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February 16, 2008


モノのための家

今月の下旬からプロダクトデザインウエブ http://pdweb.jp/ で「デザイン家電の匠」
という連載記事がはじまります。

その取材があったときの事、ちょっと今まで言葉にしていなかった、自分のデザインに対
する考え方を思いました。 思いついたですね。

デザイン家電という言葉がどうかという話は置いておいて、自分のデザインしたものがそ
ういうカテゴリーに分類される事もあり、そうでないこともあると思っています。

展示の仕方、販売方法そ、宣伝の仕方そしてその結果としてのデザイナーへの関心とい
う点でも、メタフィスや±0、アマダナというデザイン家電に分類されるものとデバイスタイル
とMAはちょっと異なるような気がします。

その差はどこから生まれるのか考えてみると、環境とモノとの関係のバランスと言うか「
自分のデザインが環境の中でどうありたいか」という事についての考え方がちがっている
のかと思うのです。

住んでいる場所にすっと溶け込んで美しく存在したい。そう考えたとき一連の±0製品は
とてもいい「仕事」をしてくれる事は容易に想像がつきます。メタフィスの掃除機も同様
に普段は邪魔に思われがちな掃除機が「見て欲しい存在」に変化する力は大きい。

そういうものに比べるとわたしのサーモマグやワインセラーは相当に「がつん」と存在し
ます。今のところ一番コンパクトな湯沸かしケトルですらかなり存在を主張しています。

そのことを自分が「そういうカタチが好き」そう思っていましたが、そうなるとミキサーのな
んでも無さが説明がつかないし、80mmも同様に矛盾に思えていました。

わたしが建築好きという事はすでに何度も書いていますが、わたしのカタチは見ようによ
っては「建築物」のように感じるのはそういう指向が影響していますが、「人が住めない」
ものを建築のカタチにしても「どうなの?」とかねてから思っていました。

そこの部分を説明するのが「モノの為の家」という概念です。

つまり人が住む為ではなくて、野菜やコーヒーやワインやパンが住む為の「家」をデザイ
ンしているんじゃないかと思ったのです。

モノ達が長く快適に住む為にはどうあるべきか、という事が「人が住んでいる場所でどう
心地よく存在するか」という課題に対して答える気持をうわまわっているんじゃないか。

わたしは案外「自分のデザインされたもので家が満たされた状況」を想像しないんです。

逆な良い方をすれば使う人の家は「モノ達が集合した村」であって、その村にあるそれぞ
れのモノ達が全部同じ格好をしている必要ななんじゃないかと思っているのだと思います。

同時にそこに住む「モノ達」は製品の中で生活(?)していますから、かならず「ゴミ」
が出るし「そそう」もあるだろうと想像しています。そういう「そそう」をモノの性にし
ないで住むような台所やトイレや風呂場は「汚れ易い所は見えにくく」「よごれていると
ころは清潔に保つ気持が起きるように目立つようにする」

だから80mmの底は丸いし、冷蔵庫はびっくりするぐらいシンプル(野菜や飲み物の団
地のようなものです)に「したんだ」と思うのです。

村長さんはユーザーです。だからそこはなにもデバイスタイルやMAだけじゃなくて±0
やメタフィス、アマダナが同居しても矛盾がないと思っています。

村には住居だけでなく工場もショッピングモールもあるでしょう。「モノが快適に働ける
工場」そういう考え方もあるでしょう。

つまりわたしは、それぞれにそれぞれの事情もあれば都合もあるから村全体のバランスを
考えながらもそれぞれの家のカタチや素材や色については、そんなに統一しようと思って
いないのです。

そういうわりには「統一」しているかもしれませんが、それは結果です。

追伸
インターネットのインテリア・雑貨ショップ「INOBUN」でMAのオーブントースターが
紹介されています。

おすすめのコメントが秀逸です。
アキタミチオの家電シリーズの新商品です。「機能美」と言うのはこんなデザインを言う
のでしょう♪
こちらはメーカー発表からなんと1年の開発期間がかかったオーブントースターです。
未来的なデザインは本来のオーブンとしての機能プラス、インテリア要素も充分考えた生
産工場泣かせの逸品です。

生産泣かせのデザインになってしましました。 これは上で書いた所の「工場」ですね。

チャーリーとパン工場なんて。工場を造る為に工場を泣かせたんじゃいけません。

12:54 PM