが「贅沢」。

まずは普段座っている椅子がメダチェアー。これはアメリカの映画に登場したのを目に
しましたがエグゼクティブを「視覚化」しようとした場面で登場していました。
そこにあったミケーレデルッキの有名なテーブルランプもわたしは持っています。

そして小型の机。

小型なのは部屋が狭いからじゃなくて「そういうサイズのものを使いたかった」
からで頼めばその倍のサイズの机も容易にできた状況で「そうした」ものです。

さらに言えばそのテーブルを作って下さったのは椅子の試作でとても有名なメー
カーの手になるものです。ホワイトボードも。

本棚も特注です。これも引っ越しの際に便利なように高さを2分の一にしてもらっ
たもので、「ちいさい」事にチープの意味はかけらもありません。

掃除機はダイソンだし、灰皿はカステリオーニとエンゾマリだし、コーヒーメー
カーもデバイスタイルやMAだけでなくジャスパーモリソンがデザインしたものも
使っています。 歯ブラシ立てとティッシュケースがプリマリオ。

椅子はミースの椅子が二脚有るしアルバーアールトも柳さんのスツールも持って
います。

つまり持ち物は「贅沢」です。さらに場所も渋谷の静かな住宅街に有ってどこに
行くにも便利でとても贅沢。

そういうのをひっくるめて部屋が木造で畳敷きだとすべてが「質素」になるだけ
の話です。

軽トラックにベンツの内装(?)

02:26 PM

February 14, 2010


自筆自賛

昨日、神戸から梅さんが展示会を見に急遽駆けつけてくれた。

夜食事をしなからその感想を伺った。

いたくtrystramsのボールペンを賞賛してくれてわたしのよろこびも
増幅しました。

あのボールペン。最初に試作があがったときはボールペンだった。

しかしその黒い軸とステンレスの軸とのコントラストを見ていてどこと

なく「筆」が隠れていることに気がついた。

筆とボールペン。東洋と西洋。その間をあのボールペンの試作品は

自由に「いったりきたり」していたのです。

ボールペンもクリップが無いと「筆」に見える。

ボールペンも軸が同じ寸法で端から端までできていると「筆」に見える。

それはおそらくだれも気がついていなかったか文章化していなかった

「閾値(しきいち)」のような気がします。

そしてわたしは「間を行き来する」ボールペンをもっと「筆」にちかづけた

方がこのものには似合っているように思って黒い軸の部分を「穂先の長い

筆先」に見たててカーブを決めました。

そのカーブは「数値化」しなかった。手書きですっと引いた「自分が思う

筆の感じ」をスケッチしてそのまま設計者に「こういう感じで」とおねがい

してそのフリーハンドの絵に近いアウトラインを3Dにしていただいた。

あのペンはおそらくこれまで生まれたボールペンの中で最も重い部類に

入ると思います。

ずっしりとして直径も写真で感じるより太い。

さっとだしてちゃちゃちゃと書けるような利便性はありません。

そのかわり自重によって「字を書いてくれる」部分があります。

「文字の神様(そういうのがあるかどうか知りませんが)」が手をそえて

くれているかのような感覚にとらわれます。

いろんな意味で「初体験」づくしのペンです。

05:30 PM


ふつつか

実は「方丈」展にいつも使っている机を出すためにかたずけているときにどうも「なにか」を
してしてしまったようで、ネットがつながらなくなってしまいました。

それによらず、なんだかんだとものが壊れたり、なくなったりする。ほんまにね。

さりとてそれがどうのこうとはあまり思いません。

だから「そういうこと」はあまりここに書いたりはしないわけです。

じゃあなぜかくか。 いいたいのはものごとエネルギーが「一方向」にコントロールして

噴出すものではないということでしょうか。

なにかを考えると知恵があって「ふつつか」が無くなりそうに思うかもしれないけれど

「ふつつか」を生じなければできないのがわたしにとって「考える」ことでありデザインする

ことだと思っています。

ゆえに「ふつつか」はなにかをしていることの「証左」だったりもするし、行為の陰の

ようなものだと思っています。


12:05 AM

February 09, 2010


デザインはデザインされている

『今言った冗談ひとつにも、ここにある財布一杯分の金貨がかかっているんだよ。』
ゲーテは、話を聞きたがる若者にそういったそうです。
(読んでから時間が経っているので正確じゃなさそうですが)


