曖昧

「デザイン力をあげるにはどうすればいいか?」と聞かれたらどう答える
か。

『とにかく大量に本や雑誌や資料を見て「曖昧に」記憶する事だ。』

デザインは目から入る。目にしたものを積み重ねてアイディアは生まれる。

しかし思うにそれらは「ぼやっと」した程度に抑えるところが「肝要」な
のかとこの頃は思う。正確さに走ると記憶が楽しくなくなる。しいては
デザインが「クリーエーティブ」ではなく「トレース」になってしまう。

粘菌の研究者だった南方熊楠は博覧強記の人で有名だったそうだが、南方
本人は『見たもの全部記憶しまうことに疲れる』といった言葉を残してい
たのを「曖昧に記憶」している。

もちろんそんな記憶力を持ち得ないわたしだがむかしのちょっとした自慢
は、家に訪ねてくれた友人とデザインの話をしていて『あそうそうそれは
コノ本に出てるよ』と当時は壁一面を占めていたデザインや建築の本や雑
誌のバックナンバーをすっと見回してすぐにその一冊を取り出してぱらぱ
らとめくって『ほらここに載っている』という事を10秒ぐらいでしていた
「過去」がある。

さりとて内容を南方みたいにそらんじていた訳ではない。(エピソードを
見ていたら彼は他の家で読んだ本を帰ってから記憶をたよりに写し書きし
たらしい)

わたしの「長所」は自分の記憶容量の小ささの自覚じゃないかと思ってい
てその小さいトランクに詰め込む為に物事の要点しか記憶しない。

もし他所で見た本も写す時には数ページか1ページに集約出来るポイント
を探しながら書き出すだけだろう。

さっきの本棚の話にもコツがある。それはデザイン雑誌一冊の中に記憶す
べきものは一点か二点しか無い事が多い。さらにいえば一年12冊の中に、
数点しかないので曖昧に「この辺かなという位置」を記憶しているだけの
話だ。

わたしは過去に見た「良い製品」を思い浮かべて自分のデザインを考える
事は少なくないが、その製品を改めて見直すと「そういう格好をしてない」
という事が多い。まったく自分の都合のいいカタチに記憶しているのだ。