December 12, 2017


遅れて来たアイディア

さっき突然10年近く前に手がけた仕事の「いいアイディア(答え)」を

思いつきました。

長年もやもやっとしていた「宿題」がやっと解けた嬉しさ(?)が広が

っておりますが、その「遅過ぎた回答」を伝えるプロジェクトの責任者

も担当者も組織もすでにありません。いやそれどころかその製品のジャ

ンルそのものがすでに時代から遠いものになっています。10年の変化恐

るべしです。

いや「それがわかった今だからこそ」最後をしめくくるすばらしい製品

をデザインしたかったなあと思う訳です。

しかし「良いアイディア」は10年遅れて思いついたのでなくて10年間の

技術の進歩を踏まえて浮かんだ訳で、やっぱり当時は思いつかなかった

と思ったりします。

秋田道夫

2017/12/12

5:10 PM

December 11, 2017


滋賀県立大学 生活デザイン科 課題「ドライヤー」

道具演習Ⅱポスター.jpg

ポスター制作は浜崎彩結さん

「恒例」になった感がある滋賀県立大学 生活デザイン科での特別講義

ですが、数年前から「課題」を出してそれをわたしが講評させて頂く

という講義となりました。

今年のテーマは、「ヘアドライヤー」。

学生のみなさんが日頃使っているものを課題にして「リアリティー」を

感じてもらおうと言うのが、テーマの主旨ですが、そこにさらに卒業生

の方が、今実際に家電メーカーでデザインを担当されているので適した

テーマだと思いました。

秋田道夫

5:36 PM

October 1, 2017


流れ

01014006700.jpg

様々な製品の売れ行き状況のお知らせが届きます。

それはわたしのデザインの成績表のようなものかなと思っています。

do-nabeは発売当初から順調で、発売から7年目になっても伸び続け

ています。コクヨのIDホルダーも堅調です。

タケダデザインプロジェクトもスタートした頃の高額な製品から次

第に普及価格のものが増えて来て売上が伸びていますが、わけても

優秀なのがこのカトラリーレスト(箸置き)です。

六本木にあるAXISのリビングモチーフで扱って頂いている事も大き

なポイントかと思います。

実は、リビングモチーフをはじめセレクトショップはこの数年で扱

う品目が目に見えて変化してきました。

以前のデザイン家電は姿を消してそこに柳宗理さんのカトラリーを

はじめ家庭用品がクローズアップされるようになってきました。

ふしぎな符牒ですが、わたしもセレクトショップの流れに呼応する

かのように、土鍋をデザインしたりカトラリーをデザインしていた

わけです。

秋田道夫

4:24 PM

September 22, 2017


肖像

新型交通信号機1.jpg

新型下から.jpg

新型斜め後.jpg

側面.jpg 

信号電材に耐久テスト用に設置された新型「軽量交通信号灯器」の肖像

を撮影してきました。

「肖像」というのもいささかおおげさな表現ですが、これはプロフィール

写真ではなくやはり「肖像」だと思います。

LED式の歩行者用灯器も最初は「信号らしく前面から」撮影していました。

実は「正面」というのは、レギュレーション(基準)があって「ランプ」

がそのほとんどで「差異」というのはほとんど出てきません。いまでも

50mも離れるとどこの製品なのかわたしもわかりません。もちろん信号

機はそうあるのが「望ましい」ので、差異がないのが当たり前ですが、

わたしがなした工夫のポイントは「曲面」を設けてより薄く感じるよう

にし背面にスリットを入れる事によって「面の張りと緊張感」を生み出

す事でした。

ゆえに設置されてから数年後ほとんどの写真が「背面が主」にかわって

行きました。

今回の「薄型」も、最初期は「正面」を考えていましたが、ランプごと

のピッチ(間隔)とランプ径、そしてLED素子がかなり目立つ事によっ

てある種「デザインの意図」が判り難い事を感じました。

「信号機=ランプフード(ランプの庇)」というのが、ある種信号機の

イメージを作っているところが有るのですが、各社新型についてはラン

プフードがありません。

白熱ランプを使っていた時代は、西日(太陽光)が、ランプ奥の反射鏡

にあたって「全部のランプが光って見える」という欠点があったのです

が、LEDになる事によって太陽光があたっても「なにが光っているか」

が判るようになりました。

LED式にも「ひさし」がありましたが、ある意味「遺構」というかこれ

までの形式を残したものでしたが、今度は白熱ランプと同じ意匠では

問題がある事が判ってきました。

それは「雪が積もる」「雪が付着する」という問題です。

白熱ランプにくらべて「熱」を発しないLEDでは雪を自分のチカラで

溶かす事ができないのです。

その対応で新型では灯器を斜めに設置したり信号電材のモデルのように

前面を曲面にしたりして雪が積もり難くしているのが「デザインポイン

ト」です。

実は「前面が曲面」というのはオリジナルアイディアです。

平面であればランプカバー(アクリル)の成形も合わせも容易ですが、

