November 22, 2009
余韻
今日あたりからちょっとその「余韻」から抜けられてきたような気がします。
わたしはあのオープニングの終わった後から「しあわせ疲れ」というかぬけが
らちゃんのようになっておりました。
表面上日常生活はふつうに行なっておりますが、内心「ぽわーん」でありま
す。
なにせわたしはお礼のメールもあまり書けていないのです。
その「余韻」はわたしだけのものではないと思っています。
あのオープニングに来てくださった100人以上の人たち、そしてその後に観に
来てくださった人たちにも「余韻」が残っていると思います。
多くの人にブログで触れてくださっていますが、まだまだ考えがまとまらなく
て書きあぐねている人も多くいると思います。
オープニングでもいいましたが、あの会場は床がたたきのようで黒い、それは
「道路」に近いものだからあの会場を一目見て気にいったのです。
歩行者のマークを切り取った未来信号は「照明器具」のようでもあり、ひとつ
の現代美術にも映ります。たぶん大きな白い美術館の空間であればもっとその
存在は輝くでしょう。
しかし信号機は街にあります。 いつでも観るとこが出来るありふれた製品
です。 そういう空間でないところで使われているのです。
あの展示会の目指すところは「リアル」です。
そのリアリティーによって街と公共機器デザインの関わり方に「意味」が見え
たのです。
それを知った人たちには、道をあるくとき頭上に「意味」が下がっているよう
に気がついたのです。
この展示会の意味は余韻はたぶん何年もつづくでしょう。そういう事を証明
してくれるデザインが私以外の人からも生まれるようになるそういう気がしま
す。
01:19 PM


