Archive of January 2012

January 31, 2012


そうなればと思って

わたしはここで書いている事が「デザインの教科書」になればいいなと思ってい
ます。参考書じゃなくて恐れ多くも教科書。

それも学生向けでありながら社会に出てからも教科書になりうるものに。

一生ポケットにカバンに入れてぼろぼろになるまで読み続ける事の出来る教科書。

たぶんそこにはデザインの話ではない話が沢山ある。そうでなければ「一生の
教科書」になりえないように思います。

そしてその本はデザイナーでない人にも読んでもらえるもの。

「デザイン的思考と実践」はきっとデザインに関わっていない人にも役に立てると
思います。

その教科書の「副読本」はわたしのデザインした製品です。

8:21 PM

January 31, 2012


1/365

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先日までパリで開催されていた「365日 Charming Everyday Things」の模様
がOPNERSに掲載された。

セレクションには、富山デザインコンペでご一緒した山田遊さんが関わられ
ている。

山田さんは、国立新美術館ミュージアムショップ「スーベニアフロムトーキ
ョー」をはじめ「パス・ザ・バトン」、羽田空港のみやげ店「Tokyo's Tokyo」
などのバイヤーを担当された方だ。

ショップの「今」には、いつも山田さんがいるという感じだ。

10:21 AM

January 30, 2012


初心

shosinn.jpg


『講演会のタイトルはどうしますか?』と聞かれてわたしは即座に『デザインの
初心にしますか。』と提案して2月4日の大阪市立デザイン教育研究所での講演会
のタイトルが決まった。

「デザインの初心」はlong life design [d]に2007年の1月号から連載されていた
自身のエッセーのタイトルである。

初心という言葉にはふしぎなチカラがある。「初心」と聞くと背筋がのびるのよ
うなまさにものごとのスタートラインに立ったような緊張感とはれやかさがある。

さらにいえば「初(うぶ)」という言葉もすてきだ。

良いものは新鮮なおどろきを見る人使う人に与え続ける。

わたしはこの連載をはじめるにあたって文中に「流行」や「時勢」を書かない事
を決めていた。いつ見てもどこで見ても文中に書かれている事が、過去ではなく
て「今」の事と読む人が感じてくれる事を願ったからだ。

初心に時間はない。どんなに長い経験を積んでも「初心」はつねにそこに存在す
る。

デザインはつねに後から出てくるものに更新されつづける。新しい素材新しい技
術新しい感性によってそこにとどまる事は出来ない。

初心というのは「自分の初心が生まれた時に固執」することではない。
新しいモノに対して常に新鮮な感動とモチベーションを持てる事こそが「初心を
忘れない姿勢」だといえる。

写真の「経験」冒頭でわたしはこう書いている。

『これから経験する事のためにスケッチブックの一枚目のような真白い紙を用意
していたいのです。』


9:37 AM

January 27, 2012


無芸有芸

わたしは多才にも多能にも多趣味にもあこがれは無い。

言ってみれば「デザイン」しかもプロダクトデザインしかしていない。

しかしその一つの領域はとても広く深い。

かつてはわたしも「歌って踊れるデザイナー」を目指した事がある。

やわらかいカタチも硬いカタチも「やわらかたい」カタチも自在に繰り出せ
るデザイナーになることが世間の評価を得られる手だてだと思っていた。

しかしそれはある意味「油断の変形」ではないかと思った。

まず自分が指向する「硬いカタチ」をちゃんと成してはいないと気がついた。

デザインで必要な「やわらかさ」とはカタチではなく、仕事の「柔軟性」だ
と思った。

相手の話を聞く。相手の要望を聞く。相手が困っている事を聞く。そういう
「聞く耳」を持ちそれへの答えをいろんなところから持って来れるチカラこ
そが「やわらかさ」だと思った。

ひとつの「芸」を侮ってはいけない。

10:12 AM

January 26, 2012


備える

元旦の日に出かけた際、地下鉄に乗っていた時に地震があった。
あらかじめ警戒警報があってもよりの駅で待機するかたちになった。

結局は事なきを得て(地震はあったが)10分ぐらいでまた電車は動き出した。

わたしは公共機関の中で地震に遭遇するのは初めてだった事もあり「なにかあ
る」と思わざるをえなかった。

数日後食事中に家族に『備えよ。こころがまえよ。』という話をした。

数年前に関西に居る人が東京に移動になる際に住む場所の相談を受けた時に
『昔からある大学や公園のそばに住むのが良いよ』というアドバイスをした。

かつて「土地の選択が相当自由な人達が選んだ場所」には根拠があると思って
いる。べつに風水とは言わなくてもそれは自明の理だと思う。

でも本当に言いたいのは「備える」という事ではない。「備えあっても憂いは
ある」。かつどうしようもない事だらけである。

備えるというのはたぶん「備蓄」でも「確保」でもないのだと思う。
覚悟の確認こそが「備える」という意味だろう。


12:05 PM

January 25, 2012


曖昧

「デザイン力をあげるにはどうすればいいか?」と聞かれたらどう答える
か。

『とにかく大量に本や雑誌や資料を見て「曖昧に」記憶する事だ。』

デザインは目から入る。目にしたものを積み重ねてアイディアは生まれる。

しかし思うにそれらは「ぼやっと」した程度に抑えるところが「肝要」な
のかとこの頃は思う。正確さに走ると記憶が楽しくなくなる。しいては
デザインが「クリーエーティブ」ではなく「トレース」になってしまう。

粘菌の研究者だった南方熊楠は博覧強記の人で有名だったそうだが、南方
本人は『見たもの全部記憶しまうことに疲れる』といった言葉を残してい
たのを「曖昧に記憶」している。

もちろんそんな記憶力を持ち得ないわたしだがむかしのちょっとした自慢
は、家に訪ねてくれた友人とデザインの話をしていて『あそうそうそれは
コノ本に出てるよ』と当時は壁一面を占めていたデザインや建築の本や雑
誌のバックナンバーをすっと見回してすぐにその一冊を取り出してぱらぱ
らとめくって『ほらここに載っている』という事を10秒ぐらいでしていた
「過去」がある。

さりとて内容を南方みたいにそらんじていた訳ではない。(エピソードを
見ていたら彼は他の家で読んだ本を帰ってから記憶をたよりに写し書きし
たらしい)