その難度に挑んだ結果の「フラットサフェース」です。

さらに言えばメインボディーは「アルミの押出し」で出来ています。

つまり「凹凸」をつけられないのです。そのためにランプとランプの

間に生まれる「空いた部分」を溝や凹みでカバーが出来ませんでした。

製造方法とコスト削減を優先したものです。

その「間」をどうこういうのは簡単ですが、その条件の中でどこまで

やれるかを突き詰めた結果です。

側面のパネルには下から見ていると判り難いですが、「月」が隠れて

います。わたしはデザインが始まった当初「クレセント(三日月)」

と呼んでいました。前面も背面も「曲面」になるように造型していま

した。

しかし「方向指示ユニット」等がジョイントされたり内部のパーツが

びっしりあって曲面では体積が足らない為に「疑似台形」になったわ

けです。側面にその「気持ち」を残しました。ネジが出る為にその曲

面もとぎれとぎれです。

わたしの様々な「意図や意志や造形性」が伝わるように「肖像」が撮

影したかったのです。

秋田道夫

4:03 PM

June 5, 2017


愛知県立芸術大学大学案内2018

表紙.jpg 愛知県立芸術大学入学案内.jpg

12:03 PM

April 24, 2017


「普通」について

奈良を中心に活動されている山本あつしさんとの対談の抜粋です。 (2011年)

《普通の話》

Q.山本

「普通」という言葉についてふと思うことがあります。「あなた」と

「私」の「普通」はもちろん違うだろうし、「私」の中でも「昨日」

と「今日」、「明日」で「普通」は違うかもしれない。「普通」とは

いわゆる幻想ではないかと思うのです。

秋田さんにとって「普通」とは何ですか?

A.秋田

「普通」の例えとして適しているかはわかりませんが、先日「リクル

ートスーツ」について『どうしてみんな同じ格好をして個性を主張し

ないのか』という批判を読みました。

わたしはリクルートスーツを「没個性」と捉えるのは就職を求めてい

る若者達の本音を理解していないように思いました。

まずみんなは「賢い選択」として「合理的な結論」としてそのスーツ

を選んでいます。なぜならリクルートスーツを着用すれば「賢そう」

に見えて「仕事ができそう」に見えて「組織での協調性がありそう」

に見える訳です。そういった服装を探しまわらなくても一万円そこそ

こで手に入れる事ができるわけです。

非常に合理的で賢明な選択です。長い時間をかけて「就職に成功した

人」の話を集約した結果「今のリクルートスーツ」に行き着いたので

しょう。

つまり「みんなと同一になりたくはないという思いの結果が、同一」

なんですね。

じゃあ同じスーツ姿は見たくないと思った人気の企業が「リクルート

スーツお断り」とおふれをしたとしても、一年目は多様になっても、

結局は「うかりそうな私服」がまた流行するでしょうね。

わたしがどうしてもその会社に受かりたかったら、前年にその会社の

面接の日に、会社の前で受験者を「ウオッチ」して、その中から好感

をもたれそうな服装(私服)を見いだして自分なりにアレンジするか

もしれません。

そういう現象は「リクルートスーツ」に限らずメディアにもデザイン

にもあふれている事です。

しかし視点を変えればみんなが同じ服装であるという事は「みんな裸」

と同意ですよね。わたしはその方が「各自の個性が見える」と思う訳

です。

同じ鉢植えに植えられていたほうが「花の差(個性)」は際立つと思

います。

つまり「普通」は良くありたいというカタチを模索した結果であって、

みんなが感じるほど「自然となれる」ものではないと思います。なに

もしなければ「普通にはなれない」のではないでしょうか。

◆ならそら ARCHIVE / プロダクトデザイナー 秋田道夫

http://narasora.sakura.ne.jp/archive-akita.html

10:58 AM

January 31, 2017


京都精華大学講演「デザインの可能性」

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1:56 PM

January 10, 2017


みずほ銀行

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Primarioの「スマフォスタンド」が、みずほ銀行のキャンペーンプレゼント

に選定されました。

7:34 PM

May 22, 2016


「未来から来たおじさんのプレゼント」

ライフハッカーにこんな記事が出ていました。

「気持ちを込めたギフトより、相手の欲しいものをプレゼントしたほう

が良い(相手は嬉しい)」。

人は相手の望むものよりも「相手が好みそうなもの」を贈りたがるそう

な。「相手を理解しているという独りよがりに気持ちの押しつけが生ま

れる。」。

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今から13年程前にブログをはじめ勉強会を始めましたが、それはその頃

