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December 31, 2009


リテラーシー2009/12/31

わたしはこれまでに何度「リテラシー」というタイトルでこの文章を書いたか
わかりません。とはいえちゃんと記憶している訳でないでひょっとしたら
たかだか二度目かも三度目かもしれません。

リテラシーliteracy 読み書き能力とありますが、わたしは常識的な物事の判
断力だったりモラルで出会った事を「よりわける」力のことかと思っていま
す。

つまり人から聞いたりネットで知った言葉を「受け売り」してもいいものにつ
いて「そのいささか疑わしい話を自分からは他にはひろげちゃいけないな」と
思ったりするチカラかと思って「用語」しています。

リテラシーという言葉の存在を教えてもらってから5年ほど経つかと思うので
すが、その方から同時に『文章は客観性がなければ書けませんよ。』と言われ
たのが印象に残っています。 自分の事も世間の事もいったん同じベースに載
せてその事を見つめ直さなくていけないと再確認したわけです。

自慢は難しい。批判も難しいがほめるのはさらに難しいそして自慢はその上に
難しい。

もちろん「首尾よくしたい」という下心がなければこんなに簡単なものはな
い。本来みんな自慢したくてうずうずしたいるものじゃないかと思う訳です。

あたらしいメディアが「伝搬手段」が生まれる度に人は『わー これで自慢が
しやすくなる。』そう「期待」するわけです。

ところがどっこいそうはいかない。 不特定多数に自慢するのその自慢に「相
対的に見てそれはたいしたことなの?」という「ご指南」というか「上から目
線」というか「岡目八目」というか、その自慢が「評価」されるようになるか
やたらな「ことばのポトラッチ(贈り物合戦)」にさらされることになって
言った当人は『そこまでじゃなかったんですがね。この自慢。』と反省を
せざるをえなくなります。

よくそれを「風土」のせいじゃないかとか言ったりしますが、この地球上でそ
れが許されている場所もなんじゃないかと思います。

つまりやっぱり「首尾よく」なければいけないわけです。
相手を持ち上げてから相対的に自分も「持ち上げておく」とか。ね。工夫で
あります。知恵であります。デザインであります。


05:55 PM

December 30, 2009


ツリー

わたしの事務所では、クリスマスの一ヶ月ぐらい前からItuneの「クリスマス
チャンネル」をかけっぱなしです。さらにいえばクリスマスが過ぎてもしばら
くは流しております。

おもしろいのは、だんだん「リアル」になって過ぎてしまえば時期外れの感じ
がすること。「感情のドップラー効果」みたいなものです。

なぜ一ヶ月前から流してさらに過ぎてもかけているかと言えば「クリスマスソ
ングが好きだから」そしてその曲曲にこめられた世界観のようなものが好きだ
からに他なりません。 あんまりというかまったくというほどそれらの曲自体
にはわたしの思い出は封入されていませんが。(さすがにポピュラーなジング
ルベルを聞くと昔の商店街のくじびきやケーキの不二屋を思い出しますが)

クリスマスが「時期を過ぎても」わたしが聴いていられるのはそこで歌われて
いるような世界が「来て」「去っていく」という実感が無いからなんじゃない
かと思うのです。

つまりクリスマスは「する」のであって「在る」ものという感じがしないので
す。多くの人にとってクリスマス=きらきらしたものであってしっとりという
か、「つましいクリスマス」まで容認されていないような気がします。

他方わたしには正月は「する」というよりは「在る」もののように思えます。
「つましい」も「ぱっとしない」もちいさい鏡餅ひとつだって「向かい入れ
る」そういう存在のように。

まあこのふたつの「比喩」は極端であって「これから書く事」のために過ぎま
せん。

考えてみると夏から秋にかけて開かれるデザインのイベントはクリスマスそれ
もクリスマスパーティーのようなものかと。

東京のしかも限定された場所で開かれる華やかなパーティーです。
わたしはずっとこのパーティーからインビテーションされた経験がほとんど
ありません。

そこに参加するためにはパーティー券を買わなくてはいけないし、それだけ
ならまだしもその会場を飾るクリスマスツリーになる為にまでも費用がかかる
そこに飾れるかどうかの審査を受けた上でさらに費用がかかるわけです。

うーん。考えちゃう訳です。ダブルでトリプルで。まずデザインは「する」も
のなのか? そして「特別」でなくてはいけないのか? だれがそれをその
場にふさわしいというのか?

わたしは思う訳です。だれでも見られて、どこにでもあって、いつでも「思え
る」そういうクリスマスにならないのか。 少なくとも「在る」にしたいなあ
と。なにせクリスマス(デザイン)大好きですから。

信号機はつつましく小さく(実際には大きいですが)どこにでもある常緑樹
(ツリーに使う木ははじめから常緑樹ですが)のクリスマスツリーのようなも
のだと。


11:27 AM

December 29, 2009


スタバ

今日は南青山に行ったついでに、会社の後輩である石橋忠人くんをさそって
お茶をしておりました。スターバックス 略してスタバで。

寒いのにテラスで道路側を見ながら。

『いやー今年は、デザインが盛り上がらなかったね。』という話で盛り上がっ
ておりました。

なんかの拍子で『あれですね。スタイリング馬鹿じゃやっていけない時代が来
ましたね。』と石橋くんが言うもので、わたしは即座に『そうそう スタバ
じゃだめなのよね。』と返す。 親父ギャグ炸裂です。

まあ、昔っから「スタバ」じゃだめだったと思いますが、なんとなく「いい
か」という感じでずるずる来たのが、ここにきて「ほんとうに」という感じに
なってきました。 石橋くんの名誉の為に言いますが、彼は聡明な人であって
けっして「スタバ」な人じゃありません。

しかし彼が言いたい事はよくわかります。わたしもそういう意味では「スタ
バ」な人だと思いますし。 「スタバ」と「かっこいい」は同義語な部分が
ないこともない。かっこいいはまずスタイリングが「かっこいい」という
見かけをもっていなければいけないわけで、そういうものをまじめに考えて
いることを自己弁護的に『スタバにも五分のたましい』と言いたいがために
こうやって毎日文章を書いているのかもしれません。

