November 29, 2016


OB

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10年前には創立40周年の記念本が発刊されました。

今回は本ではなくこうやってネット上でOBの仕事を紹介するカタチにな

りました。10年の歳月で世の中はすっかりインターネットの時代に移行

したという象徴的な出来事でもあります。

10年と言えば大学もある意味「企業」に変わっていく歳月でもあります。

今では学生の側が先生の評価をするようにもなりました。

「すでにある」ではなく「これまでにもあるため」に大学も努めなくて

はいけない10年でもあります。

先日あるお話をSNSで書きました。

『すでに良く知っているコカコーラが、どうして今もどんどん広告をす

る必要があるのか不思議です。 わたしが思うに企業と言うのは砂丘に

建つ家のようなもので、絶えず忍び込んでくる砂を外に出し続けないと

家が砂丘に埋まってしまう。』と。

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わたしは自分で自分を検索してその結果をここに書く。正直美しい行為

とは思えません。つづく「広告代理店」というのは必要だなと思います。

せんだっての中国の記事も、昨年の特許庁の試験問題に自分の名前が出

ていたという事を結局他の人から聞く事はありません。もちろん先方か

ら告知があるわけでもありません。

do-nabeに関する情報も掲載のお知らせが来る訳ではありません。

つまり自分にとって「みんなに知らせたいお話」というのは、自分で探

しそれを自ら「広報広告」するしか手だてがありません。

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「企業努力」ではありませんが、先のようなデザイナー10人に選ばれる

事や、OBの作品集に掲載されたのは、単に「いい仕事」をしていたから

だとは思いません。「言葉とカタチの一体化」があって人の耳目に残っ

たのだと思います。『デザイナーはこんな思いで作られています。』と

いうメッセージがあると「説明しやすい」。

『今も自分がデザインしたものを自ら使っていますよ。』と写真を掲載

するというのも「これまでになかった」かたちです。

たぶんそういうメッセージは、これから来るデザイナーには伝わってい

ると確信しています。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

6:12 PM

November 27, 2016


プロダクトデザイナー

流れ.jpg

中国の情報サイトで、日本の過去から現在しいてはこれからをリードし

ていく(プロダクト)デザイナー10人を選んで作品と紹介文が添えられ

ています。

6:11 AM

November 22, 2016


プレミアム大和茶ティーバッグ

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昨年、2月に発売された「プレミアム大和茶ティーバッグ(煎茶)」に

新しく「ほうじ茶」と「玄米茶」が加わり、従来の「煎茶(かぶせ)」

とあわせて3種類のラインナップが揃いました。

いずれも大和茶の高級茶葉を使用し、味は本格的なものです。今回もパ

ッケージはわたしが担当させて頂きました。

それぞれの味と色をイメージしたカラーを全面に使ったデザインとしま

が、ようするに「箱を見ただけて中身が直感的に理解出来る事」を考慮

した結果です。価格は煎茶が800円(10バッグ)、ほうじ茶が700円(10

バッグ)、玄米茶が700円(10バッグ)となっています、買える場所は

JA特産品アンテナショップ三条通り店となっています。新しい「奈良土

産」ですね。

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大和茶は「ハイランドティー」とも呼ばれているのですが、それは茶畑

が高い土地に位置しているからですが、その「低温多湿」な場所ゆえに

生育に時間と手間がかかっているのですが、その事がお茶の味と香りに

深みを与える結果となっています。

実際にわたしも三種類をいただいておりますが、かなり贅沢な味わいで

す。

9:46 AM

November 19, 2016


比較デザイン論

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先日、大阪デザイナー専門学校でFORM SCHOOLを開きました。

課題のテーマは「比べて見る:スプーン編」でしょうか。

わたしがデザインした燕振興さんのカトラリーシリーズ「mA」のうち

スプーンを、実際に学生のみなさんにお配りしてそれを日頃使っている

スプーンを持参をしてもらい、お昼ご飯を1時半まで我慢してもらって

「使い比べ」をして見るという授業です。

ちなみに前回はピジョンのベビーソープを数人のグループに一個配って

プッシュ式のシャンプーやハンドボトルの使い勝手を比較して問題点を

抽出して改善案を考えると言う課題をしました。(その結果について

は今度紹介します。)

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「比較デザイン論」とタイトルしましたが、真意は「論より証拠」です。