わたしの「長所」は自分の記憶容量の小ささの自覚じゃないかと思ってい
てその小さいトランクに詰め込む為に物事の要点しか記憶しない。

もし他所で見た本も写す時には数ページか1ページに集約出来るポイント
を探しながら書き出すだけだろう。

さっきの本棚の話にもコツがある。それはデザイン雑誌一冊の中に記憶す
べきものは一点か二点しか無い事が多い。さらにいえば一年12冊の中に、
数点しかないので曖昧に「この辺かなという位置」を記憶しているだけの
話だ。

わたしは過去に見た「良い製品」を思い浮かべて自分のデザインを考える
事は少なくないが、その製品を改めて見直すと「そういう格好をしてない」
という事が多い。まったく自分の都合のいいカタチに記憶しているのだ。

12:21 PM

January 24, 2012


表現力

「シルクハットを倒(さか)さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を
立てたそれが甲府だと思えば、間違いない。」

これは太宰治の短編「新樹の言葉」の冒頭に出てくる一節だが、この「シルク
ハットをさかさまにして小さい小さい旗を立てた」という表現にほんとうにび
っくりした覚えがある。

まさにシャッポーを脱ぐというしかない。

なんというのか唐突に思わぬ角度からすっと強い光があたって瞬間にその場所
が輝きだすような言葉のチカラがある。

例え話は嫌いじゃない。
そのまま話してもおおよそデザインのしている事は表現出来ないし、伝わると
も思えない。

その昔「イマジネーション」を広げるには「詩」を読むと良いと言われた。
多少はその事を試しては見たがどうも「詩の世界」にはついていけなかった。

「行ったっきり」というかそこに書かれている言葉が自分の目の前から飛び立
ってこちらに戻ってこなくてその場に置いてけぼりをされた気分だけが残った。

それにくらべて表現力の切れの良い小説には「前」もあれば「後ろ」もあって
ちゃんと全貌を把握できるのが助かる。ちなみにさっきの太宰治の一節には
「前」がある。それは甲府という場所に対して自分(太宰)が感じている甲府
とのギャップがあってその事を「いささか大げさにあか抜けたイメージ」を作
るために用いた「ハイカラ」言葉であって、太宰の本心は「実はそこまでとも
思っていない」という事まで読み取れるのである。

まあまあわたしが熱くなってもしょうがない。

わたしの友人I君もわたしに劣らず「例え話」好きで、わたしの例え話をさらに
別の例えで「上に乗っける」というやり取りを良くしていたが、以前はわたし
の「判りやすい例え」が彼の手にかかると「難解な例え」に変貌する事もよく
あった。

例えるとキャッチボールをしていて取り損ねて後ろに転がったボールを通りか
かった人に投げ返してもらったら、わたしと違う方向に投げ返すような感じだ
った。

ところが(?)最近めきめきと「例え力」が向上してきた。
わたしがキャッチボールしていたスピードよりも速い球がバシッとわたしの胸
元に返ってくる。 キャッチャーの返球がピッチャーよりも速い感じだろうか。

ちなみにIくんのスピードとコントロールが向上したのは彼自身の「経験」の
たまものである。

なんだかわたし自身の例え話に切れが無くなってきた。


8:03 PM

January 24, 2012


才能

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さっきサイトをデザインしてくれた有馬君から『e-mailアドレスをトップ画面に
移動しました。』と連絡をいただいた。

有馬君はウェブデザイナーで、「Web Designing」の1月号の特集「10人の新世
代クリエーター」
でトップに取り上げられている。

そういう人に彼が10代の時から知り合ってこうやってホームページのデザインを
してもらっているのは「先見の明」と言いたいところだが、彼と会えばだれでも
10分で『ただものではない』と感じるはずで、特に先見したとは思っていない。

彼は中学時代から独学でプログラムを学び様々な実験的デザインを発表していて
高校時代には今で言うところの「神」と知り合いから呼ばれていた。

最初メールをもらった時にこう書かれていた『シンプルとはなんですか?』
わたしの一本用ワインセラーを写真で見るとただの円筒と四角形の組み合わせに
見えていたものがの実物を見ると細かい処理がなされていてその事が、シンプル
を際立たせていることに驚きと感慨を持ってくれたそうだ。

10代の未成年がワインの為の製品に着目する視点と融通性もすごいし、そこに造
形とデザインの深淵を思う感性はただ者ではない。

そう思って何度か会ううちに彼のグラフィックセンスがバウハウスやロシアアバ
ンギャルドなどしっかりと「古典」までの教養を持っている事にさらに驚いた。

わたしは今から15年ぐらい前に大学の後輩からもらった一通の手紙からその青年
の才能にほれていろんな会社や友人を紹介した事があり、その後も教えていた専
門学校の才能あふれる学生をまたいろんな会社に紹介した。

別に紹介した自慢をする気はないのだけれど「若い才能」というのは、ある意味
同業者の「脅威」であり「恐怖」な部分がある。

そういう「脅威」や「恐怖」とどう向かい合うのかについてはとても「興味があ
る」。

ふうつであれば「紹介者」というモーメントのかからない場所で高見の見物をす
るのが気が楽だけれど、わたしは同じ次元でできるだけその事を受け止めるよう
にしている。

わたしが若い才能を紹介出来る「自分」を確立しないといけないというプレッシ
ャーを自らに課す訳だ。

「有名になりたい」といういささか恥ずかしい希望をさらけだすのも実はその紹
介した当時の自分から「成長する姿」を彼らに見せる事が、結局彼らの未来像に
直結して感じてくれると思うからだ。

同時に若い時の自分の姿とその社会からの受け止め方を「反芻」する。
さきほども書いたように若い才能は「脅威」であり「恐怖」であるので、自らの
アイデンティティーやプライドが素直さを相手から奪う事も少なくない。

『あの事はそうだったのか』そう思い返す事もしばしばである。

わたしは「良き事にそのチカラを使って欲しい」という思いで動いている。それ
はわたしだけでは体現出来ない。「おそろしい」「負けてしまいそう」そういう
才能と向かい合ってそのベクトルを良き方向に向けるのは醍醐味であり生き甲斐
でもある。