ここの場のいろいろな「考察」(そんなおおげさなもんじゃないですが)が
そのまま「かたち」に出る事はわたしの場合あまりないのであります。

行為する時はまったく「直感的」な作業しかしていませんし。

思うにこれまでわたしは「スタバ」としても中途半端だったということかと。
人並みはずれたうまい絵にはそれはそれで人に感動を与えられるし、きれいな
造型には理屈を越えた感動と「真理」がそなわっていると思いますが、その
どれらに対しても途中で止まっていたんじゃないかと思う訳です。

この10年なのかこの5年なのか定かではないですが、こうやって文章を書いた
りインタビューを受けたりする中で「話も出来るし、人一倍流行にも敏感で
ひとにもモノにも洞察力があるんですよ。」という行為によってより
「モノを直感で作る」という行為に特化できたのかもしれません。

いずれにしろいまさらエンジニアリングを有したデザイナーにはなれそうも
ありません。 それらなエンジニアに「感心」も「関心」もしてもらえる
「スタバ」道を行くしかないんじゃないか。そう思っています。


08:07 PM


ひだ

めずらしくCDを借りてきました。少し前に話題になったビートルズのリ・マ
スター版の中の一枚「ホワイトアルバム」。

ちいさいスピーカーで今も聴いていますが、なんだか不思議な音であります。

これまでビートルズの音を聴くと必ずあった「あの時代」という感覚感にタイ
ムスリップしないんですね。

つるっとしている。そういう感じ。

どうしても出てしまう「ノイズ」までもクリエーティブの武器にしていたよう
に思っていたのですが、そのがさがさ感が一緒になくなった。

部屋の掃除を頼んでいたら「自分では大切」と思っていた他の人にはわけの判
らない記念品が無くなっていて掃除した人に聞いたら『あ、あれね。捨てとき
ました。』そういう感じでしょうか。

さりとておこるにおこれない。そういう気持ちもおまけにあったりして。

昨日書店で一冊の新書を買いました。 ふつう買わないだろうと思うのですが
となりにあった先日も紹介した内田樹さんの売れ行きが気になって(なんでで
しょうね。)見ていたらそのとなりに「37万部売れてます。」というPOPに
ひきつけられたのかもしれませんが、その本を手に取ってまえがきを読みだし
たら高名な政治家の出生に関する衝撃的な真実が自ら告白されていて、
これは読むしか無いと思った訳です。

わたしは、ここでは書いていないいくつかの「単語」があります。
そういう単語が重なったタイトルなのでここでは書きませんが、内容は負の
歴史を見つめ直そう。そういう事かと思います。

内容は重いけれど淡々としたインタビューで構成されています。

先のビートルズのCDで感じた事、そしてその本。それから今年の出来事の中
でも特に印象的だった、川崎和男さんと坂井直樹さんの出会いについてぐわっ
とないまぜになって頭の中をかけめぐったわけです。

デザインとは「つるっとした感じ」が要求というか望まれている仕事だと思う
んですね。手の後を見せない、そして白ずくめのモダーンなオフィースで魔法
のようにデザインが生み出される。そういう有り様にこそ「美」があるような
仕事だと。

変ですよね。わたしがこう書くのは。80mmといい今回のtrystramsのボール
ペンもPrimrioの一連のシリーズもみんな「つるっとしている」のに。

しかし自分ではそういうモノたちには必ず「つるっとしていない内容や機能が
あって自ら「つるっとすきっとさせよう」という意図があってそうなっている
のであって本来は「そうじゃない事」は自覚しているつもりです。

そこには感情のひだが働いている。

たぶん川崎さんと坂井さんからそういう葛藤の歴史を感じ取ったのだと思いま
す。デザインの傾向が方法が自分と近いかそうでないかはこの際あまり問題
じゃないと思いました。

人は「歩く家」みたいなものだと思うんですね。 たぶん以前は「その家に
住みたいかどうか?」というのが自分にとって重要な判断基準だったように
思うのですが、今では「その家にどういう歴史があってそういうカタチ
に落ち着いたのか」そこに関心があるのかもしれません。でもそれは聞かない
ですが。 

唐突ですがわたしはオーディオをデザインしているときに「ヒートシンク」
というものに引きつけられました。自動車やオートバイのエンジン、電信柱に
ついている「トランス」も面白いと思うんです。

ヒートシンクは熱を逃がす効率を高める為に「表面積」を増やす目的で作られ
る「みぞ」やでこぼこの事です。

それは言ってみれば「ひだ」のようなものです。


11:44 AM

December 28, 2009


ディケイド

ディケイド(decade)とは10年のこと。

ウィキペディアによると、英語でディケイド(decade)が10年、センチュリー
(century)が100年、ミレニアム(millennium)が1000年を意味する
そうです。恥ずかしながら対談のタイトルになるまでディケイドという呼称が
あることを知りませんでした。

Pdwebの告知に、『新春対談スペシャル「デザインディケイド2010」21世紀
はじめの10年のプロダクトデザインと人を振り返る 秋田道夫+坂井直樹』
と出ています。

さてその対談のインタビュー原稿をまとめ終えて後は来年の掲載をたのしみに
しているのですが、自分で書くのはなんですがとても濃いものです。

もちろん10年という長きを振り返るわけですから濃くて長文となるのは当然
といえば当然ですが、じゃあそれぞれの事象やプロダクトに詳細に互いの意見
を話しているかと言えばそうでもない。そこが不思議で面白いインタビュー
かと思います。 坂井さんの話は大きくいえば「森羅万象」のようです。

わたしが主に日本のプロダクトデザインや有り様について話しているのに対し
て坂井さんには、エネルギー問題をはじめ地球規模の意識がその根底にあるの
がよくわかります。

実際に対談が掲載された時に書こうと思っていた事でもありますが
この対談を一読しただけで「感想」や「印象」をもたないでほしいといういう
事です。 そう簡単に「腑に落ちる」ようには書かれていない(表現が難しい
わけではないです)のです。 何度か読むうちにきっと読む人の考えの中にも
影響するような大事なワードがあると思います。