今日、Pdwebのブックレビューが更新されました。

深澤直人さんの「デザインの輪郭」です。
ブックレビューがはじまって20回目にここに来たという感じでしょうか。
「読書感想文」にしようか「深澤直人論」にしようか「プロダクトデザイナー像」に
しようか迷ったあげくに「どれでもなく、どれでもある」文章になりました。

ブックレビューの冒頭に書いた「贅沢」というのは、さっきのゲーテの言葉になぞら
えたものです。
つまりみんなは簡単に理解できるように「ダイジェスト」や「エッセンス」を求める
けれどその結論に行き着くまでには、たいへんな「回り道」と「浪費」があっての事
だと言う事です。

たぶん本を読んだ人は、『どうだった?』と聞かれたら『おもしろかったよ。』
『深澤さんのデザインに対する姿勢が解ってよかった。』そう言うのでしょうが、
わたしには『わからない』いや『わかるような気がするけれど、そこに立たないとわ
からない事が書いてある。』そういう感想こそが「感想」といえるような本です。

本中にもあるように「デザインしたものを言葉で超えたくない」と深澤さん自身が言っ
ていますがそれは本心でしょう。

しかしそういう読まれ方があって「理解と認知が広まる」というのもまたひとつの真
理です。

それを当人でもないわたしが分析することを許さないような「空気」がそこにあった
のです。

しかしその「空気」を作っていた人が、そこにとどまってもいないわけです。

昨年、谷尻さん加藤さんと鼎談した時にお話したのですが、「デザインのイベントに
来ている人がイベントを見るよりそういうおしゃれで先端なところを歩いている自分
自身を見に来ている」

デザインはデザインされている。そういう事をたぶん10年前から深澤さんは気がつい
ていたんだろと思います。

頼れるのは製品の完成度と、クライアントとの結びつき、スタッフとの信頼関係。
そういう「見えるカタチ」に気持ちが集中している様子を知ったのです。

07:30 PM


豊穣かも

天童PLYで開かれる「方丈」展も先ほどあらかたの搬入が終わりました。

明後日のオープンとトークショーをたのしみにしてほしいのですが

もうひとつ(ふたつ)お楽しみがあります。

実は今回の展示にハイアールの冷蔵庫と洗濯機も展示したいと思い、ハイアールジャパンに

お願いしたところ、貸し出しをオッケーしていただいたのですが、さらに『プレゼントとして

いただいても構いませんよ。』と申し出いただきました。

新入学や入社シーズンの少し前ですが、もし『買おうと思っていた。』という方々には朗報です。

ただ条件があります。 送料、今使われているものの処分は自己負担になります。

ただその分をいれてもとても「豊穣」なプレゼントだと思います。

会場に「申し込み用紙」を用意しますので、先の条件を知った上でお申し込みください。

会期終了後抽選発送とさせていただきます。


注)洗濯機は写真のバージョンではなく最新のものになります。

JR-NF170B(1).jpg

JW-G50A 斜めフタ閉L.JPG

02:23 PM

February 07, 2010


二三本

先日、今一緒にお仕事を進めている事務所で打ち合わせをしている時、スタッ
フの若いデザイナーおふたりのノートをちらっと見たんですね。 あんまり人
の書いているものを覗いたりしませんがちらっと見えた(見た)わけです。

そこに描かれた「物体」はさらっとうまく描かれていました。

こういうのってなんだかうれしいわけです。

わたしは何度も書いているようにスケッチは「コミュニケーションのひとつの
手段にすぎない」と思っているのですが、わたし自身は「最重要手段」だと考
えているので、描く事をためらわない。

それも「うまくの上のうまさ」というと聞こえが良いですが、「上手くないと
たどりつけない適当な絵(いいかげんな絵)」を描きます。

へろへろのふりふりです。ただ線に迷いが無い。そこにつきます。

過去の自慢になりますが、会社に入った頃発注先のおじさんに『こういう感
じ』て説明の線を二三本描いたらそのデザイナーを経験しているその方が
『君、絵がうまいねえ。』と言っていただきました。はい。二三本の線で絵の
力量はわかるものだと思っております。

