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January 24, 2008


カルピスな想い

一昨日、雑誌の取材で広島に行ってきました。

詳しい事は、雑誌が発売される3月初旬までここでは触れませんが、とても
意義深い想いが残る取材でした。

そのメーカーでデザインにずっと関わられているチーフデザイナーの方とお話
をしながら、大きな単位でデザイナー同士が「なにができるか」を真摯に語り
それをみなさんに読んでいただいたりお話を聞いていただく機会をもっと増や
していけないと感じました。

「なにができるか」という事で言えば、今回の取材はわたしでなくても良かっ
たのかもしれません。しかしこうやって機会をくださった以上その気持に「思
った以上の答え」をわたしはプレゼントしたいという気持で羽田空港を飛び立
ちました。

素直な気持で相手の考えられている事を聞き、そして素直な気持でその事につ
いて誠実に言葉をお返ししたいという気持でした。

そのお話の時間はあっという間に過ぎて行きました。まったく疲れを感じませ
んでした。

わたしはそのデザイナーの方とお会いしたのは初めてでした。お互いに30年
以上も「プロダクトデザイン」という世界に身を置いていたわけですから、い
かにこの業界が狭いと言われながら、個人個人の活動の狭さが妙にこの世界を
「広くしてしまっている」のを感じます。広いのではなく「疎」なんですね。

取材を兼ねた対談をした後、その場にいらした10人程のスタッフや関係者の
方々から『すごく興味深くて そして勉強になりました。』と言っていただき、
わたし自身もその言葉がお世辞でも挨拶でもなく、ほんとうにそう感じてもら
えたという手応えがありました。

ちょうどその頃、世界的な経済の変動が伝えられている時期でした。
わたしは、いつになく冷静に受け止めていました。

デザインというのは工夫だと思います。そしてその工夫は豊かさから生まれる
のではなくて(豊かさから生まれるのは成熟と過剰ではないかと個人的に思っ
ています。)「困っている」「貧しい」そういう世界を引き上げる為に授けら
れた「知恵」だと思うのです。その知恵を工夫に変えるときに生まれるのがデ
ザインではないかと考えています。

景気がよければデザインができて、景気が悪くなればデザインが無くなるのは
本来おかしいのではないかと思うのです。

自分が出来る事はなにか。非力ではあるけれど少しでもデザインの可能性をお
おくの人に伝えたいそう感じています。

同時にまだまだデザインを語る時に、「むつかしい」事や言葉でしか話せてい
ないように思います。

デザイナーが聞くと『きゃー照れくさい』『気恥ずかしい』そう思う事を通っ
ていかなくては大勢の人には届かない。

「カルピスな想い」それは濃縮されたデザインへの想いはそのままでは濃すぎ
るし、おいしいものではないかもしれません。想いを5倍10倍に薄めることに
よってこそデザインに関わっていない人達に「おいしいもの」になるんじゃな
いかと感じたからです。

11:47 AM