そして次のディケイド(10年)が訪れた時にこの対談が意味を持つのではな
いかと感じています。

11:18 AM


シンプル

テレビで流れているGoogleのコマーシャルを見ていて思いました。

「シンプルとはデザインではなくて思想や哲学である」と。

先のGoogleにしてもApple・ユニクロ・無印良品と時代を担っている企業の
テレビ広告はシンプルでダイレクト。そのコマーシャルの空間には「余白」を
感じます。

しかしそれらのメーカーが単独で成立しているわけではありません。同じよう
に製品やサービスを展開しています。

そういう中にあって際立つためになにをすべきか、そう考えた上で「シンプ
ル」なのであってなにも「生来」そういう企業であったとはいいきれません。

思想や哲学だけでなく戦略というなまなましいバックボーンがあります。

もっと効果的な方法があるかもしれない。画面の中に企業が目立つ為の方策が
あるかもしれない。

考えてみるとその「よくある手法」と「際立ったシンプル」の中間のような
コマーシャルをしている「うまくいっている企業」のコマーシャルもある。

その差がどこにあるかといえば「シンプルがモノや人の根源的なかたちであ
る」と考えるか「シンプルは今の流行である」と考えるかの思想に起因して
いるのかもしれません。

なにか大事な「かぎ」を見つけたような気がした朝。

10:45 AM

December 27, 2009


再録 無理しない2005/10/25

先日、所沢にある日大芸術学部デザイン科で講演をさせていただきました。

広大なキャンパスに低層で伸びやかな建築が立ち並ぶすがしいキャンパスでし
た。

ものごとは「それが始まる前に、すでに半分以上が決まっている」と思ってい
るのですが、その環境の清々しさがわたしの言葉や気持ちをはじまる前にすで
に持ち上げてくれていました。

おおきな教室にほぼ満席状態の学生さんたちがいて、しかもとても真剣なまな
ざしがそそがれていることに圧倒されました。

わたしは「みんなが起きて聞いてくれる講義」が基本です。面白くなくては
「講義じゃない」と思っています。簡単にわかりやすくそして「スリリング
な」ドラマがなくてはいけません。

聞く人がいく先々で異なるわけですから「話の内容」は変わらないとおかし
いのです。同じことを説明するにもその場の空気を察して「例え」と「表現」
を変えなくては。

講演を聞いて下さった学生さんから、その後お礼のメールをいただきました。
その文面には「今まで新しくてきれいなものを生み出すのがデザインだと思っ
ていました。しかしお話を聞くと平凡なデザインの中にも良さが有るというこ
とに気がつかされました」といった内容が書かれてありました。

15年ぐらい前に、アーバンデザインカレッジという専門学校で授業を担当し
た卒業生のブログにわたしについてその時の事が書かれていました。
「まわりが自分がいいとは思えない奇妙なデザインを器用に作るのを見ていて
迷っていた時に秋田さんが授業の中で『デザインと言うのはふつうのものを作
る行為であってへんてこりんなものを生み出す必要はないんです。』というお
話をさせるのを聞いて勇気を頂いた。」と。

みんな「あたらしいデザイン」という不可思議な言葉に悩まされています。
自分ではそんなデザインを描けない人が部下や生徒さんに「こんなの今までに
もあったよ」とむべなく言い放ちます。そんな言動が量販店に「へんてこりん
なドラミちゃん」みたいな炊飯器や「げげげの鬼太郎」に出てくる妖怪みたい
な掃除機を生み出したのです。

「ふつうでなにが悪いんだ」

だって炊飯器は炊ければいい。掃除機はごみを吸えればいい。いいのであって
部屋のすみに妖怪を住わせるために買うわけじゃないのです。

「グッドデザイン」をつくるよりも「バッドデザイン」を無くす事の方が大切
です。

昨日お話を聞いて下さった学生さんに伝えたいのは「加担するな」ということ
です。もし無理強いされるようなら、そこをやめて次のいい世界を見つけて下
さい。

大切なのは「常識にのっとった発言」をすることです。それで通用しないのな
ら「相手がいけない。」そういう単純な図式を成立させるには、知識を多く
持って広い見識を備えることです。デザインはそれからでも遅くはないです
よ。
___________________________________

今から4年前の文です。今だったらもうちょっと表現をおだやかにしたと思い
ますが、書いている内容は「今の自分も同感」なので、そのまま掲載しまし
た。 自分でも再読してちょっとジーンとしてしまいました。

無理しないで、しかし毅然としていてほしい。


06:08 PM


米田明さん

1arch.jpg

昨日、近くの郵便局へ行って出ようとした時、偶然に米田さんと再会しました。

先日の「10年展」に来て頂いてそこではじめてお話をさせていただきまし
た。以前、このブログで米田さんの「△」という住宅を紹介させていただいた
ことがあるのですが、巡ってその記事をご自身が読んで頂いた事からわたしの
存在を知ってもらったということです。

ま ここまでは再会ということですが、今日渋谷の書店に並んでいる建築書を
ながめていたら、先週散歩をしていて渋谷の松濤で目にした「かっこいい」住
宅が「GA HOUSE113」表紙を飾っていました。

驚いちゃいました。それが米田さんの近作「HOJO」だったのです。

すごい偶然の連鎖であります。

写真はWHITEBASEという住宅です。黒いブロックでできたホワイトベース。
カンチレーバー(片持ち梁)が印象的ですが、ほんとに米田さんのデザインは
「いっちゃって」ます。きもちよくいってます。 大好物です。

なんだか来年がたのしみになった。そういう出会いの「偶然」です。


04:26 PM

December 24, 2009


エンジニアリング

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たぶん次の10年は「エンジニアリングデザイナー」の時代なのかと思います。

このDELLから発売されたものがデザイナーのスケッチから生まれたのか、エン
ジニアの「薄さへの挑戦」から生まれたものかはわたしには判りませんが、
「なにか世間を驚かせるにはここまでいかなくてはいけない時代」という了解
はデザイナーにもエンジニアにもあったとは思います。さらにメーカー自体に。