つまり実際に使ってみないと製品の多くの事は判らない。

わたしもカトラリーをデザインするにあたっていくつか製品を買って使

って見ましたが、「定評のあるもの」が案外自分にはしっくりこないと

いう経験をしました。

今回もその「経験」を学生のみなさんに使ってみる事によって積んで欲

しいというのが授業の狙いです。

FORM SCHOOLは一年二年の合同授業ですが、二年生の方がリポートの

「行数」が多かったのです。

それは「感じ取るチカラ」が身に付いている事の証であり「比較力」が

培われている事を実感できた瞬間でもありました。

先日の名古屋学芸大学の講義感想文の中に『デザインの取りかかり方が

判らなかったのですが、まず現状のものを比較分析してそれを改良改善

する方法を考える事が大事だと判りました。』と書いて下さった方がい

ましたが、今回(前回)の授業はその取りかかりを試すチャンスになっ

たかと思います。

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今回の状業では、前に参考品として現在市販されている有名デザイナー

のカトラリーを並べましたが、その写真を見ると『みんな似ている。』

と感じられたかもしれません。

しかし持つと使うと確実に「みんな違うもの」です。

プロダクト(製品)は「ジャストルッキング(見ているだけ)」の問題

ではありません。まずは持ってみる。重さを感じるバランスを感じる。

曲がり(実際上から見た写真よりも横から見た写真の方が個体差が大き

い)そして「口まで運ぶ」という動作の中で判断される「べき」もので

す。

「みんな似ている」という言葉は、使いがちですが、それは「個性」を

見ていない、というその人の「物事の見方の見識」を露呈するちょっと

「こわい」言葉だという事を意識して欲しいなあと思います。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

9:20 AM

November 15, 2016


ミもフタもある話

好評という事で今日もdo-nabeのお話。

do-nabeに限らず製品紹介の記事を見ると結構このブログで書いた事を

参考にして下さっている事が判ったのでdo-nabeに「隠されている(?)」

デザインポイントを説明しようかと思います。


最初、セラミックジャパンからの依頼で『サイズは直径24センチ程度

で考えて下さい。』と大きさを指定されていました。指定というか「世

間の常識」ですね。

すでにご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、湯のみ「80mm」も

セラミックジャパンで作って頂いたものです。だからというか240mmは

「80mm三個分」という風にわたしの頭の中で「変換」が起こりました。

ゆえに(?)so-nabeの高さは80mm。240×240×80。

余談ですが、デザイスタイルの6本用と12本用は「幅が一緒、高さは6本

用を二個縦に置いたサイズが12本用、取っ手は同じサイズカタチ」です。

さらに言えばmAのカトラリーは、大きいサイズのものを0.75倍(縮小)

したものが小さいサイズという「比例縮小」で出来ています。(厚みも)

これを読んだプロダクトデザイナーの何人かはがくっと膝を落としてい

るかもしれません。わたしってこんな「感じ」なんです。

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さてフタのお話。

最初そのフタのつまみは「おのずと」直径80mmでデザインしていまし

た。しかし出来上がった試作を実際に「つまみ上げ」ようとしたらどう

もつかみにくいわけです。単純に言って「ツマミが大きすぎる」わけで

す。男のわたしでもおおきいなら女性はもっとそう感じるだろうとサイ

ズを『76mmにして下さい。』とセラミックジャパンに変更をお願いし

たわけです。これは80mmが出来た時も「おおきい」と思って直径も高

さも76mmを作っていただいて『とんでもなく小さく見える』という経

験が「相互」にあった事は大きかったのです。(80mmの場合はものと

しての存在感が薄くなったので80mmに戻しました、)

しかし後から伺うとこの4mmの変更は大変だったそうです。(まるで

他人事ですが)わたしは「つまみ」だけ削ればすむと思っていましたが

結局「フタ全部」を新たに作成し直されたそうです。

ワルいなあと思いつつもプロダクトというのは「ひとつの原型が一万倍

にも10万倍にも増幅される」のでここは「納得いく」かたちにしておく

必要があります。(柳さんなら手作りの石膏試作の段階でわかっている

事ですが)

そしてこれまで語らなかったしみんなも気がついていなかった事がもう

ひとつあります。それは「どうしてツマミがフラット(平)」なのかと

いう事です。『80mmの底のカタチ?』と思われるかもしれませんが、

そうではないのです。実は「おたまが置けるように」と考えたのです。

(従来の土鍋もツマミは大同小異切り口があったりなかったりしますが

大方ものは「おたまが置ける」かたちになっています。)

フラットであれば安定する。それはハイアールの洗濯機の「フタ」を平

らにすると脱水時の振動でも「洗濯カゴが落ちない」と考えたのと同じ

ような発想です。

もうひとつわたしが何度も言っていますが、そこから先に伝わっていな

と感じているのがその「円筒形の外観」です。(実際には型から離しや

すいように3度の勾配があるので円錐ですが)