9:33 AM

January 23, 2012


経験

「荷物は背負って見なくては重さがわからない。」

「荷物は開けてみなくては中身はわからない。」

わたしはこれまで「デザイン」という荷物を背負える体力をつける為に
予備校に通い学校に行き就職をし転職をし独立した。

どんどん荷物は大きくなるがそれに見合う体力が無ければよりおおきな
荷物を背負う事に躊躇もし、努めて改めてそれに挑んだ。

荷物は「おおきさ」だけではわからない。人がこうだといってもそれが
そのまま的を得ているとも限らなかった。

人が「ちいさい荷物」と言っていてもそこにはぎっしりと中身が詰まっ
ていて人からは「軽そう」で見過ごされていてもわたしにはそのモノが
その後とてもおおきな意味を持つと背負った手応えで感じていた。

すべては実感しないとわからない。背負ってみなければわからない。

たぶんそれを言葉にしても大きくなるまでは理解されない。

ただ言えるのは、すべての荷物はその外観の大きさに関係なく慎重に自
らは「重い」という覚悟をしていなければいけないという事だ。


9:32 AM

January 22, 2012


美しき効率

「デザインとは美しき効率である」

昨日事務所を訪ねてきてくれた青年から『アキタさんにとってデザインとは
何か?』と問われてわたしは躊躇無く『効率かな』と答えた。

わたしは新しい仕事にあたって企画や設計の方に『その製品の理想はなんで
すか?』と尋ねる。

どういう事ができてどうなるのが「望み」でありその製品の求めるところを
聞く。現状の製品からその理想の製品まで「最短距離の直線」を引く。

そしてその直線に横たわる問題点や課題を考える。そういう作業の中からあ
る仮説を思う。

すばらしい仕事をしている人ほど「挫折」を味わっているだろう。挫折とは
直線状に現状と目標に直線を引いた人にしか用意されていない山であり谷で
あるだろうと。

しかしデザインは「効率」だけではデザイン足り得ない。
もし効率だけで製品足り得るなら数式で生まれたカタチですべてがまかなえ
るがそれでは「ユーザー」の気持ちは動かない。メーカーの満足で終わって
しまう。

ゆえにデザインにおける「美しい効率」には「人の感情に訴える要素」が含
まれていなくてはいけない。

例えばダイソンは掃除機において革新的で「掃除」に対して高い効率をしめ
しているが、ダイソンの特徴とも言える部品に施されている「赤」や「青」
や「黄」という鮮やかな色は特に掃除の機能とは関係していない。
さらに透明な本体は「吸引している」という事を使う人に訴える事において
効率的だが不透明であっても問題は無い。そこにデザインの「機微」がある。

価格帯の機種のバリエーションを作る事において「効率的」であり購入者の
購買意欲を高める効果に於いて「効率的」なのである。たぶんそれらの感情
は数値化出来ない。

感情と効率の融合がデザインでありそれが「美しき効率」なのだ。


11:43 AM

January 21, 2012


端的

あっけらかんとしたプロダクトでならなくてはならない。

そこにただただ存在し、あたかもそれが人が作ったと思えないところまで
技と手の後を抜き去る。

今まで覚えたテクニックや知識を一旦捨てて目の前にある「条件の僕(しもべ)」
になってみる。

7:06 PM

January 20, 2012


継続性

先日、ライターの加藤孝司さんが手伝われている早稲田大学の建築研究室が編纂中
の本中に掲載するインタビューの取材を西早稲田の理工学部キャンパスで受けた。

わたしが担当する内容は「持続 / 継続」でプロダクトデザインをキーにしてお話を
させていただいた。

「継続するものは不器用でなくてはいけない」「単機能でありその単機能を極めた
もの事こそが継続性へと導かれる」それがわたしが今感じている真理だ。

長く売られているものが「デザイン性が優れている」という結論は案外に導きだす
事は難しい。

その代わり長く売られているものは、「その機能に対してとても素直に従順につく
られている」かと思っていて外観的に洗練されていなくても「機能的」という意味
では正解である事がある。

そこに「デザイン性」というキーワードで解答を求めても外観の洗練にしかならず
結局は「初代」を凌駕出来なかった試行錯誤の歴史も知っている。

しかしなぜかそういう「デザインの限界」に気がついた事が失望にも意欲の低下に
もつながらない自分が居る。

デザイナーは「カタチ化」することに優れている。カタチをカタチ化する訳ではな
く、その製品の機能をカタチにし問題点をいちはやく関わる人達に「共有化」する
事が出来るチカラがある。

つまり「結論」ではなくて「問題」を具象化する事が出来るのであって作業には
「なにをすれば当たるか」ではなく(それもあるが)「なにをすればはずれるのか」
を提示することが事前に出来るとも言える。

「不適合なもの」が消去されて「適合なもの」が選択されるという生物の進化形体
が新陳代謝だとすると同じカタチが継続し増殖するのは難しい。

不適合はなにかを考える事はデザイナーにとっても大事な「進化」かもしれない。

6:08 PM

January 20, 2012


365日 Charming Everyday Things

365.jpg


今日1月20日から25日までパリのバスティーユデザインセンターで開催される展
示会「365日 Charming Everyday Things」にセラミックジャパンから小松誠さん
の酒器セットとdo-nabe240が選ばれ展示される。

一年365日にちなんだ365の製品を選んでいる。ちなみにdo-nabeは10月16日。

ホームページではすべての製品を閲覧出来る、左上の「LIVE」ボタンをクリック
すると会場のライブ映像が見られる仕組みになっている。

2:18 PM

January 20, 2012


メタ感情

昨日ひさしぶりに雨が降ってそれが雪に変わった。
それまで東京は乾燥注意報がつづいていたので恵みの雨だ。

わたしは思った。もし乾燥についての感想を毎日ここで書いていたらどう
なったかと。

『いやーほんとに乾いてますね。大変』『いやー雨が降ってよかったです
ね。』と書き、雪がどんどん降り続いたら今度は『いやーこんなに降っち
ゃ困りますね。』と書き、『こんなに雪に弱い都市は・・・』。と書いた
かもしれない。つまりきりがない。

きりがないのはいいとして問題なのはすべての現状について「否定的」と
いうか自分のチカラでどうしようもない事を「なにかできるようなもの」
ように言葉にしていることだ。

面白もので自分の中で「本当の自分はそんなに否定的な人ではない」とい
う世間に向けてのバランス感覚が働いて今度は自分の近くで起きている「
楽しい事」を書きたくなるものだ。

はじめから書かなければそんなバランスを考える必要も無い。もっとやる
べき事書くべき事がある。
___________________________________________________________