すでに極薄を発表したアップルに比べるとエンジニアの力量とデザイナーのチカ
ラの拮抗と言うか二人三脚は多少弱いような気がします。

かつては、こういう現場を目の当たりにしていたことを思います。
「世界初」「世界最高薄い」「軽い」そういうデザインモデルが「すぐ目の前」
にあったあの時代を。


07:49 PM


客観性

昨日は、ある企業の発行している会員誌のインタビューを受けました。

そのインタビュー記事には「特別」な意味があるような気がするのです。

なぜかといえばインタビューの主旨が、わたしの事ではないからです。

高名なデザイナーの作られたものについて解説をするそういった内容でした。

編集者の方も言われていましたが、その方自身がインタビューを受けられるの
であればそれが一番良いカタチですが、高齢でありそれは難しいだろうという
事で代わって他のデザイナーに語ってもらうということで、わたしにその役割
を仰せつかった訳です。 

素直にうれしいと思いました。過分でもあります。

とはれ、今回インタビューで取り上げられた製品はすでにデザインされ製品化
した時から35年以上の歳月を経て今も尚現役の品物として多くの人々に愛さ
れているという名品であり、たまたま私自身もその製品の二十年来の愛用者で
もあったのもよく出来た偶然でした。

だんだんにモノと人の関わりが少しはわかるようになった気がします。
そういう事をふまえて昨日はその名品について話をさせてもらいました。

自分の果たすべき役割がまたひとつ見えた。そういう気がしたのです。

06:51 PM

December 20, 2009


傾斜

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11:48 AM


10年展

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210years.jpg

11:45 AM

December 19, 2009


時のフィルター

先日数人の方と談笑している中で出たお話。

ある事に対して以前わたしが話した事とその日に話した感想との間に「食い違
い」があったわけです。

そこでわたしが言い訳とも感想ともつかなく発したのが『たぶんそれは「時の
フィルター」に耐えられなくて頭から消えちゃったんですね。』という言葉。

思わずみんなが苦笑しながら妙に納得された(させちゃった)わけです。
『物忘れと表現しないところがミソですね。』そうそう。

まあ老獪な(?)おじさんの詭弁と言えばそれまでではありますが、デザイン
の世界に於いては、「時のフィルター」にわざとかかるようにしているかのよ
うに思えるものもあったりするわけで、その事によってまた「新しく」人々に
受け入れられる余地を残しているともいえます。

そういうのは大変ですね。だって変えなくてもいいものをまたすこしの差異を
作り出す訳ですから自らが「究極」だと思った事をまた自ら更新しなければい
けないわけですから。

自分自身を「時のフィルター」にかけてしまうしかなくなってしまいます。

映画の「M・I・B(メンインブラック)」に出てきたスティック状の「記憶消
失装置」みたいなものを自らに「ぱしっ」とフラッシュするようなものです。

サングラス忘れちゃいけません。 映画をみていない人には皆目見当のつかな
い「しめ」でありました。

06:54 PM

December 18, 2009


選択肢

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このごろとみに新大阪駅が「かっこいい」と思うんですね。

どうしてだかわからないのですが、どんどん「空港」に見えてくる。

思うに「のぞみ」が増えて新幹線の車両デザインがどんどん羽の無い飛行機に
カタチが変化してきて、初期の新幹線のデザインよりも今の車両デザインの
方がこの駅舎デザインに似合っているんじゃないかと思うのです。

ホームに立って上から見た時をイメージすると相当に細長い建物です。
特に新幹線のためのホームはそうです。

N700系が出来た頃からJRのモチベーションがどんどんあがっているように
感じています。一方飛行機の料金が下がってそのふたつの差が縮まった。

このごろ新大阪に気が満ちている。そんな印象をもったのです。

08:36 PM


AUTHENTIC

さきほどプレスリリースが公開されました。

http://bizmakoto.jp/bizid/articles/0912/18/news060.html

http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=239492&lindID=4

http://www.excite.co.jp/News/it/20091218/Itmedia_bizid_20091218045.html

「エグゼクティブに相応しいデスクトップステーショナリー」
わたし自身がエグゼクティブという呼称に相応しいかどうかは別として、
長く使い続ける事の出来るそういうものをデザインしたかったのです。
流行は意識にあるけれどそういうことでは「動かない」そういう人にこそ
使ってもらいたい「道具」を生み出したかったのです。

まずは「THE PEN」と呼んでいるボールペン。
キャップをするとただの鏡面に仕上げられたステンレスの筒にしか見えない。
キャップと本体には通常ある「クリップ作用」の仕組みはありません。
勘合の良く出来たタンスのように「空気の手応え」が楽しめます。

「クリップ」といえば、ほんとうにクリップがキャップについていません。
これはわたし自身がペンケースに入れているのでクリップがかえって邪魔に
なるのでいっそ取ってしまおうと考えました。

キャップにはもうひとつ「工夫」があります。キャップの中に偏心したおもり
が仕込まれていてデスクに置かれたキャップがかってにころがらないように
なっています。

それから名刺を整理するためのボックスを基本とした整理ボックスとペントレ
ーとデスクマット。これらはアルミの押し出しにつや消しの静電塗装が施され
ています。

それらには10°の傾きが付けられていて「もらった名刺」「出す為の自分の
名刺」用に、箱の向きを180°変える事によって自在に機能されるようになっ
ています。 それぞれのケースやトレイをいろいろな組み合わせが可能で
あたかも「建築ブロック」のようにたのしめます。

最後にスケジューラーとジョッターのシリーズ。
薄い板を本革で被覆しています。 このスケジューラーは案外に「冒険」
です。 これもわたし自身の「リアル」から生まれたスタイルです。
かさばるものをあまりもって歩きたくないのでスケジュールは「手帖」では
なくて自作のA4プリントの「月予定表」を用いていますが、その用紙を
長手に半分折った形式になっています。

これによって胸やポケットに入れたりできますし、カバンの中でもかさばらな
い。 スケジューラーは三枚構成になっていますが、「おまけの一枚」は
書いている時に打ち合わせに相手からスケジュールを見えなくするブラインド
の役割をしますし、そこに切符やいただいた名刺を一時的にバンドで止めてお
く事ができます。

