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April 06, 2009


そこから先は

わたしは、検索エンジンに「プロダクトデザイナー」と入力してみるのか日課
のようになっています。 どんな事が起きてるのかどんなデザイナーが注目さ
れているのかその情報を知るには「てっとりばやい」と思っているわけです。

そういう中にあって、いまですねマイクロソフトの「Live seach」がちょっと
すごい事になっています。

びっくりでしょ。トップから5番目までがわたしに関する記事でつながってい
ます。まあ ほかの検索ではそんな状態ではないので、数年前にマイクロソフ
トでインタビューを受けたので多少はその影響があるかと思ったのですが、ふ
しぎなことにその記事はそこには入っていません。

とここまで書いて言うのですが、「だからといってわたしの周辺ではなにも
変わってないよ」という事が書きたい訳です。

プロダクトデザインを仕事にしていてもメールぐらいしかインターネットを使
わない人にはいまだに知らないのですよ。実感してますから。

しかし「喜んでいない」わけではありません。もしそうだったらわざわざこう
やって書いたりはしません。

5年ぐらい前から「プロダクトデザイナー」と入力して検索する事はやってい
ました。その時は別の人がそれこそ「寡占」してました。

わたしはその時「多様なモノには多様な人が必要なんじゃないの」と思って
なんとかそこにリストされたいと思ったのです。

全般に知られる事は難しいだろう。そう思ってブログを書き続ける事を「その
事への道」と決めたのです。(ブログじゃなかったですが)

初期の頃は読んでいる人の多くがわたしがプロダクトデザインをする人だとは
思っていなかったかもしれません。デザインのことを書かないで「デザインの
周辺」ばっかり書いてましたし。まあそんな話は置いておいて。

大事なのは「だからといってなにも変わってない」という事です。一貫性の
話ではありません。 インターネットが出来る事と影響は限定されている
という実感をしているし、こうやって書けるという事が重要な事だと思うので
す。

「デザイナーは謎めいていた方がいい」わたしはそう思っています。
日常の暮しプライベートを知りたいとか意見を知りたいという文を見もします
が多分その文を書く人は「ほんとうはなにか」が判っていてその上で「その
反対」を書く事が「謎めいている」と自分の事を知っている人だと思います。

わたしが既に「知られている」と当時実感していたら多分ブログはしていない
ですね。言いたい事書きたい事は本なり「既に公と知られているサイト」で
ブログ的な文章を載せたりして、「自分」というカタチは「なにかに乗った」
体裁をするかと思います。 謎が残せますから。

しかし「謎めいた」というカタチには「定型」はありません。多分わたしが
ブログで日々書き続ける事自体が「謎」なんだと思います。更新の頻度とか
話題の「あっちこっち」加減とか。 そういうのも歳月が経って書く人が
増えてくればなぞじゃなくなってきます。

Live seachで特徴的なのは、先日の写真展の話題が多い事です。それは展示
会場が家具で有名な天童木工PLYという場所である事と、「プロダクトデザイ
ナーが写真展」をするという行為が「謎」だったと思っています。

つまりどんな写真というよりも「どんな流れでそうなったのか」というところ
に関心があったのかと思うのです。

もちろんわたしはその道筋を全部知っている(あたりまえです)わけですが
普通そう言う結びつきをしないのも判っています。

あくまでも「結果論」ですが、「それを見たい」という気持と同時にその結び
つきを「考える事そのもの」にデザインを感じていたのかと思うのです。

謎である事、「明らかである事」、いまその両面を見ている気がします。

08:49 PM