それは『IHでも使える土鍋にしたい。』というセラミックジャパンから

の「依頼」があってはじめて考えついたカタチです。

IHは「フラット」な熱源です。従来の土鍋は「いろり」や「ガス」を使っ

た時に炎でつつまれかつ「対流」が起きやすいように「球体」の形状で

あると気がついて『それじゃあ、底面積を大きくしよう。』と考えたの

がその円筒です。それゆえに口回りのサイズにしては、「体積」が案外

におおきいのです。(取っ手の凹みで相殺していますが)

ざっくりしているのか「綿密」なのかよくわからないお話になってしま

いましたが、少しでもdo-nabeに関心が高まれば幸いです。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

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9:56 AM

November 13, 2016


使ってみなくちゃ判らない

mAカトラリー.jpg

次回の大阪デザイナー専門学校での「FORM SCHOOL」では、写真の

mAカトラリー(スプーン)を学生のみんなに使ってもらってこれまで

自分が家で使っているものと「使い比べてみる」という事をします。

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カトラリーを自分でデザインしてわかったのが、お店で製品を「試し

使い」が出来ない事です。

このカトラリーmAは「一見普通の格好をしているけれど持ち手が重い

のは、食べ物を載せた時に食べ物が軽く感じる」とか「持ち手が両側

曲面になっていて手に優しい」というのが「特長」ですが、実際に食

事で使わないと「実感」できないのも事実です。

最近もこのmAを長年使って下さっている方から『ちいさいサイズのス

プーンとフォークが子供にとても具合が良い。』という嬉しい報告を

頂きました。わたしも家族も全員がこのmAを数年にわたって使ってい

ますが、この「重さ」はくせになります。良さをなんとか「伝える方法」

をメーカーともども考えようと思っております。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

6:49 PM

November 12, 2016


川.jpg

6年前に滋賀県立大学での講義について当時学生だった方のブログを

見いだしました。

その講義の後の懇親会でわたしはこんな事を言っています。

『デザインって、例えば水が高いところから低いところに流れるのが

道理で、それを逆流させる行為を指すのではなく、より短くその水が

流れるようにする事だ。』と。

どうもわたしは授業よりも、その後の懇親会の方がどうも冴えている

ようです。)

別の機会ではこんな風にも言います。『曲がったデザインをまっすぐ

にします。わたしはデザインの整体師です。』と。

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この例え話読む分には面白いしわかりやすい。

しかしそれはデザインを「ビジネス」で考えると相当に困難な事です。

自分の首を自分でXXしちゃうようなものです。なぜなら「バリエーシ

ョン」が生まれないからです。

まっすぐのバリエーションなんてすぐに尽きてしまいます。

最初から「直線」をやめておけば、「範疇」は広げやすい。

わたしは色々なジャンルの仕事を手がけていますが、裏を返せば一つ

の仕事で考えられるカタチが少ないという事を意味してもいる訳です。

つまり水はすぐに川をこえて海にたどりついてしまいます。

しかしそのおかげでわたしは「まっすぐ」というだれでも最初に思い

つくようなかたちが「自分のブランドイメージ」として出来上がって

いるわけで、どこにでもある「まっすぐな川」に自分の名前を付けて

もらえているようなものです。

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まっすぐな川は見ている分には面白みがありません。

しかしそのおかげで洪水になることもなく長い間治水が可能です。

ロングライフはそんなところに答えがあるのかもしれません。

8:19 PM

November 10, 2016


ロジスティック1

今から3年程前の事でしょうか。京都での打ち合わせを終えて、JR京都

線を使って大阪に向かっていました。サントリーの工場が見える山側に

いたのですが、工場が過ぎてしばらくした頃山間をぬってどうも旧街道

らしき道を見つけました。

今まで何度も通っているのに、それまでまったく気がつきませんでした。

スマフォは便利でさっそくGoogleマップを使いその旧街道は「西国街道」

と呼ばれる奈良時代にはすでにあった道だと判りました。

西国街道が興味深いのは、京都の東寺を起点にして、淀川に沿ったカタ

チで兵庫の西宮まで西南に伸びている事です。

おそらく関西に馴染みの無い方には、ロジスティック(輸送効率)から

みてまったく「不思議じゃない。」道筋なのですが、元地元(?)のわ

たしは『うんー?』と思った訳です。

ロジスティックから破綻が無いと書きましたが、実はその道は西宮に行

くまで「山沿い」で現在そこに近いのは「名神高速道路」ぐらいで、普

通はもっと「平地」沿いに行くのが「ふつう」だからです。

ひょっとする今の平地は沼地だったのかもしれません。(しらべて笑っ

たのですが、ネットでまったく同じ推論をしている人がいました。)