さらにクリップも厚みが出ないようにステンレス板を曲げた板状のもので、ス
ケジューラー(ジョッター)に仕込まれたマグネットの作用で紙をとめるよう
になっています。

実際に使った時のための工夫が随所になされています。

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03:32 PM


Primarioリリース

あらかじめtrystramsのリリースされる日(今日ですね)がわかっていたので
同じ日に合わせて発表しようと思っていたのがあたらしい「Primario」
シリーズ。

まず最初は、以前から紹介していた「LOTUS」というオブジェ。
下の写真でもおわかりのようにフラットなステンレスの板から30°きざみで
閉じて箱になるまでのプロセスを4つの部品で表現したものです。

ばらばらの状態で何に使えるということよりも「動きのある静物」が表現
してみたかったのです。

撮影中もカメラマンの春日さんが『千手観音みたいですね。』と言われていた
ようにちょっと「ありがたい」雰囲気があります。

「シンプルなのに複雑なデザイン」そういうスタイルははじめてです。

その「アバンギャルド」なLOTUSと対照的な他のラインナップですが、個人
のデスクというよりは、ホテルの受付カウンターやコンシェルジュのデスク
またショップのレジ周りで使える事を意識してデザインしたペンスタンドや
メモスタンドです。

trystramsが個人向けのエグゼクティブ感とすれば、こちらは商業的な場所で
のエグゼクティブ感でしょうか。

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2LOTUS.jpg


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02:39 PM


つなぐという事

昨年の8月に「Real Design」誌にインタビューが掲載されました。

わたしはその中で『もっと多くのデザイナーに注目してほしいなあ。』と発言
しています。そしてその一人としてキャノンの清水久和さんの名前を出しまし
た。

清水さんの事を例に出すのは、ほんとは失礼で僭越だとは思ったのですが、
どうしてもこらえきれなかったわけです。 

昨日、新大阪駅の書店に並んでいる「Real Design」の新刊に同じインタ
ビューコーナーで清水さんが取り上げられていてなんだかほっとしたのです。

わたしがインタビューを受けた時には誌面には書かれていませんが、坪井さん
の事を紹介して次の号にインタビューが載りました。

どちらの話もこうやって書くと単なる私の自慢話にしか聞こえない事もよくわ
かっています。

でもね、これは今回のインタビューの話だけでなくずっとわたしが「他のデザ
イナーもそうしてほしい」という希望と願いがこもっています。

おおくのインタビューは「自分のデザイン哲学や日常」が書かれていますが
すでに何度もインタビューをうけて名前も知られている人には、その「知られ
ていること」のパワーを次の世代を紹介する事に使ってほしいのです。

さすがにわたしよりも上の人たちをいまさら言う事は出来ませんが、せめて
後輩だけでも知らしめてほしい。

「受けた恩は、その受けた相手には返せないものだ」以前そう書きました。
それは今でもそう思います。 かつてお世話になった方々がすでに鬼籍に
入られたり、そうでなくても次第に言葉する事がおっくうになります。

内心はしっかり意識していますがそういうものだと思います。

そういう気持ちを「後ろに伝えてほしい」。おねがい。

10:27 AM

December 14, 2009


再録 松竹梅の竹デザイン

昨日は、大阪で冷蔵庫と洗濯機をまじえたカタログ用の写真撮影がありまし
た。

スタジオの白でおおわれた空間ではそのふたつの製品はとっても美しく見えま
した。撮影後、友人のHくんと食事をして『ジャスコへ実際に展示されている
のを見に行こう』と提案して大阪市内の「野田阪神ジャスコ」へ向かいまし
た。

野田阪神のジャスコはいわゆる「大型スーパー」です。全体としてそう整然と
しているわけでもありません。

その電気製品コーナーにある冷蔵庫が並んでいる一角の片隅にさっきスタジオ
で見た「美しい」冷蔵庫がそこにありました。

でも目立ってはいない。値段の札が無造作にはられまったくただの白い箱のよ
うです。

つまり「すごく」はないのです。特別の仕上げがされているわけでもありませ
ん。それまでの製品と同じ色同じ仕上げでわたしはあえてお願いしました。

板金(鉄の薄板)をプレスしてそのコの字型をした曲げた板の上下にプラステ
ィックのふたがしてあります。

実はこの扉を全部板にすると溶接をしなければいけないし今の「作り方」から
いえば高価なことになります。 わたしはそうする方が「シンプル」だとは知
りつつ無理にそういう作り方をしませんでした。

まったく「それまでと同じか安く」作れる事を考えたのです。

だから「デザイン家電」と期待されては困ります。 1万円で作れるものをデ
ザインの細部と仕上げにお金がかかって1.5万円になるような事はしていない
のです。

同じ条件でどこまで買う人の「一目惚れ」と「納得」を引き出されるか、そ
こに興味があるのです。「デザインのいい家電」なのです。

デザイン雑誌では、紙面を美しくしてくれるなら、話題になるなら自らは買
わない(買えない)ものを平気で愛でます。

わたしは、そういった意味では、あえてデザイン家電と同じ土俵でそれらを
紹介してもらわなくてもかまわないと思っています。

ただ売れてほしい。買う対象であってほしい。「あこがれ」はいらない。た
だ「自分ごと」として本気に購入対象と見て書いてくれる人、紹介してくれ
る人にほめられたい。

もちろん売る為のいろいろな事はメーカーもショップも考える。それはそれ
でかまわないでもそれはみんなが自信をもって紹介できるからだと思ってい
ます。

「妥協しない」とはわたしはいいません。言えません。書けません。

ほどのよさはデザイナーの「満足」や「達成感」より強いと思います。

ただそういうベストがつくれる状況になればそうします。まだ その域には
ない。

多くの人が、なにもデザインの興味のない人たちが、値段と性能と使いやす
さという厳しい目で見て「買っちゃった」ものがきれいなものだった。そう
いうのがすてきです。

___________________________________
この文章を書いたのが、今から二年前の2007年12月。

いかにわたしが成長していないというか、同じ事をなんどもなんども言ったり
書いたりしているかがよくわかる文です。

今年2月のエキサイトのインタビューはここですでに「できあがって」いまし
た。

デザイン家電という言葉も商品もすっかり市場の中でその存在を薄くしていま
す。

思うんですが、わたしは「忘れない」ですね。そのもてはやしについて。「流
行をただ単に時節柄もてはやした」のか「本質的なものとしてそれを賞賛した
のか」。

わたしは逆に今でもいいものは良くてそうでないものもあった。そこを選り分
けて考えてそのもてはやした人たちよりも長く「デザイン家電」のいくつかは
好きだと言えるような気がします。