まあこうやって30年以上前の「ほめられた事」を覚えている訳ですから、
二三本の線も重要ですが、その二言三言も自信につながるものですね。

08:12 PM

February 03, 2010


育つデザイン

ちょっと前になりますがtoyama design store.org 現在進行形で「買い替える
必要がないものですべてが揃った」という一文が載っていました。

そこには80mmを2年使って感じた事が書かれています。
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世間では商品が発売された時がその商品の頂点である場合が多く、段々と終息
していきます。買った人も購入時はウキウキで、そのことについて話したり、
ブログに書いたりするわけですがその後どうなったのかはなかなかわかりませ
ん。でも、2年経った時の事をかけるのが個人であり、ブログの特権でもある
と思うのでこういうの書けたらいいかなって思っています。

中略

80mmにある大きな特徴が、色々な人によって、2年間ずっと広告されていた
こと。

これは、新規購入者の開拓と同時に、購入して現在使用中の人にも大きな影響
を与えていたと思う。

「今日も80mm、どんな人が買ったかな」という、楽しみ。

blogなどで新しい写真を見るたびに80mmがまた更新されて見えたのです。
製造と販売、購入者によるすべての80mmに関わる人々の複雑な仕事と作業
が、買い替える必要が無いすばらしく単純な湯のみを創ったということです。

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デザイナー冥利につきる言葉だと思いました。報われたといってもいいかもし
れません。

わたしが自分の製品について「発売後」も書き続けていることを「ふつうじゃ
ない」と思う人がいるかもしれませんが、出来たら終わりじゃないと思うのは
プロダクトデザイナーに必要な「感覚」だとわたしは思っています。

作る(デザインする)快楽もいいですが、育つ(使い続けられている)のを
見る快楽。 はかなりいいものです。

育つとは限りません。 先に書かれているように使われると「ばれちゃう」と
いうかそのものが使った時には見たときとちがっちゃうことも「あるある」
わけです。

素材選びは「育つ」ということこと無縁ではありません。
わたしもずっと80mmを使っていますし、ケトルを使っていますしHUBSTYE
も使っています。

セラミック・ステンレス・革そういう素材は「育つ」ためには必要な「栄養
分」を含有している土でもあり鉢でもあります。


10:53 AM


そういう人なので

わたしは集中しない人なんです。

というか集中が分散しているのかもしれません。

集中の分散。 

なにかひとつではなくて複数の集中するべき事がないと落ち着かない。

先日も実家に帰った時、母親に今更ながら『学校に面談に行くと先生から「あ
なたの息子さんは落ち着きが無い」としょっちゅう言われた事が印象に残って
いる。』と言われてしまいました。 あれから50年近いですが。

授業中に教室をうろうろするところまではいっていませんでしたが、多分あの
頃の自分は心の中で教室を徘徊していたと思います。

ゆえに、教える側になって子供の親になっても「君は落ち着きが無いなあ。」
と指摘というか注意した記憶があまりありません。

いけないですが、「当時の自分」を想像するに授業が面白くなかったんだろう
と思います。いいわけ。

ここで終われば自己弁護ですが、それゆえにわたしは講演とか講義では時間
通りという事にあまり考慮せずに、話の展開や聞き手の興味の持ち方によって
突然休憩を入れたり、『わー!』とは言わないですが突然声を大きくしたり
します。

我慢が足らないと言われてしまえばそれまでですが、そうやってこうやって
来た人が自らを省みずひとに『我慢しなさい』とは言えない訳です。

10:15 AM

February 02, 2010


切れ

今日、来月対談をさせていただく米田明さんとランチミーティング(おおげ
さ)をしてきました。

お互いの事務所が結構近くて、便利であり縁を感じます。

インターネットによってこれまでだったらいろんなプロセスやシステムを経な
かったら実現しないような事がすっと実際化するようなったような気がしま
す。

合ってお話しすると、これまでずっと探していたジグソーパズルの「一枚」を
見つけたような「カタルシス」があってそれがわたしの側だけでなく米田さん
にもあるようなのがうれしかった。物事は「もらう一方」ではいけないですか
らね。

そのキーワードは「切れ」でした。

モノのカタチにひそむ「切れ」。

わたしは「かっこいいが不利な10年」と先日の坂井さんとの対談でお話しま
したが、さらに10年さかのぼって「キレのあるデザイン」というものに
日本だけでなく世界的に「消滅危惧種」というかほんとに見かけなくなって
しまっていて、一人で『無くなった!無くなった!』と騒いでいた様な気が
今日米田さんとお話していて「気がつき」ました。

わたしが米田さんの建築に感じたのはその「切れ」なんだと思います。

04:55 PM

February 01, 2010


とどのつまり

先日ライターの加藤さんに事務所に来てもらった。

今度の展示会に、わたしが事務所でどんな感じで仕事をしているか(していな
か)を加藤さんの目(カメラ)を通して記録してもらってそれを会場に並べ
ようかと思ったからです。