先の京都線は山崎から高槻をへて茨木吹田と続くのですが、西国街道

は高槻の後滝で有名な「箕面」から空港のある「伊丹」を経て「西宮」

につき最終的には山口県まで続いています。

現在の鉄道網ではなかなかいかない(いけない)道程です。

一番のポイントは、旧街道が「大阪市内」を通らない事です。実はこの

事がこれからのお話の「キモ」です。「ロジスティック」もキモです。

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旧東海道が江戸(東京)の日本橋から京都の三条大橋までなのは有名で

すが、じゃあ京都から大坂へはどう行ったのか。実は「京街道」という

豊臣秀吉が作った旧道がありました。

興味深いのは、その道程が今の「京阪電車」に沿っています。京阪電車

がすごいのは、ちゃんと「京阪三条駅」があるんですね。つまり東海道

と京街道を結んでいる訳です。

『京阪電車と阪急電車(JRも)はどう違うの?』という疑問が湧くで

しょうが端的な答えをすると「淀川の北を京都から大阪に結んでいる」

のが阪急電車(JRも)で、京阪電車はその逆に「淀川の南を京都から

大阪に結んでいる」路線です。さっきも書いたように「京阪三条」が

起点なのですが、そこから伏見まで南下して大阪に向かいます。

つまりすべての陸路を規定するのは琵琶湖から大阪湾に繋がる「淀川」

の存在です。しかしその「川幅広く川底が浅い」という川の特長がそ

の後の運命と繋がっていきます。

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読むとそう長くはないのですが、書いている方は結構大変なので今日

はここまで。

7:31 PM

November 10, 2016


上り詰めたモノ

山口英文さんがデザインしてタケダデザインプロジェクトから発売され

た「ナノセカンド」ブランドのメジャー(巻き尺)が先日ドイツデザイ

ンアワード(ウィナー)を受賞しました。

これはドイツ国内で開催されたIFやreddotを受賞した製品からさらによ

りすぐられたものを対象にしたデザイン賞です。いってみればドイツに

おける最高のデザイン賞です。

そのメジャーは、製品化される前からタケダさんの中でも評判が高かっ

たのですが、タケダデザインの事務所でわたしは『これの製品はたぶん

世界中のどんな賞でも穫れると思いますよ。』と予言しましたが、ホン

トウになったわけです。(後から自分の手柄のように自慢する人が多い

ですが、わたしもそんな一人です。)

山口さんに『削り出しの製品を作ってみません?』とお声がけさせてい

ただいたのは、3年前になるでしょうか。機会を製品に置き換えた力量

はさすがです。

というのも、わたしは何人かのデザイナーに『作ってみません?』と

これまでお声をかけましたが、製品化に至ったのは江口海里さんのア

ルミシリーズ「アラインライン」そして現在まだプロトタイプですが、

矢原拓さんのケースシリーズです。

「製品を作るのは難しい」。今更ながらですが改めてそんな事を感じ

ています。

大抵の製品は、メーカーから「お題(課題)」があってそれをかたち

にしていくので、多少の問題はあったにしろ最終的に製品化されるの

が常なので、「製品を作るのは難しい」と思う事はそうありません。

(別の意味で仕事は難しいですが)

タケダデザインプロジェクトの場合「なにを作るか」という事も自由

ですし(今は金属加工製品が多いですが、それもこれからはわかりま

せん)、内部を占める機構部品が「あらかじめ」あるわけでもなく(

メジャーは巻き尺とその巻き込み部品で一杯ですが)およそ「自由」

なわけです。さらにいえばマーケッティングや価格等も「それが出来

てから考える」ようなものです。

どこで売るかも、責任者の高地さんが自力で開拓してきた訳です。

正直『なにをどうするの?』という疑問と不安だらけの中から船出を

しなければいけません。

高地さんもわたしも別段『世の中に無いものを作ろう』なんて力みも

ありませんでした。(そのわりに「技術のF1カーを目指しましょう」

というキャッチフレーズは大きいですが)

逆にいえば「世の中にすでにあるものをしてもおのずと変わるだろう」

という感覚でしょうか。

どんどん「溢れかえった世界」に飛び込んだ方が「際立って」いいの

かもしれません。

「難しいってなんだろう? 」と思ったりします。

しかし、じゃあ「簡単」というものが世の中にあるのだろうか。とも

思ったりします。

また「分解酵素」のお話に戻りますが、「難しい」を分解してなにが

どう「難しいのか」を選別する必要があるのかもしれません。

案外「難しい」と思っていた事が、そうでもないかもしれません。

その逆に「簡単」と思っていた事が案外に難しい事もあるでしょう。

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などというお話を書いていたらタケダデザインプロジェクトから嬉し

