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October 15, 2009


だれのためのデザイン

今日は10月15日 木曜日か。

けさ見た一通のメールでわたしは目が覚めた。もともと開いているのか閉じて
いるのか微妙な細さの目ですが、目の奥がさめた。

デザインはだれのためにあるのか?

その答えはわたしにはむかしも今もわからない。

わかっているのは「自分のため」ということ。自分が好きになれるカタチであ
ること。自分が「かっこいい」と思うものを生み出す事。

ひたすら「自分のため」に他ならない。

でもどう考えても「説得力」がないので、「自分のため」ということについて
「説得力」のあることばを探しまわっていた。

それは哲学書であり文学であり、音楽だったかもしれない。

わたしはある意味幸いなのは自分探しをしたことがない。いつも頭の中では他
人のことばかり考えていた。

そんな余裕がどこから生まれるのかわからないけれど、なぜが自分については
心配をしない人なのです。

そういう自分がデザインでたどり着いたのか「自分のため」というのがなんと
も不可解なんだけれど、「他人のため」の究極というか「一般解」を求めるに
は自分を見つめるしか「客観性」は生まれないだろうという結論でした。

「だれかのためにする」という意味がわたしにはよくわかっていない。

そんな思いがありつつ「だれかのために役立とうか」そう思った朝でした。


09:49 AM