わたしが出張中切れた電球を交換しようとしたら電球が割れてしまったと
いう事で、今朝交換作業した。

割れた電球をはずして新しいものに換えようとしたらなかなかうまくはま
ってくれない。そばにいた家人に『この電球はサイズが違うんじゃないか。
』と言った。『そんなはずはないよ』と答えが返ってくる。しばらく塩梅
していたらちゃんとはまった。

実はわたしも内心そんなはずはないと思っている。

自分でもわかっているけれど話が間違っていようがとにかくなにか言って
ないと「間が持たない」から思ったまま言っただけでそれが正しいか間違
っているかは大して重要じゃない。そういう「やりとり」を楽しんでいる。

つまり目の前で起きた事に関してそう正確な事をちくいち自分が言ってい
る訳でもないという自覚があるので、感情をしばらく「寝かしておく」よ
うに努めている。

他方電球のエピソードは、これからするかもしれない「電球のデザイン」
を担当するときのおおきなヒントになり「説得力」になると考える。

暗いところでも変えやすい電球、割れにくい電球、サイズが明確な電球。

今回の「ささいな出来事」は些事でない。デザインのきっかけを示唆し
ている。

苦労話や批判を「クリエーティブ」な行為に変換しなければいけない。
いけないというかそういう事を役立てる行為に変換できるのがデザイナ
ーという仕事である。

一次的な感情を「メタ(二次・三次)」へと前向きに高める事が大切だ
と思う。

10:01 AM

January 17, 2012


だれかではなく

誰がしたかは重要ではない。

誰かがしなければならない事を誰かがする。

その誰かがした事をまた別の誰かがしなければならない事だと感じて
広がっていく事が大切だ。

秋田道夫


9:44 AM

January 16, 2012


リアルデザイン3月号

どれだけ言葉がまっすぐ届くかどうかは「日常」にかかっている。

わたしはそういう意味でここに書く事を制限していて「喜怒哀楽」とか
状況とか「宣伝」や「誇張」をできるだけしないようにこころがけている。

しかし読む側には「そんな人はいないだろう」という通念があることも否
定出来ない。

ここまで慎重に言葉を選ぶには訳がある。

今日16日に発売された「リアルデザイン3月号」はすばらしい。

デザインがこんなに素直に気持ちに届くのは久しぶりである。

別に「わたしのコメントが載っているから」というひいき目と思われても
しょうがない。しかしわたしはほんとうにすばらしいと感じたのである。

7:00 PM

January 16, 2012


大阪市立デザイン研究所

deken.jpg

来月「大阪市立デザイン研究所」の卒業制作展で特別講演をさせていただき
ます。

大阪市立デザイン研究所は「大阪市立工芸高校」の敷地にあり公立のデザイ
ン系専門学校としては、日本唯一の学校と記されています。

一般から受ける事ができますが、工芸高校とデザイン研究所をあわせて
「工芸高等専門学校(高専)」という捉え方もできるかと思います。

この両校をでられた江口海里さんとのつながりで、今回の特別講演会が実現
する運びとなりました。

わたしには工芸高校はちょとした思い出があります。わたしが高校進学を考
えた時に工芸高校も視野にあったからです。 住んでいるところからすこし
遠いという事もあって断念しましたが、もし進んでいたら有名なブルースの
グループ「憂歌団(ゆうかだん)」と同級生でした。


10:53 AM

January 16, 2012


受話器

TSUTSU写真.jpg

唐突な話題だが、わたしは会社に在籍している時「電話を取る」のが早かっ
た。わたしよりも一回り上の大ベテランのデザイナーの方にも電話を取るの
が早い方がいらして暗黙のうちに「受話器を早く取る合戦」が静かな職場で
展開していた。

デザインする事をすべて「クリエーティブ」な行為と思われているかもしれ
ないが、仕事全体の半分は現行品を少し変えてバリエーションを作るという
かなり地味な行為で占められている。

外からは見えないそういう実情にまず新入社員は唖然とする。
そしてそういう地味な仕事が新入社員に依頼されて、やってもやっても結果
が出ない自分にまた唖然とする。

実はこの作業は「だれがやっても難しい」仕事なのだ。
ほんとうはベテランの人にこそ「向いている」のだが、なかなかベテランに
そういう仕事は頼みづらく仕事のミスマッチが起こりがちだ。

さっさとそういう仕事を自分からすすんで請け負うのは「かっこいい」と
思う。 

ステンレス水筒 「tsutsu」SUS gallery 2010年

9:32 AM

January 15, 2012


F1

PRIMARIOテープ.jpg

「値段がデザイン」というわたしがこうやって「世間相場」を遥かにおいて
けぼりにした製品を生んだのには理由がある。

この製品を作っているタケダは、日頃ステンレスをはじめとする金属加工を
得意とする燕三条のメーカーである。

そのメーカーが新しいジャンルに挑む為に作ったのが「Primario」という
ブランドだ。

製品の企画もブランド名もわたしが考えた。「なにをするか」そのものをゆ
だねていただいた。

その中で考えたのは「金属加工を活かす」という事だった。
加工メーカーはビックサイトをはじめとする場所で「金属加工の展示会」を
開催している。これまで手がけた加工品を展示して技術をアピールする場で
ある。

わたしはその展示会を見に行って「加工を究極に高めるとこういう製品が
出来てしかもしれが製品となって買う事も出来る」という有り様の方が来場
した人達の「理解」を得られるように思った。

『技術のF1カーを作りましょう』それが合い言葉になった。

F1カーはとてつもなく高価だが、この動かないF1カーも高価である。

20ミリの「ステンレスのムク」である。それをおよそ2日かかってこの半円
をひたすらNCマシーンが0.02ミリぐらいを掘り下げていく。さらにワイヤー
加工で直接「刃」を作り出している。 とんでもなく手間のかかった製品だ。