い話が飛び込んできました。

先日発売した「ルーペ45」と、箸置き「C-rest60」、カトラリー置き

「C-rest90」が、燕商工会議所の選定する「メイド・イン・ツバメ」

に今回選定されたそうです。リストを見るとルーペも箸置きもこれま

での選定品にはないので、結果的には「世の中に多くないもの」を

作っているのかなと思ったりします。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

9:40 AM

November 9, 2016


売れるとうれしい

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「デザインが溶ける」なんて哲学的(?)な話題の後にえらく現実的な

話題ですが、先日の「キナリノ」効果かdo-nabeがほんとにすごいこと

になっています。

ちょっと調べてみたら大きなサイズの240が売り切れ続出で「一ヶ月か

ら二ヶ月待ち」なんて表示も。

ただただ素直に「うれしい」。

8:43 PM

November 9, 2016


デザインが溶ける

原宿駅.jpg

今手がけている製品が世の中に出ると景色が変わるかもしれません。

「景色」にはいろんな意味があってそれは「心象風景」かもしれませ

ん。

その昔わたしは「プロトタイプ」という「何年後かにはそういうもの

が普及しているかもしれない」試作品を多くデザインしていました。

大概そのままのかたちで世に出る事はありません。「夢」は夢のまま。

ところが、その後に手がけた製品のいくつかが、10年経ち15年経って

も生き残るようになると未来に対する考え方が変わりました。

結局のところその時にふさわしいと思ってデザインしたものがそのまま

「未来にも通用するかたち」になるわけです。

つまり「未来」はトンデモナイ事にはならない。というか人の体内には

強力な「分解酵素」を蓄えていて考えれられるあらゆるものを取り込ん

で分解して体内に吸収するのだと思うのです。

なぜあの時「分解酵素」という考えに頭が行かなかったのかなと思いも

しますが、わたし自身がしらない内に、新しい事に対してつねに理解の

分解酵素が働いて世の中に無いものを「すでにあるもの」に変換してい

たんだなあということに気がつきました。

最近「デザインが溶けている」と感じているのですが、その「溶ける

(解けるじゃないですよ)」というのは、ひょっとすると分解酵素の働

きを「感じて」いるのかなと思った次第です。

7:09 PM

November 9, 2016


「しらない」からはじまる

わたしの一日は「自分検索」からはじまる。

自分検索をつづけるわたしはおそらく「自分の評価をもっとも世間で

良く知っている人」になっています。

自分の行動や言葉は、自分の内面的な感覚ではなくてその「外的要因」

から「妥当」を見いだして作っていると思っています。

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この数年2ヶ月に一回は講演をしていますが、講演に集まった方の9割