05:50 PM

December 12, 2009


イノセントワールド

どうしてわたしはプロダクトデザインについてはまじめというか厳格というか
「イノセント(無垢)」になってしまうのかと考えた。

おかしいですね。 考えてみると。

プロダクトデザインは「大量生産」を前提にしていますから、そりゃおおくの
製品が売れなければ「採算」がとれないわけで、メーカーの人たちも『そこん
ところよろしく』と口にされなくてもしっかりそう思っているわけです。

しかしそう思いつつなんだか「美」を求めてしまう訳です。それは「フォル
ム」だけでなくて「有り様」からなにから「美しく」あってほしいと「まじ」
思う訳です。

自分の事でせいいっぱいの癖して『今時のデザインはXXXXだよなあ。』と書
きはしませんが思ってしまうわけです。

良いじゃんね。別に「多様だなあ」でね。

出張や打ち合わせででかけると「世間はそんな理屈でできてませんで。」と
ほんとに「痛感」するのですが、戻ってきて事務所の椅子にこしかけると
またまた「まじめ」が顔を出す。

デザインって本来「ちゃらい」もんだとも思う訳です。だいたいデザイナーっ
て年齢より若作りで派手だったりもしますし、そういうのを「クリエーティ
ブ」なんていうのはいささか「ちがうかも」しれません。

まあ 言いたい事は「作品」に「製品」にこめて問うのが一番。


06:27 PM


撮影

2studio.jpg

昨日、新潟でPrimarioの新製品の撮影に立ち会ってきました。

カメラマンは前回も撮って頂いた春日昭二さんです。

春日さんのスタジオは外観倉庫を改造した感じの大きな空間です。

高さが4メートル近い撮影スタンドに大型カメラが据え付けられていて上から
俯瞰したような撮影も可能です。

新潟が食器やカトラリーの日本有数の産地であるからだと思うのですが、どう
考えても難しい鏡のように反射するステンレス製品の質感表現が巧みです。

撮影は順調に進みましたが、それもそのはず前日に最適な条件を生み出す為に
前日入念なリハーサルをされていると伺いました。(ご本人はそういうことは
口にされませんが)

わたしが最も意識したのが「ロータス」の撮影。

「ロータス」は、10年展にも展示しましたが、通常の撮影では積層になって
いるステンレス板同士や風景の映り込みが複雑すぎてその全体をうまく捉える
ことができません。

昨日の撮影には、新たに作られたまだ保護シールに包まれたままのものが
持ち込まれて、撮影を開始する時にはじめてその全貌を現しました。

おもわず『わーすごい』と初めてでもないのに声を上げてしまいました。

周囲を半透明のパネルでおおい、そのパネルから透過される光と撮影台の黒い
パネルだけのモノクロームの世界の中で見事にロータスが「開花」しました。

なんだか神々しさすらただよっていました。

おおげさ? いやおおげさではないですよ。 近日公開をおたのしみに。

そういえば同じ週に、trystramsの撮影も行なわれましたが、新しいライン
ナップの中でも「The Pen」と呼んでいるボールペンが、どう撮影されたか
とてもたのしみです。


11:25 AM

December 09, 2009


新新幹線

とってもふしぎな偶然。 丸の内の丸善に向かうとき東京駅を出発する新幹線
を見ながら『新幹線のデザインをするのは「強力」ですね。』と話をしていたの
ですね。

「強力」とても自慢のしがいがある仕事という意味でしょうか。
すごいなあ福田哲夫さん。 とても良い人です。

と、さっきYahooを見たら新型の新幹線がちょうどその後の時間に「お披露
目」されていたんですね。 場所といい時間といいなんというタイミング。

07:55 PM


new HUBSTYLE

1newhub.jpg

今日は銀座と丸の内を市場調査。

あたらしいHUBSTYLEが有楽町の丸井で売られているという事で見にいって
きました。その後丸の内丸善へいってtrystramsのノートやメモパッドが一同
に介している様子を見てきました。

戻ってきてtrystramsのホームページを見たら雑誌Men's Brandにあたらしい
HUBSTYLEが紹介されているという記事があったので、現在自身で使用中の
ワニ皮のHUBSTYLEを載せようと思った次第です。

オロビアンコのペンケースを数年前から使っていてそのブランドがtrystrams
の「チームメイト」になると知って驚きましたが、はじめてこのペンケースを
見た時はその革使いの大胆さにも驚きました。

そして今度はHUBSTYLEにワニ皮バージョンが加わってオロビアンコと
「チームメイト」になったわけです。

多分HUBSTYLEの「裏側」が写真で紹介される機会は少ないかと思いわざわ
ざひっくり返して撮影しましたが、以前の横レイアウトHUBSTYLEは口の
止めがマジックテープでしたが今回はスナップになっています。

その事により前から見た時「開口部(表示窓)」がセンターレイアウトに
変更されました。

この裏側のワニ皮のパターンは使う程にしっくりきます。
サイトで書かれていますが、彼への「クリスマスプレゼント」にいかがでしょ
うか。

余談ですがグーグルの検索結果でnewHUBSTYLEを紹介するネットショップ
の記事が三番目に来ているのにも驚きました。

07:03 PM


Pdwebデザインコンペ

今日Pdwebデザインコンペの結果が発表されました。

コンペの詳細については、サイト中に述べているのでここでは書きませんが
わたしは「エントリーされた作品がすべて公表される」という形式はコンペの
有り様に一石を投じたものだと思っています。