の「状況打破」を思っての事です。

このままでは静かにデザインの現場から「フェードアウト(まわりに気

づかれないままそこから消えてしまう事)」してしまいそうな危機感を

感じていました。

今にして思えばいささか「せっかち」の成せる技ですが、ブログもまだ

はじめている人が少ない頃だったのでわたしが思った以上に反響があっ

たし、勉強会も同様に今に繋がる大勢の人達との出会いが有りました。

しかし、「相手が欲しがっているもの」を言葉としてプレゼントしてい

るとは言えませんでした。

「やたら箱だけおおきな時代遅れのプレゼント」を持って突然訪問して

くる「なにを仕事にしているかわからない親戚の叔父さん」のようなも

のでした。

しかし欲しくはないとは言え一応「プレゼント」には違いが無いし、

ホラではないかと思える話も面白いのでなんだか来るのが「楽しみ」に

もしてくれていたわけです。

その「ちぐはぐさ」が魅力でもあったのかと思います。

しかし叔父さんだんだん「大きな事」も言わなくなって時には「手ぶら」

で家に訪問してくるようになってきました。

魅力というのはたぶん「ずれ」から生まれると思うのです。

それが言う事とやる事が「ぴたっと」合ってくると、まわりからは面白

くない。

ギャップの減った叔父さんは世間に知られるようになった事と反比例し

て親戚を訪問する事もめったに無くなってしまいました。

10年前には「やたらおおきな包装紙の時代遅れのプレゼント」は今開け

てみると大き過ぎもせず時代遅れどころか先の話だったと気がついてく

れるでしょう。

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ここまでがSNSに掲載した文章です。

まず反応をしてくれたのが、以前からこのブログを見てくださっている

方でした。そこから10年前に「親戚のおじさん」の訪問を楽しみにして

くれていた当時は学生だったりこれからどうしようかと思って方向性を

探していた人達でした。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

10:54 AM

April 30, 2016


さじを投げない

「匙(さじ)を投げる」という意味は「救済や解決の見込みがないとして

諦める」という事ですが、これは昔(今も)お医者さんがクスリの調合

を「匙(さじ)」でしていたことに由来します。

しかしどうもその「さじ」には別の意味があるのではないかと思ってお

りました。

そこで浮上したのが「些事(さじ)」という言葉でした。

些とは「いささか」「すこしばかり」という意味ですがようするに些事

とは「取るに足らないささいな事」です。

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日常は「些事」だらけです。

今朝も事務所のゴミを出したり、玄関先をはいたり、領収書をフォルダ

ーに入れたり書類を作ったり、お茶を入れたりと結構いろんな作業があ

りました。

あんまりというかまったくデザインとは関係の無い仕事もごっそりと日

常にはあります。

しかしこの些事が片付いていないと頭の中に「澱(おり)」のようなも

のが蓄積されてそれがデザインのアイディアを考えるときの支障になる

事をこれまでの経験で判っています。

逆にいえば日常の「些事」がちゃんと出来るとなにか清々しい気持ちに

なって机に向かえたりもします。

日常を大切にするのは、仕事の基本かなと思います。

「さじを投げない」。

デザインの基本の基本は絵でもセンスでも無くてそういう面倒な事を前

向きに捉えて処理する事かと思います。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

9:57 AM

March 2, 2016


普段着のデザイン

オシャレかどうかは普段着にかかっているかと思う訳です。

「人の目が無くても」そうするという無意識の意識がどれぐらいにオシ

ャレなのかにセンスがあると思うのです。

そういった意味ではセンスとはその人の「リファレンス(基準)」でも

あります。

「自分の目」を「他人の目」に置き換えて物事を捉えられるかにかかっ

ているようなものです。

話を広げるとそれは個人レベルの話ではなく、社会のレベルでも同じ事

だと思います。

思うに街も家も「みんなの注意が行きやすいところばかりをオシャレし

ている」わけで、人の目の行き届かないどうでも良いところはほんとに

どうでも良いまま「放置」されています。

例えば自動車で言えばスポーツカーや高級セダンは話題になりますが、

クルマのリファレンスはだれも気にもとめていない軽トラックが「かっ

こよく」なる事であり、そうでないと全体のレベルは引き上がらないと

思う訳です。

実は日本車がアメリカに入れた最大の製品は「農業用トラック」でした。

頑丈で燃費もよく安い日本製のトラックが礎を築いたのです。

かっこいい軽トラックが農道を走っている様は、愉快だろうなあと想像し

ます。

それでいえばヘルメットをかぶって通学している中学生や高校生のヘルメ

ットや自転車やジャージーがかっこ良ければこれまた愉快だろうと想像し

ます。

なんでもいい、どうでもいい。と思って選ばれるもの(選んでもいないも

の)がカッコいいのが「文化度の高さ」ではないでしょうか。

プロダクトデザイナー 秋田道夫

10:03 AM