7:20 PM

January 15, 2012


これは「やや」洗濯機ではない


ハイアール洗濯機.jpg

この洗濯機にはちょっとしたエピソードがある。

発売されて間もなく、多分国内で最初に展示された関西の大型スーパーへその
様子を見に行った。

平日の夕方、洗濯機が沢山ならんだ売り場で少し離れて「鑑賞」していたら
そこに小さい子供を連れた若い奥さんが来て洗濯機を見て歩いていた。

次の瞬間笑ってしまった。この洗濯機を見る寸前できびずをくっると返してそ
の場を立ち去ったのだ。

わたしは思った「洗濯機に見えなかったんだろう」と。

実はわたしのコンセプトは「洗濯機に見えない洗濯機」だった。

洗濯機は、だれでもわかるように「超成熟商品」に位置する。
新しい洗濯機を買ったといっても別段親戚や友達を呼んだりはしないだろう。
ましてや3万円ぐらいの製品ではもっとそうだろう。


その「盛り上がらない気持ち」を盛りあげるのは使った感動だろう。
わたしは普通は青色の透明パネルをフタから取った。そして真っ平らにした。
ほんとうは操作パネルもフラットにしたかった。

洗濯の出来る「四角い箱」にしたかった。

青色の透明パネルを無くしたのは上に「洗濯カゴ」を載せられる為であり
同時に「コストダウン」につながると思った。

普通の洗濯機と最も違うのは、実は「電源スイッチ」が左端に置いている事
だ。 これはオーディオのデザインを長年していた「癖」でもある。

間違って電源を入れたり切ったりしない為の気配りでもある。

この製品が沢山売れたのはデザインではなく「安くてすぐれた性能」だった
と思っている。わたしはそういう購動機を理解した訳で新しいデザインを試し
たのである。

結果「やや」洗濯機ではない洗濯機は、どんどん新製品が登場するジャンルの
中にあって今でも売られ続けている。

「乾燥機能付き洗濯機」ハイアール 2007年


6:48 PM

January 14, 2012


Power of Design

「デザインを良き事の為に使う」これがわたしの信条です。

今は困難であってもその先にきっと人々の笑顔に会えるモノを作り続
けたいと日々デザインをしています。

スタンダードデザインを生み出したいと思っています。
「ありそうでなかったもの」ではなく「あるべきなのに生まれていな
い」そういうカタチを探り当てる事に気をそそいでいます。

使っている人達が自分の意思でそのものが生まれたんだと思ってもら
えるような「ユーザーの手の中にある」モノを作りたいのです。

デザインは特徴的や個性的である事をいつも求められまれていて、そ
の中でスタンダードなカタチを目指す事は困難であり勇気が伴います。

しかしその難しい事に挑む事こそが長年この仕事に従事しているもの
にとって重要な課題であり責任だと思っています。その姿勢を示す事
こそが「良き事」を次代のデザインとデザイナーにつなぐ礎ではない
かと考えています。

最近富みに、デザインの可能性を広げるのはひょっとすると「言葉」
ではないかという思いが強くなっています。

日本の建築やデザインの歴史を振り返る時に必ずといっていいほど登
場するのが建築家ル・コルビジェという存在です。

コルビジェには時代を超越した造形力と先見性があるのですが同時に
思想を「言葉」に託す人でもありました。

その言葉は時間や国を超えて届いているだけでなく「人々の中で成長
を続けるチカラ」を持っていて「モノを生み出す事に重要な核」を射
抜いていたのです。

コルビジェの話の後に自分のブログを持ち出す事は不遜以外のなにも
のでもありませんが、自分の職業である「プロダクトデザインに対す
る日々の思い」が読む人の年齢、職業、環境、日常によってつど化学
反応して一般性のある「良き言葉」に置き換えて生きている手応えを
感じています。

たぶんプロダクトも言葉も広げるのではなく広がっていくものでなく
ては、継続性を持ち得ないのではないでしょう。

良きものは広がっていくそう確信しています。

プロダクトデザイナー 秋田道夫

リアルデザイン 2012年 3月号 「デザインのチカラ」インタビュー

7:40 AM

January 13, 2012


認める

shoukei.jpg


わたしは自分がデザインしたモノが嫌いではない。
さらにいえばわたし自身がわたしのデザインの「ファン」でもある。

なんでもなさそうな格好をしていても結構そのプロポーションが上手く
できている。しかもそれが「無意識」なのだ。

そういう自分のデザイナーとしての部分は実は「自分でコントロール」
できないのである。

「蛍照(KEISHOU)」光る手洗い器 艸方窯(そうほうがま)2012年

5:52 PM

January 13, 2012


条件

サーモマグ.jpg

カタチは機能から生まれる。ちなみにこのコーヒーメーカーがすっきりして
いるのは「カップのカタチが一種類」しかないからで、下に置くカップが
異なる通常のコーヒーメーカーではこうならない。

つまりわたし自身がこの「恵まれた条件」を越える恵まれた条件が提示され
なければ「このデザインは越えられない」。


「サーモマグコーヒーメーカー」デバイスタイル 2004年

5:41 PM

January 13, 2012


IT企業

ojyuphoto.jpg

依頼のあった観光ホテルのすぐ近くに京都国立美術館があって、そこで
「雪舟展」を開催していた。 長い行列ができる人気の展覧会だった。

雪舟は「遣唐使」で唐にわたりそこでかの地のスケッチを多く描き日本
に戻ってきた。いまでいうところの報道カメラマンである。

そしてお寺は今で言う最先端の情報をもつ「IT企業」のように思えた。

伝統もそのはじまりは「アバンギャルド」だったと思い、現代美術品の
ような重箱にした。

「三段重箱」山陽興業株式会社 2002年

5:07 PM

January 13, 2012


三が日

PM01-2.jpg

あまりに立派な人は困り者である。どうつき合っていいか判らない。

自分でデザインはしたがこのトレイはあまりにも輝いていて近寄りがたい。

お正月の三が日だけ床の間に飾って、次に会えるのはまた来年。

たまにはそういう「存在」のものもあっていい。

「書類トレイ」Primario タケダデザインプロジェクト 2009年

4:51 PM

January 13, 2012


愛情

キロンくん03.jpg


キロンくん01.jpg

「執着を捨てなさい。愛着を捨てなさい」と説いたのはお釈迦様である。

わたしはモノであってもそのものの終着を考える。どういうかたちで最後を迎
えさせてあげられるか。まるでトイストーリーなのだ。

できるだけ「擬人化」しない事を考えたが、結局はどうもかわいい。困った。
これが人間らしくきゅきゅっと腕を動かすとどうしても愛してしまう。

「配膳ロボット」プロトタイプ パナソニック 2009年

4:37 PM

January 13, 2012


あしもと

ベンチ写真.jpg



「デザインする上でなにを大切にしていますか?」と聞かれたら「デザインす
る上でなにが大切という力みや思い込みを無くす事を大切にしています。」と
答える。

デザインはみんなが立っている脚下の地面に埋もれている。
それを掘り起こすのが、たまたま得意なのがデザイナーだと思っている。それ
ゆえデザイナーでない人がすばらしい製品を生んだりする。

