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January 31, 2009


60をめざして

最近書けないのですね。

わたしはパソコンを持ち歩いていますが結果的に出張中には文章は書けない。

同様に新幹線の中や飛行機の中では、ほとんど文章だけでなくデザインの作業
は進みません。

そうとわかっていれば「じたばた」しないで気持も荷物も手ぶらで行けば良さ
そうなものですが、行くときは、なんだか『できそうな気がする〜』んですね
いつも。

『できそうな気がする〜』といえば『できないと思う〜』ことがいっぱいあり
ます。

先日、「デザインのスキル」に関する協議会に出席して、ほぼ同世代のデザイ
ンのマネージメントや教育に関わった人たちの話にわたしはついていけません
でした。

考えてみれば、わたしは会社に勤めた出した頃から、デザイナーよりも設計者
や営業というこれまでデザインを学んでいない人達にどうデザインを理解して
もらうのかその事ばかりに気がいっていました。

端的にいえばデザインのレベルを上げる事よりもその時点での自分のデザイン
を理解してもらう言葉を探し、表現を探していたように思います。

そんなわたしですから設計図面もスケッチもそのレベルを上げるよりも「わか
りやすい」「伝わりやすい」そういう事を考えていました。

だからラフスケッチを相手から見たときに判るように反対向きに描くクセを
つけたり、図面に「解説用補助スケッチ」を描いたり、黒板に「キャッチ
コピー」を書いて説明したり等々。

そういうカタチで30年もつづければ「プチ浦島」というか高度なデザインに
まつわる話を理解できないのは、「自分の選んだ道」というしかありません。

今でもデザイン雑誌よりも一般的な雑誌やサイトでのインタビューが多いのは
そういうわたしの指向性をなんとなくみんなが感じているからだと思います。

会場になったミッドタウンのタワー棟をはじめいくつかの企業には、デザイン
したセキュリティーがありショッピング街には、PrimarioやHUBSTYLEや
デバイスタイルのワインセラーやコーヒーメーカーが売られていて、ビルの前
にはLEDの信号機が設置されていました。

わたしは『できないと思う〜』と知る事によってより『できそうな気がす
る〜』事に注力することができたと思っています。

60を目指すというのは「60歳になったときの立ち位置をどうするか」という
意味ですが、その答えはすでにでているなあ。 

07:26 PM