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January 06, 2009


情緒のデザイン

pdwebに連載されている芝幹雄さんの「デザインの夢」が面白い。

タイトルは「夢」となっていますが、芝さんの観点はとても客観的でクール
です。いつもすばやいジャブのようにびしびし言葉がこちらに飛んで来ます。

今回のテーマは、ブラウンのデザイン変化について書かれています。
今、再評価の気運が高まっているディーター・ラムスと「その時代のブラウン
製品」ですが、その当時の製品を「なにも言わず」置かれただけで、その後の
ブラウン製品デザインと、現代の市場を占めている多くのプロダクト製品に強
い批判とメッセージが込められていると読み取るのは、わたしだけではない
でしょうね。

責任者が変わった以上「なにか変えなくては行けない」そう考えるのは、多く
の企業で「よくある」事ではありますが、その事が必ずしも「市場の変化」と
リンク(つながっている)場合もあればそうでないこともあります。

芝さんの文章によれば、1997年ディーター・ラムスから引き継いだピーター・
シュナイダーは、デザインの根幹をなすテーマとして「カタチは情緒に従う」
そういう言葉を生み出した。

その言葉もですが、わたしにとって1997年というのはここ日本でも「世代交
代」が明確に打ち出された時であり、当時30代のデザイナーに時代が移った
と宣言「されちゃった」年と認識しているので、そのつながり方にびっくり
するのですが、逆に言えばブラウンの世代交代が「そういう気持」にさせた
要因のひとつなのかもしれません。

まあわかりません。人にはタイミングがいい人とその反対の人がいてそのまま
でも問題が起きなかったとはいいいきれないのであります。

ちょうど手元にある先月発売の「Real Design」でブラウンの特集が掲載され
ていますが、今も売られている「ブラウンらしく」てすばらしい電卓と卓上時
計が1987年にディートリッヒ・ルプスによってデザインされていますが、
それ以降目立った製品を見いだすことは難しく、それは「前任者」の時代で
あるわけです。

ちなみに1970年代の半ばに発売されたオーディオシステムを見た時にわたし
はなにかオーディオの流れととかけ離れたデザイン主導型のデザインに見えて
いて「だれにむけて発信」しているのか理解出来なかった覚えがあります。

まあ、あまり結論めいた話ではないのですが、わたしはそのデザインの成功も
その反対の事もデザインをまとめていた人に帰結すべきではないと思って
います。すぐれたデザイナーの存在があってそのデザイナーがやりやすいよう
に経営者や企画・設計を根気強く説得し、束ねているデザイナーから敬意され
ることにこそ価値があるというのがわたしの思いです。

わたしにとってディーター・ラムスは25年前の講演を通して「そういう人で
あった」という意味において尊敬をしているのであります。

エモーショナルマネージメントでしょか。

11:54 AM