脚下を見る事からデザインが始まる。


n-bench 久宝金属製作所 2011年

4:18 PM

January 13, 2012


法則性

INTED1.jpg


フランク・ロイド・ライトは幼い頃に「恩物」と呼ばれるフリードリッヒ・フレー
ベルという教育者がデザインした教育玩具で遊んでいた事が自分が建築家になる事
を育んでくれたと語っている。

単純化されて法則性のある形の組み合わせて全体のカタチを作っていく事は「普遍」
性のある製品につながるように思っている。

デスクトップオーガナイザー「INTED」trystrams  2010年

4:04 PM

January 13, 2012


おしゃれ

IH-for-intro.jpg

「おしゃれをしていない時にどれぐらいおしゃれか」それがお洒落の神髄で
はないかと思う。

極論すれば「なにも身につけていない時にもお洒落に見えるかどうか」が問
われる。

ようするに「気」というか、自分の指先足先まで神経が行き届いているかが
センスだと思う。

MA 「IHクッキングヒーター」ドウシシャ 2007年

3:57 PM

January 13, 2012


最適解

Canon printer.jpg


わたしは設計者の方に『条件を取り払った時にどうあるのが理想ですか?』
と聞くようにしている。

それはこれまでにあった色々なメーカーの製品を調べるよりも有効なリサー
チである。

かたちはおおむね「条件」からできていて現在あるものが理想とは限らない。

どうあるべきかという問いは、いまどうなのかよりも「オリジナリティー」
を生む。

3:22 PM

January 13, 2012


ニーズ

MA Kettle.jpg


事務所にいて気がついたのは、お茶や珈琲をけっこう何杯も飲む事だ。

そのおかげで、自作品でもっとも活躍しているのがこの湯沸かしケトルだ。

湯沸かしケトルの普及は、ある電化製品を追いやってしまった。

それは、昔から一家に一台はあったろう「保温式湯沸かしポット」だ。

核家族化が進み、家族の人数が減るとともに保温しておくお湯の量が必要
ではなくなりお茶を飲む都度湧かす方が電力の使用も減るわけだ。

プロダクトデザインはニーズと直結している。

2:25 PM

January 13, 2012


可能性

INCLINE.jpg

自分の可能性を広げてくれるのは自分のチカラだけではない。
思わぬところからわたしの可能性を感じてくれている事がある。

わたしはそれまで家具やソファーを手がけた事は無かった。
そんなわたしの可能性を広げてくれたのは意外にも「セキュリティーゲート」
だった。

出来たばかりの六本木ヒルズのビジネス棟のエントランス設置されたステンレ
スのゲートは、それまでの建築とその空間にあたらしい情景を描き出した。

その空間を見てわたしに「その空間に似合う家具」のデザイン依頼がきた訳
である。実はHUBSTYLEもその空間に通う人にふさわしいカードフォルダー
のデザイン依頼だった。

2:06 PM

January 13, 2012


軽さ

3TRYS.jpg


だんだん「出張」というのが重要な部分を占めるようになる。

出張を重ねるとカバンの重さが気になって1グラムでも軽くしたくなる。

ステータスというのは見かけも重量も「重い」。

「軽量なステータス」そういう矛盾を束ねたくなって考案したのがこの
スケジューラーである。

同時に50歳を過ぎた人にも「軽くて威厳がある」という有り様が素敵だ
と思う訳である。


「ダイアリーPRIMINE」trystrams 2010年

9:31 AM

January 13, 2012


たたずまい

CRW_0292_JFR.JPG


医療機器のデザインというのは「プロダクトデザイナー垂涎の的」である。

機能的であって清潔感があってさらに知的な佇まいを表現しなければならない。
そういう高揚したデザイナーの気持ちがここにはある。

しかし現場ではロボット同様に「親しみやすさ」が求められていて働いている
人や患者さんに怖がられない存在である事を知った。

同じ目的の機械でキリンの絵が描かれたものも存在する。

「かわいい」は偉大なのである。

「X線撮影装置IMC-125/A」東芝医療用品株式会社 2004年

9:13 AM

January 13, 2012


花が開く

primario_185.jpg


人にとってはどうでも良い話だが、わたしは現役の大学受験は「油絵科」だった。

さらにいえば中学生時代に倉敷にある大原美術館に収蔵されている「現代美術」に
やられてしまってさりとてなにをすればいいのかわからずなんとなく目標に近づく
ような気がして工業デザイン科にすすんだ。

あえなくというか気合いも無く最初の課題であるデッサンの試験で落ちた。
結局は翌年「デザイン科」で受験しその大学に通うようになった。

若いという事は迷うという事だ。

「LOTUS」タケダデザインプロジェクト 2012年

8:54 AM

January 12, 2012


10°

WA-12-S-1.jpg

デバイスタイルの仕事をはじめたのはちょうど10年前の今頃だった。
この仕事で最も印象に残っているのは「スピード」だ。
アイディアから模型が出来るまで「1ヶ月」だった。それも4品目を同時に
作った。