はわたしの存在を知らないだろうと思っています。

昨日のリポートでも「あのデザイナー」という「既知」を前提とした

内容は見いだせませんでした。

面白いというか自分も多少は成長したのかと思うのは、その「現状」

を当たり前と捉えている事です。

「情報」というのは、その見方集め方は自分の関心から生まれますが

そこには、自分が「見られる」「見せる」という立場の意識があるか

否かについておおきく異なります。

15年も前になりますが、モーターショーに「報道」の腕章をつけて取

材に行った時のみんなから見られていそうという「自意識」と、一般

駐車場から、どうみても部屋着できたと思える家族連れの意識の「ギ

ャップ」のおおきさを思い出します。

その人達は「ブース」は見るものであってそこにいる人達から関心を

もたれる見られているという意識はまったくないでしょう。

わたしもまた講義に来た「ブース」みたいなものだと思います。

ブースの規模が大きかろうが小さかろうが知名度が高かろうが低かろ

うが観客は「全部」を見にきた訳ですし「全部をフラットに見る権利」

を有している訳です。逆にそれが「油断」というか大事なものを見逃す

事になるのですが、それはそれです。

大切な事は「事前」でも「その時」でもなく「事後」だろうと思ってい

ます。

リポートにも講義の後にわたしの事を調べたと何人もの学生さんが書

かれています。

妙な例えをすると、わたしは「値段」で製品を買う事が少なくありま

せん。ディスカウントされていたりセールで買ったりします。

しかし、そういうものでも買ってからネットで調べて評価が高いとな

ぜか嬉しい。「いいものを手頃に買えた」という事が嬉しい訳です。

たぶんわたしも「そういうモノ」でしょう。

なにげなく聴いて興味を持ってくれて家で調べたら「案外」に有名な

人だった。そこからはじまってかまいません。

わたしがプロダクトデザインの興味の入り口を開けるきっかけを作れ

ればそこにはおおきな意義があると思います。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

9:22 AM

November 8, 2016


要点

先月あった名古屋学芸大学での講義に対する学生さんの感想リポートを

拝見しました。『わたしは喜びそうなリポートだけでいいですよ。』と

お願いしましたが、そのリクエスト通り読んだ後にわたしは嬉しくなり

ました。それも結構な数だったのでよろこびもひとしおです。

『「レテラしー」、「トレードオフ」このふたつだけ覚えておいてくれ

たら後の話しはおまけのようなもので忘れても良いですよ。』と講義の

冒頭に言いました。両方説明しても10分ですね。10分で十分。

その前の月にあったある企業での講演の持ち時間は「15分」でした。

すごいですよね。15分で「語り切る」。

「とぎすまされたふつう」「さじを投げない」「最先端は人に近づく」

その三点を15分間に盛り込みました。一言5分ですね。

それらは、わたし自身が物覚えが悪い事と「興味の無い事には関心が

湧かない」という2点から誕生した「簡潔」です。

興味が無くても「あまりに簡潔」だったり「あまりに短い」とそれは

「その行為自体に興味がわくだろう」と思っての事です。

ほんとはパワーポイントも使いたくはない訳です。「なんの道具もし

つらえもいらない」のがルイスカーンのいうところの「樹の下に集い

知りたい人がそれを問い、知る人がそれを語る。」というのが講義の

原型だと思います。

6:38 PM

November 5, 2016


スマフォと暮らす

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ポスター作成 青木春佳さん(生活デザイン科2年生)

毎年12月になると滋賀県立大学の生活デザイン科の特別講義に赴きます。

最初の数年は、スケッチの描き方と言った「宿題の無い講義」でしたが、

南先生の発案で「あらかじめ課題を出してその講評をさせていただくと

いう形式になり今年で5度目でしようか。

模写からはじまりテープカッターになりティッシュボックスになり昨年

は「おとなのランドセル」でした。

それらに共通するのは「デザインしたものが後で自ら使える」という事

です。同時に「課題前にも認識があって課題が終わった後もひきつづき

考え続けられるもの」です。

毎年課題を変えるのは、新鮮みという事もありますが、「教える側も時

代とともに変化し続けないといけない」という意味と、教える側が「昨

年や一昨年と比べて優劣をきめない為」です。

同じ課題を出すのは楽ですが、それでは教える側の成長する機会を自ら

捨てているようにも思います。

わたしはある意味「どん欲」です。教えるという機会を自分の糧として

これからの自分のデザインに反映させていきたいと考えています。

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余談ですが、「スマフォ」ではなく「スマホ」と表記するのが普通です

がもともとが「スマートフォン」なので「スマフォ」とさせて頂きました。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

3:25 PM

November 2, 2016


80mm10年

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ちょうど10年前の2006年の秋に80mmは誕生しました。

作ってみようと思ったのがその2年前の事でした。セラミックジャパン

との出会いがなければこの製品は誕生していませんでした。

代表作のひとつだと思っています。

80mmによってわたしのデザインへの考え方がおおきく変わりました。

それは「任せる事」です。

それまではこだわるか諦めるか、その両極端の結論しかありませんでし

たが、そこに「任せる」という「中間」の結論が生まれました。

セラミックジャパンの代表である大橋さんももともと「リジッド(きっ

ちりとした)」な仕事をされていたので、15%ももとのかたちと異なる

製品作りと言うものの「思い通りにいかない」難しさを感じておられた

ので、プロダクトデザイナーのわたしの「はがゆさ」を充分に理解して

くださっていてその上でなお「ただの円筒」を作る事に意欲をもやして

くれました。

「腑に落ちるスケッチ」というか説得力あるかたちと言うべきか、そこ

に全てがありますが、さりとて自分自身が「全部理想が判っている訳で

もない」と自覚しています。

プラスティックなら出来るかたちもセラミックでは出来ない、セラミッ

クで出来る事が木では出来ないという風に「かたちと素材」は微妙に

ずれていきます。それらを熟知している現場の人達の声に委ねるのは、

最終的なかたちの良さに結びつくと思っています。

いみじくも、その翌年からはじまったタケダデザインプロジェクトの製

品は委ねと「任せ」の極みです。

80mmも詳細な図面は描いていません。Primarioも図面が無いものがあ

ります。

勘違いされると困るのですが、図面も描けるし自分の思い通りにしたい

と思って設計の方とけんけんがくがくしていた時期もあったという事で

す。

わたしは「その先のかたち」を今やっているという事を判って欲しいの

です。

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来年には新しい80mmのかたちが生まれそうです。お楽しみに。

8:48 PM

November 2, 2016


贅沢な仕事

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「ブランド筆記具大図鑑」というムック本で、trystramsのボールペン