夜、その写真データを見せてもらって加藤さんの写真がすごくいいので驚い
た。

白黒の写真から漂う雰囲気はすばらしく、ここにいるのが私でなかったらもっ
と手放しで賞賛するところです。

そこに写されているのはデザイナーというよりは画家だったり文学者だったり
した方が「似合っている」ような気すらしました。

なぜだかわたしはデザイナーですが。

ここまで書いて小腹を満たすべく坂下にあるコンビニに出かけました。

書棚に並んでいたあたらしい「BRUTUS」を見ると吉本隆明特集でした。

先日来、ときどき「ほぼ日」に連載されている吉本隆明さんの「ほんとうの考
え」
を見たりしていたので、そのタイミングに驚きました。(さらに詳し
い人は事前にBRUTUSに載る事を知っていたと思いますが)

わたしは結局その本は買いませんでした。

雑誌の体裁をなすためにいろんな人の「吉本論」が書かれていたりしますが
そういうのは「見たくない」のです。

これはわたしがブログにコメントを載せない理由とも通じますが、「考えが
逃げてしまう」からです。

つまりあまり掘り下げない段階や「わからないなあ」と思っている時に他の
人が『これは判らないなあ。』と書かれているとその文をそれ以上掘り下げる
とか「自分におきかえて一生懸命悩む」という作業をやめてしまうだろうと
思うからです。

「ほぼ日」においては、糸井さんの「質問」が回答と同様か実はそれ以上に
大事な部分を担っていると思うので「最低限ふたり」であるので「しょうがな
い」ですね。

わたしはそうやすやすと「吉本さんのファンです」とか「傾倒しています」と
は書けません。なにも知らないに等しい。

でもなんだか小林秀雄さんと吉本隆明さんは「無視ならざる存在」というか
必ず「視線の中」にある人です。

さらにでもといえばわたしはもっと先に「その人たちの本を読んだり共感した
りする」事をたのしみにとってあります。

05:03 PM


消え去るものとして

24時間で消えるWebが作れるというニュースを見ました。

思い出しますね。最初にサイトを作った頃を。

わたしのサイトの最初のタイトルは「秋田道夫のかたち」でしたが

そのタイトルのすぐ下に今でいうところの「ブログ」みたいな文章を載せて
いました。

そこから「Whiteboard」という名前に変わって「ブログ」なのかなあと思い
ましたが、コメントやトラックパッドも外していましたし、厳密にはブログで
は今もないかもしれません。

なぜ「Whiteboard」という名前にしたかといえば、今は携帯電話が普及して
消えてしまいましたが、駅には「告知版」というのがあってそこに『例の場所
で待っています。』『先に行きます。』みたいなおしらせが書かれていまし
た。

そういう感じで『今はこう思っています。』みたいな事を書く為の場所として
ここを考えていたので「告知版」「Whiteboard」としたのです。

次のコメントを書き込むと前に書かれていた事がすっと消えてしまう。そうい
うものにしたかった。

さらにいうとうっすらと前に書いた事が「消え残ってしまう」そういう感じが
ほしかったのですが、それは技術的に難しいので断念しました。

今でも「アーカイブ」として残っている過去の文章も思いついては消したり
しています。

しかしネット的には「消えていない」部分があるので捨てたものもわざわざ
探しにいって「再録」したりしてなんともすっぱりとはしていないのですが。

12:51 PM


絶品

昨日、小田急線の参宮橋にあるギャラリー「tray」で開いていた、
Afterhours1日限定のカフェに行ってきました。

4時過ぎに行った時にはすでにケーキ類は「Sold out」でありました。

わたしはカフェオレを頼んだのですが、そのカフェオレのおいしいこと。

これまでAfterhoursで供されるケーキが「衝撃的」においしかった経験もあ
りますが、このカフェオレもまさに衝撃的でした。

Afterhoursとは、「身内」みたいなものですから、その分差し引いてもらっ
てもいいのですが、きっと「おつり」が来ますね。

というわけで「ビーター」の豆で入れたコーヒーに熱い「撹拌」したミルク
を入れてお試しください。

でも横田さんのあの一カップ一カップに一滴ずつお湯を入れる様子を知ってい
るのでそう簡単にあの味は出せないかとも思います。


11:09 AM