10年前の事なのでほんとうは1ヶ月と5日だったかもしれないし1ヶ月と10日
だったかもしれない。

とにかく打ち合わせのその場で思いついて、それを事務所ですぐ3Dにして
翌日にはスケッチを見せてすぐに決定してその数日後には図面を書き上げて
いたように思う。

後から知ったがあの傑作NEXTコンピューターもスティーブ・ジョブズと
フロッグのエスリンガーがそんなスピードで作り上げたものだったらしい。

7:45 PM

January 12, 2012


無口

SUICA反転.jpg

これまでに色々な公共機器を手がけてきたがもっともカタチとして成熟
していると自身が思っているのはこのSUICAチャージ機だ。

品川駅の新幹線乗り場の内外においてあり、わたしは出張の行き帰りに
「声をかけて」行く。

ほんとに地味で無口だが、箱をそのまま10度ほど傾けてコの字型のフレ
ームに載せているという「大胆」な造形で出来ている。

ちなみに箱の部分がブルーだったり赤だったりという「地味ではない」
バージョンもある。

「SUICAチャージ専用機」JR東日本 2008年

7:20 PM

January 12, 2012


外交官

1do-nabe.jpg

ある作曲家が「スタンダードな曲は曲が一人で歩き出す」と表現していた。

わたしのこれまで手がけた製品の中でもっとも一人歩きしているのがこの
円筒形の「シャッポー」だろう。

あれよあれよというまにいろんな雑誌に載り新聞に載りお店に置かれるよう
になって行き、今月にはパリの展示会にも並ぶ事になった。

取っ手が無い。それだけで外交官のようにいろんなところを飛び回るように
なった。

「do-nabe 240 」セラミックジャパン 2010年

7:07 PM

January 12, 2012


JR-NF170B(1).jpg

この冷蔵庫の基本コンセプトは、白い箱にある。

つまり冷蔵庫ではなくて「冷える箱」という風に考えた。どこに置いても邪魔に
ならない白い箱である。白い箱は有能でハンドルには明日着ていく洋服もかけら
れるし、時にはホワイトボードの役割もする。

居間と玄関をむすぶ線上にある「箱」が理想だ。

ちなみに冷蔵庫や洗濯機の事を「箱もの家電」と業界では呼んでいる。

「冷凍冷蔵庫」ハイアール 2007年

6:49 PM

January 12, 2012


結果

80mm_fix.jpg

80mmという名前は、まさに「80ミリ」で高さも直径も出来ているところから
命名した。

ちょっと太めだが、実はもう数ミリ小さいものも試作したがとたんに存在感が
薄くなってしまってこのサイズにした。

「茶渋が取りやすい」という理由から底が丸くなっていて、それが結果二重式
で持って熱くないカップの誕生につながった本末転倒なデザインでもある。

「80mm」セルフブランド(製造セラミックジャパン)2007年

6:20 PM

January 12, 2012


結ぶ

IDEO-HUBSTYLE.jpg

どうして「HUB(ハブ)STYLE」という名前を付けたかと言えばその形状から
「飛行場」を連想しそこから当時よく耳にした「ハブ空港」という名称をイメ
ージした。

HUBはもともと車輪の中心部分にある部品の呼び名であり転じて「交通の要」
と言った意味で使われるようになった言葉だ。

わたしはこれをつける人がビジネスの「ハブ」であって欲しいという願いを
こめた。 結局このIDホルダーが後のtrystramsのきっかけになった。仕事の
ハブでもあったのだ。

ネームカードホルダー「HUBSTYLE」コクヨ 2008年

6:08 PM

January 12, 2012


20年

wine cellar.jpg

子供が生まれた年のワインをセラーに入れて20年後に「成人式」のお祝い
をみんなでする時のここからワインを取り出す。 喜びの器。

1本用ワインセラー デバイスタイル 2003年 

5:54 PM

January 12, 2012


制服

GINZA2.jpg

公共機器のデザインは個性ではなく「なんでもない」が求められる。
わたし自身自分がデザインした信号なのかそうでないのか遠目には判別で
きない。判別出来ないのは「みんなが良くなった」そういう事だと思って
いる。

LED式歩行者用信号機 信号電材 2005年

5:43 PM

January 12, 2012


ウエルカムゲート

TAG5000.jpg

このゲートを通る人の99.999パーセントは「歓迎されるべき人達」なのだ。
TAG5000 高見沢サイバネティックス 1998年

5:34 PM

January 10, 2012


習慣

このところインタビューを受けたり原稿を書いたりする事が多くなっている。

わたしは「そうなりたい」と思ってきたのでその事をうれしく思っている。

デザイナーであっても「話す事」「文章を書く事」は重要な「デザイン」の
一部だと思っている。

物事には積み重ねが必要だ。いざ必要になってからでは遅いので「必要とさ
れていないときから必要になった時の為に備える」。

話が上手くてもそのまま文章になるわけではない。身振りも手振りも声の抑
揚も見たり聞いたり出来ない中で文章として成立するには、話を積み重ねた
だけでは向上しない。

同様に文章が上手くても話が上手いとは限らない。「難しい漢字」も言い回
しも「改行」も「韻を踏む」事も文字が見えない中では無力だ。

まずわたしは文を書く事の修練をはじめ、その次に講演会を自分で開き話す
というトレーニングをはじめた。

わたしは書く事についても話す事についても「子供の頃の成功体験」があっ
たわけではない。失敗体験も無かった事が幸いと思える程度だ。

実は絵にしてもその「成功体験」は高校までなくて、予備校に行ってみんな
が同じものを同じ時間をかけて事にあたる経験をしてやっと自分のチカラを
自覚する事が出来た。つまり「限定」されていないとチカラが発揮出ないと
いうのがわたしの根っこにある性格だと思っている。

ひょっとすると「プロフェッショナル(仕事)」とは「限定」なのかもしれ
ない。

わたしはデザインが「限定された中での自由」だという事を若い時代に直感
的に感じとっていたのかもしれない。

知らない世界は「自由に見える」。しかし実際にその事に関わるといろんな
しがらみや条件があってその中でいかに美しく使いやすいものを作り出すか
という「楽しみ」を見いだしたからこうやってずっと仕事を続けられている
のかもしれない。

その感覚が生まれてはじめて「書く事」「話す事」にも限定や規範があって
案外に自由では無い事を感じるようになってチャレンジする気持ちが生まれ
たんだと思う。

わたしは今、毎日の生活の中で出会った事感じた事を知らない間に「原稿用
紙1枚か2枚」で書くように考える「習性」が身に付いている。

大抵朝起きて事務所に向かう時にはなにかひとつのコラムを頭に描いて動い
ている。

その物語は「日常」からはじまって結びは「デザイン」である。

9:18 AM

January 6, 2012


楽しそうのチカラ

デザインという仕事が楽しいのは、自分が色々な興味を持つことがそのまま
デザインの滋養になり説得力につながると感じられる事だ。

おかげでどの国に行っても退屈する事が無い。市場やスーパーに行くのも好
きだし空港を見て歩くのも楽しい。

出張に行ってもその先々でいろんな景色や食べ物を楽しめる。

建築が好きで絵画が好きで本も好きで食べる事が好きで人と知り合う事が好
きであればまず飽きる事がない。

かつて会社時代の先輩から台湾でのセミナーに誘っていただいた事があるが
わたしを誘っていただいた理由が『君だったらどこ行っても楽しめそうだか
ら。』だそうで、わたしはなんだか才能を褒められる以上に嬉しかった。