「PRIMINE」をご紹介頂きました。

発売されたのが2010年ですが、今も使っていますが、今もまったく古さ

を感じません。まあただの「円筒」に時代性はあり得ませんが、改めて

感じるのは『なんて贅沢な仕事をさせてもらったんだろう。』という感

慨です。

一緒に映っている朱肉(Shunik)もそうですが、コクヨでもアッシュコ

ンセプトでも多分もっとも高価なボールペンであり製品です。

先に紹介したAIDECのソファーも革バージョンの三人掛けはおそらく最

も高価な製品の一つだと思います。(ひょっとするとdo-nabeもそうか

もしれません)

わたしの質素な日常を考えるとそういうものが生まれるのは不思議な気

がするのですが、なぜだかそういうものがしっくりと収まっていてしか

もよく使うし使いやすい。

かたちはそのままでも材質によって高価にもなります。

そういえばボールペン「PRIMINE」のアルミバージョンのプロトタイプ

があった事を思い出しました。

ステンレスの本体をアルミに変えてカラーバリエーションもしてみまし

たが、まったくと言って良い程「別もの」でした。製品化に至らなかっ

た事からどういう評価だったかは、推測にかたいのですが、その事によ

ってあらためてこのステンレスと真鍮の組み合わせによる「持った感触」

や存在感がかたちといかにベストマッチしているかを再確認する事にな

りました。

たぶんここに映っている三つの「高価なもの」は、ある意味「最適」で

あり「効果的」なんだと思います。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

11:46 AM

November 1, 2016


nabeが熱い

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暮らしにまつわるものを扱っている情報サイト「キナリノ」でdo-nabeを

取り上げていただいたのですが、その反響が大きいようです。

すでにキナリノでは2年前の「土鍋特集」でも取り上げて頂いていますが、

単独での紹介は初めてです。

iemoというところで取り上げて頂いたり

CAFYというところで取り上げていただいたり、

macaroniというところで取り上げていただいたり、

極めつけは、RankigShareでの「デザインの良い【土鍋】ランキング」

での1位でしょうか。

2010年に発売されたdo-nabeですが、7年目(!)のこの冬は熱そ

うです。

8:04 PM

November 1, 2016


メトロクス東京

メトロクス入り口.jpg

新橋にあります「メトロクス東京」でタケダデザインプロジェクトの

製品を一同に展示販売していただいております。

それに付帯して、スケッチや昔購入したデザイン書そしてこれまでに

様々なメーカーでデザインしたステーショナリー関係の製品も同時に

展示しております。

メトロクス展示.jpg

まるで自分の事務所のようにくつろぐわたし。

実際パソコンが来るまではこんな感じでした。パソコンは便利ですが

「思索する」という概念が、すっかり事務所から失われたのを改めて

感じました。

2:47 PM

November 1, 2016


新しいセレモニーのかたち

関西の高級住宅地として有名な芦屋ですが、その中心を六甲から神戸湾

にそそぐ一本の川が芦屋川です。

芦屋川の側にはフランクロイドが残した山邑邸(現ヨドコウ迎賓館)が

あり、坂倉準三の設計した芦屋市民センターがあるという建築史にとっ

ても重要な川でもあります。

その下流に立地しているのが「クレリ芦屋ホール」です。

今回そのクレリ芦屋ホールのリニューアルを担当されたのがformroom

OSAKAの最初からの参加者であったインテリアデザイナーの大工さん

です。

写真から見ても判るように従来のセレモニーホール(葬儀や法事を行う

施設)の概念を打ち破るモダーンで清潔感にあふれるデザインです。

その一階ロビーに「INCLINE(AIDEC)」を採用していただきました。

同様にに式場内で使う車椅子としてピジョンタヒラの「アシスタイース」

を使っていただいています。

もちろん大工さんがわたしと懇意という条件があってこれらを採用して

くれた事は明白ですが、結果としてその両製品はその場の雰囲気にとて

も合っていて、やわらかさと品格がその場に生まれていたと思いました。

同様に「Shunik(朱肉)」を使って頂いているそうで、わたしがそれら

に込めた「新しい時代の儀式(セレモニー)」に相応しいデザインとい

う考えが実現化した場所にもなったように思います。

10月13日にオープンしたばかりですが、すでに大変好評をいただいてい

ると伺ってうれしく思っています。

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余談ですが、クレリのすぐ前を走っている国道をしばらく大阪に向かう

と道路灯には、先の「ATUMO」が使用されています。

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10:10 AM

October 12, 2016


精密加工

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タケダデザインプロジェクトの母体は、新潟の燕三条で長年金属加工を