06:36 PM


次の10年へ向けて

先日trystramsのいくつかの最終試作の確認をし、今はプレスリリースの原稿
を確認させて頂いている状況です。

今月中にはプレスリリースされ来年の初旬には、プロジェクト初年度の製品が
勢揃いして店頭にお目見えすることになります。

ほぼ同時期にPrimarioの新しいラインナップが発売される予定です。

そして現在進行中の別のプロダクトもその時期にはカタチになっているかと
思います。

時期時期時期と来ていると思ったタイミングで、天童PLYから展示会の次の
スケジュールに候補されたのが2月の中旬。

じゃあ、全部一緒に展示してみんなにお披露目しよう。そう思ったわけです。

1月にはPdwebで坂井さんとの対談が掲載される予定です。

次の10年の最初を積極的にプレゼントしたいと思っています。

11:28 AM

December 08, 2009


なにができるのか

Pdwebに連載中のブックレビュー18回が載りました。

レビュー中にも書きましたが、一ヶ月「飛んじゃった」のです。
本当なら11月の今頃に掲載されるはずの原稿でした。それはまったくわたし
の都合で編集の方には申し訳なかったのです。 展示会が続いたということを
考慮していただいたわけですが、そういう忙しさではなくてまったくこの
「本」が重かった事に他なりません。

最初に読んだ時に印象に残ったのがヘンリー・フォードが山と積まれた請求書
をその「厚み」で適当かつかなり正確にその金額を言い当てたというエピソー
ドでした。なぜそういうことが印象に残るのか再読してみるとそんなことは
まったくこの本の中で重要ではありませんでした。

たぶん登場人物がその文中で「年上」であるのと「年下」で有る場合では、わ
たしの受け止め方の「真剣度」が異なるのかと思ったりします。これも重要な
事じゃないですね。

「時代は常に最先端を目指し、常にその時代の最高の頭脳によって支配されて
いる」「後世から見てその事が正しかろうがそうでなかろうが」それがこの本
からえた「教訓」です。

10:07 AM

December 04, 2009


ことば

有名な俳句「柿くえばかねがなるなり法隆寺」は正岡子規の詠んだものですが
先日正岡子規についてのドキュメンタリーを見ました。

「ことばの人」たる子規は、古今の俳句をしらべ(つくし)自ら「ことばの
辞書」を作っていたそうで、和紙に書き留めたその辞書の高さがゆうにひとの
身長程になっていたそうです。 うけうりうけうり。

ベースボールを「野球」と翻訳したのもたしか子規ですがその言語感覚はすご
い。

ところで「柿くえばかねがなるなり法隆寺」あまりにも有名な句ではあるけれ
どわたしはその良さがよくわからない。 意味はわかる(それもあやしいです
が)けれど情景は浮かぶけれどわからない。

番組をとおしてわかったのは、それまで「食べ物」が俳句に登場した事がほと
んどなかったそうです。 多分食べ物というのは高尚な世界にあってふさわし
くないことば(単語)だったんだと思います。

柿というありふれたことばと法隆寺という由緒ただしい悠久の寺院(仏閣)が
むすびつくところにそれまでになかった「俳句の冒険」があってそのことに
「俳句界」がぶっとんだんだと推測するわけです。

子規は「確信」をもってそれまでなかった事をあらかじめ「知っていた」と
いうところがポイントであり、すでに有る程度「詠んだものが世間に知られて
いた」素地があってこの句の衝撃がぱっと広がったかと。

はっきりいってわたしが同じ句を詠んでも(無理ですが)それは「それで」
しかないでしょう。

これってデザインにも通じるなあと思ったのです。

よくアップルのシンプルなデザインを見て『それはだれにでもできる』『でき
るけどしない』といった話を聞きますが、わたしはそうは思えないのです。

まずはアメリカのアップル本社へいってその「世界的にすぐれた企業」の
圧倒的(友好的かもしれませんが)な環境の中で「シンプルじゃない今とは
違うデザイン」を説得できるかどうか。そこを考えなくてはいけないでしょ
う。

シンプルなものを完成度を高く作る為にどれだけの下地と設計のバックアップ
がなければそして費用がかかることを考えなくてはいけない。

そういった「同意」があって一見「だれでもできそうに」見えているものが
製品として並んでいるのです。

こんな話をするつもりではなかったんですけれどね。
あるデザインの先輩が別のデザイナーにわたしのデザインを説明する時に
『この人は俳句みたいなデザインをする人です。』そう言ってもらえたことが
嬉しかったという自慢を書きたかったわけです。


12:24 PM

December 03, 2009


セラミックジャパン

Pdwebでセラミックジャパンの紹介記事が出ています。

記事には80mmも紹介いただいていますが、今は社長になられた大橋さんの
助言と尽力がなければ80mmは生まれなかったかもしれません。

昨日インテリアライフショーの会場で大橋社長にお会いしたときにPdwebの
記事の話をさせていただきましたが、取材に際に話した事が丹念に文章化され
ていたことに感心されていました。

ほんとにいい記事だと思います。

記事の中にも触れられていた佐藤オオキくんのブランド「361°」のひとつと
してセラミックジャパンで作られたものが並んでいます。

今Momaショップにはセラミックジャパンのデザイナーである中沢郁子さんの
chat!(チャット)シリーズをはじめいくつもの製品が並んでいます。

これまでにも佐藤くんをはじめトネリコ・山田佳一朗くんなど多くの現代を
代表するデザイナーと取り組んでいます。

時代とともに成長しているそういう希有なメーカーだと思います。

来年にはわたしも是非「セラミックジャパンブランド」の器をつくりたいと考
えている次第です。

06:25 PM


ライフスタイルデザイナー

ビックサイトで昨日から開催されている「インテリアライフスタイルショー」
を見に行ってきました。

インテリアライフスタイルショーは、5年程前にほぼ偶然に近いような状態で
見たのがはじめてでした。

きれいな展示会があるものだなあ。と感心したのと「そういう名前」を冠した
展示会が開かれる事自体にいささか感慨がありました。

『ライフスタイルデザイナーと名乗ってほしいなあ。』とある方から言われた
のが今から10年ぐらい前の話ですが、当時「ライフスタイル」という名前に
はどういう意味があるのか正直わたしには判っていませんでした。