思うにどの国であっても「楽しそうな人」には人はやさしい。

楽しいよりも「楽しそう」であることの方が重要だと思う。仕事をする以上
楽しくない事も現場では起きる。「楽しい」に頼るとけっこうその反動が
起きる。「楽しそう」というのは問題に対して前向きで好意的な信号であり
「ベクトル」だと思う。 

みんなで良くしようと思うベクトルが「楽しそう」である。つまり自分が
楽しいかどうかではなくて「みんなが楽しく」感じ仕事を進める為の大事な
「旗」のようなものである。


10:05 AM

January 5, 2012


菊竹清訓さん

建築家の菊竹清訓さんが亡くなられた。
くしくも柳さんが亡くなられた翌日の12月26日だった。

「メタボリズム展」が開かれた事がはなむけになったと感じた。

5:16 PM

January 4, 2012


視点の概念

かつて専門学校の講師をしていた時に「最初の最初」に出した課題が「最寄り
駅から自宅までの地図」だった。

どこかで「地図というのは物事の理解度とその再生表現を見るのに最適」など
という話を聞いた覚えがあってそれを課題にした。

デザインというのは「重要とそうでない事」の選択でできている。ようするに
簡略化と「強調」にバランスがすぐれていればおのずと紙に再現されるものも
美しくわかりやすい。さらにいえば「良くある書き方」と自分なりの工夫が問
われる。

なぜこんな話を書いたかと言えば、最近こんな記事を見たからだ。

ここには「知識の地図」が記されている。さらにいえばまるでそれは地球その
ものだ。

説明の図は平面で表現されているが実際の「知」は球体だろう。
各人が小さい球からはじまって年を経て知識を吸収して今度はロケットのよう
に細く高く「大気圏」を目指して伸びて行く。

ドクターと呼ばれる人は大気圏を突き破ろうというところまで知の矛先がのび
ていく。同時に大気圏は宇宙同様に年々その最外形が拡大して行きそこをめざ
してまた研鑽を積んでいく。

この話の終着は自分の努力は点にすぎないという地球外からの視点を求めてい
る。

たぶんその大気圏かその外側に「宇宙ステーション」が必要になる。
おのずとその図は高い時点での点と点をむすぶ「ネットワーク」が必要である
事を感じさせてくれる。

11:11 AM

January 4, 2012


0.1ミリの大切さ

皆様へ

新年あけましておめでとうございます。

東京は底冷えがしていましたが、穏やかな三が日でした。

正月の風物詩はいま箱根駅伝ではないかと感じておりますが、圧倒的な強さ
を見せた東洋大学の活躍には目覚ましいものがありました。

「その1秒を削り出せ!」をスローガンにこの1年の練習を重ねたと優勝した
東洋大学の監督がコメントを残しています。

昨年優勝した早稲田大学との時間差が21秒しかなかった悔しさをバネに研鑽
を積んだ結果が大きな差となり結実しました。

今回東洋大学の総合タイムは10時間51分36秒でした。11時間近い長さの中
で1秒はさしたる違いではありません。 往復で10人のランナーがそれぞれ1
秒縮めても言ってみれば10秒にしかなりませんが、その気持ちの積み重ねに
よっておおきな差を生む事を物語っています。

なぜこんな話を書いたかというととても不思議な縁を感じたからです。

わたしは昨年の8月から11月まで富士通デザインのスタッフの方々と「新し
い情報端末の未来像を作る」というテーマでワークショップを重ねておりま
した。

未来像を作り出すという作業の中でわたしがスローガンとして見いだしたの
が「0.1ミリを大切にする」という言葉でした。

新しいという言葉には「遠く漠然とした」ニュアンスが伴います。

言ってみれば「何十メートル」いや「何百メートル」も現在あるカタチから
乖離しなければその新しさを表現出来ないのかもしれません。

デザイナーはその距離感を掴む事に難儀し、その結果生まれるのが「予測し
たその未来たる時代が訪れてもその製品には結びつかない」というプロトタ
イプのためのプロトタイプ作りになりがちです。

わたしは5年先を考える時をする前に、5年前を振り返るという作業をメンバ
ーの方々にお願いしました。

そこで浮かび上がったのは、「5年先を見越したデザイン」ではなくて「5年
を経ても生き残る完成度の高さと飽きのこないデザイン」の重要性です。

もちろんまったく時代を変えた製品がこの5年で生まれましたが、それは機
能と一致した時に生まれるのであってその形状そのもので「飛躍」したとい
うものは稀です。

わたしには5年ではなくて20年前であって50年前に生まれても輝きの失わな
いものがある事を知っています。 それらに共通するのはすばらしいプロポ
ーションであり素材の的確な使われ方であり「細部にわたる完成度の高さ」
が備わっています。

プロポーションも素材も実は機能とコストに起因します。すべてが自由では
ありません。

その中でデザイナーの手腕を見せる重要な部分が「細部への気配り」です。
「人は細部にセンスを感じる」
その気持ちを託したのが「0.1ミリを大切にする」というスローガンでした。

実験的に3Dのスケッチで端末の背面に「0.1ミリの高低差」というか波状の
起伏を描いて見ました。

わたしはそれを実証する為に自分が担当したモデルで実際0.1ミリの高低差
で作成しました。

見事なほどにそれは「伝わった」のです。しっかりと「波模様」が浮かび上
がったのです。

それを見た人はわたしが日頃からそういう0.1ミリデザインをこれまでにも
してきたように思われていましたが、実はそのワークショップの中で自分が
見いだした方法に他なりません。

言ってみれば遠くにある山並みを俯瞰することによって生まれた「繊細」さ
です。内部に所属しないわたしと日々製品で関わるっているという複眼の
中からから生まれた視点です。

今回のワークショップで参加者が作り出したモデルには、それぞれ大胆さの
中に繊細な神経が行き届いていたものが生まれたと確信しています。さらに
言えばそれぞれが商品化されても良い完成度がありました。

それこそがインハウスと「アウトハウス」たるフリーランスデザイナーとの
共同作業の醍醐味です。

東洋大学を牽引した主将の柏原竜二さんは今年富士通に就職する。と書いて
この話は終わる。


8:55 AM