いや今もよく判っていないですね。

そういえば朝の情報番組で今の状況を「モノを持たない方がかっこいい時代」

「モノが売れない時代」と言われて久しいですが、そういう時代にあってある
意味「理論武装」的にうまれた言葉が「モノを持たない方がかっこいい時代」
なのかもしれません。

モノを持つにしろモノを持たないにしろ「他人から観てかっこよく見える行為
かそうでないか」にこだわるという意味では「価値観」は変わっていない。

なぜ高いブランドのバッグが売れるのか服が売れるのか。そこには常に他人の
「視線」があってその「視線」をはね返すには「高価」が「効果的」なのか。

テレビで紹介される新しい住宅(邸宅)が映ったとき、その新しい建物に移る
前に「既に長年使っていた」だろう古びたハンス・ウェグナーやミースやコル
ビジェのソファーを見いだすことは「ほとんどない(一度も見た事がない)」
ですね。

器(住宅)がよくなってはじめてそこに「インテリア」や「家具」の概念が
生まれるのであって『日々の生活に重要な椅子やソファーだけでもいいものを
使っていたい。』という「機能主義で一点豪華」な考えはまだまだ無いように
思います。

全部有りか全く無しか。そうではなくてその間があるのじゃないでしょうか。

少なくとも展示会では「無し」をプレゼンテーションできませんからどうして
も「有り」を見せるし、デザイナーも「デザインしない」を見せられないジレ
ンマがあります。

わたしはtrystramsをデザインするにあたってひとつのコンセプトコピーを
考えました。

「もたない主義の人がもちたくなるモノ」と。

例えばある芸能人の人が「財布をもたない主義」という一方で財布より大きな
ビニール製のポーチにお金を入れて持ち歩いている。

それは財布が無いのではなくていわゆる「財布の定型」から少しずれている
だけで「財布」は存在する訳です。 

わたしは「誰か一人がこれでいい」と信念(おおげさですが)で思っているも
のや事には必ず潜在的に「おおきな需要」があるんじゃないかと「仮説」し
ています。

なしは新たなこころみによって「有り」になるかもしれない。

わたしは「ライフスタイルデザイナー」という言葉の意味はなにも「すてきな
生き方をしてナビゲートする」意味ではなくて「ライフスタイルの変化」を
カタチでしめすことなのかと思った今日です。


12:05 PM

December 01, 2009


卒業

1MANNSYONN.jpg


先日、地元の駅のホームに立ってかなたをみながら、『やっと卒業したな。』
そう思いました。

かつてその駅の「その方向」には東洋一(最近聞かない表現ですが)と言われ
た大きな操車場が横たわっていました。線路が何本そこにあったかは覚えてい
ませんが、ひしめくように貨車が並列して長く横たわっていました。

「その方向」のその先にはエキスポタワーが見えていました。遠くから見る
エキスポタワーは撤去される寸前までいつまでも「ずっときれいなまま」でい
つか訪れる未来の姿を見せてくれていました。

そうなにから卒業したかといえば、笑われそうですが「大阪万国博」からの
卒業なのです。

わたしは今から46年前のちょうど今日12月1日に大阪の雑駁な市内から「見
渡すかぎりなにもない」ような今の場所に引っ越してきました。

東京オリンプックも駅から程内、家からはえらく遠い小学校の「聴覚室」で
見た記憶があります。 それからほどなくして通学路に「万国博が1970年に
この地で開催」そういった内容の看板が立っていたのを見た記憶があります。

多分万国博が地元で開催されていなければ、こんなに「卒業」がのびてしまう
事はなかったでしょう。1965年から2003年まで40年間も有形無形のカタチ
でずっと万博が「そこにあった」のです。

わたしがプロダクトデザイナーを目指すきっかけを考えるときこの万博という
存在を抜きには語れないのかなと今やっと「気がついた」

それは開催された半年ではなくてその5年も前から「待ち望んでいたわくわく
感」に満たされていたその期間も入っていたことに気がついたから。

今は未来。

06:37 PM


日本辺境論

先日友人でありナビゲーターでもあるIくんから紹介いただいてさっそく購入
読み終えたところです。

昨晩、近くの書店によったら山積みになっていて手に取ると初版の11月20日
の10日後にはすでに「第三版」となっていました。

ひょっとする大ベストセラーになるかもしれない、少なくとも内田樹さんの
書かれた書籍の中で最も読まれた本になりそうです。

「辺境論」どきっとするタイトルですが、内田さんの本はいつもタイトルには
相当のこだわりとこだわっていないそぶりが見られます。

内容は読まれてからのお楽しみなのですが、わたしなりに内容の「たとえ話」
をすると

街を歩いていたら数回はあったことはある、しかし親しくはない人物から突然
『君はXXくんの事は好きか?』と聞かれる。わたしは『好きも嫌いもの別段
興味が無い』そう答える。 『興味が無いということは好意的でないという事
だからそれは好きじゃないんだな。』と断定される。そしてそのまま別れる。

そうするとわたしは半日もやーとした気分になる。そのもやーが晴れ始めて
冷静になって考えると『好きも嫌いもXXくんはそういう対象なのか?』
『しかもなぜ唐突に「ふられ」なくっちゃいけない話なのか?』『いやいや
そもそもそういう事を問いかけたあの人物はなにものなのか。そして彼自身は
XXくんのことをどう思って「どういってほしいのか」。』

あはは そういう話がずっと書かれている。ちがうかな。

判る同士であれば瞬時に了解しあえるそういう事なんだけれど「論じ切る」
と長くなってしまう。しかもそのためにあまたの本を読まなくてはいけない
内田さんのため息が聞こえる文です。

思うにこの本は内田さんにとっての「思想のこの10年」のような本ではない
かと思うのです。もやもや10年。

10:10 AM