されている「タケダ」さんです。

これまで多くの金属部品をOEMで送り出されていますが、そこで要求さ

れる精度は非常に高いものがありその要求に応えられています。

つまり「当たり前」のレベルが自然と高まっているわけです。

これまでデザインしたPrimarioも一見「ごろっとした」かたまりに見えま

すが、そこにはいろいろな隠れたテクニックがあります。今回のルーペに

ついてもそんな技術が隠れているのですが、わたし自身伺って『おー!』

と感じた高度な技術についてちょっと図説したいと思います。

実際のルーペを持つと意外なほどに軽い。その軽さは本体の肉厚の薄さか

らきているのですが、実は上から見た時の「文字が書かれているリング状」

の厚み(仕上げの為に表面も削いでいるのでもっと厚いのですが)が最初

のカタチです。つまり6ミリ位の肉厚の「パイプ」です。

それを1ミリ近くまで内側を「削って(中グリ加工)」できています。

一見側面に「つぎめ」状の筋があるので「ツーピース(部品がふたつ)」

に見えますが、実は「一体」で出来ている訳です。

もうひとつの「裏技」は、三本の脚の為の「切り目」ですが、これはレー

ザーによって切断しているのですが、実はふつうに切ると「鋭角」な部分

が出来るのですが、切断面が均一に「90度」をキープする為に本体を動か

しながら加工しています。

そういう「秘密」を知るとますます製品が「いとおしく」思えてきます。

6:43 PM

October 3, 2016


ルーペ45

タケダデザインプロジェクトからルーペ45が発売になりました。

Ima_65780.jpg

8:23 PM

October 2, 2016


役割

役割.jpg

頼まれてもいないのに勝手にイメージポスターを作ってしまいました。

安藤さんの建築と信号機とその下を楽しそうに歩く親子。

なんだか「プロダクトデザインの役割」にぴったしに思えました。

ただ字が読み難いので問題ありです。

7:48 PM

October 2, 2016


「デザインの可能性」

デザインの可能性.jpg 来年のお話になりますが、京都精華大学でデザイン科の連続レクチャ

「デザインの可能性」に2月3日に出演しました。

当日は、わたしのお話の他に精華大学のデザイン学科の教授である

小山格平先生と対談も予定しております。

小山先生は年も近く、就職先も家電メーカーだったという事で「あの

時代、今の時代」でどうプロダクトデザインの役割が変わった事変わ

らない部分について掘り下げられればと思っています。

それにしても毎週旬のデザイナーや建築家のお話を聞けると言う学校

の環境はすばらしいと思います。

同時に京都精華大学を卒業したOBが沢山活躍しているという事も知

れて学生のみなさんの励みにもなるし、学校の良き成果発表にもなっ

ていると感じました。

7:10 PM

September 29, 2016


細部

Ima_65826.jpg

写真をクリックすると拡大しますが、まず驚かれると思います。

こんなに細部までピントが合っているとまったくそこに製品があるかの

ようです。

4Kとか8Kテレビの世界ってこういうものなんだろうと思いました。

同じものでも違って見える。

5:00 PM

September 24, 2016


コミュニケーションの「収穫」

山本あつしさんとの出会いは2010年だったと思うのですが、関西の知り

合いの多くがそうであるように山本さんを紹介してくれたのも賀來さん

でした。

最初に会った時から、山本さんのソフトで包容力のある人柄を感じまし

た。そう感じで会って30分もしないでわたしから一度講演会か勉強会を

奈良で開きましょうというお話をしたと思います。

それが実現したのが、翌年の2011年震災のチャリティーを兼ねて講演会

を開く事になりました。その後2度つごう3回山本さんの企画で講演会を

させてもらいました。

2年前には、山本さんからの依頼で大和茶のパッケージの仕をさせていた

だき製品が出来上がった時には奈良市庁舎で奈良市長さんやJA奈良の責

任者の方と並んで記者会見も開かれました。

その実行力と奈良市役所の方達から山本さんによせる信頼の高さを感じ

ましたし、街を歩いているだけでも地元の方達と良好な関係と敬意され

ているのをひしひしとこちらに伝わってきました。

時間をかけて無私にかつ積極的にコミュニケーションしながら骨を折っ

ている山本さんの「背中」を奈良の人達が理解してくれたんだなあと感

じました。

「(プロダクト)デザインも農業のような部分がある」と以前に書きま

したが、人同士を結びつけるコミュニケーターもまた「農業」だと思い

ます。たぶん最初にお会いした2010年頃はまだ「畑になるように空き地」

を整備している状態だったんだと思います。

5年後の収穫ではないですが、今年の飛躍ぶりが凄い。大阪の芸大で講

師を務めるようになり、建築デザインコンペの審査委員をすることにな

り、昨日は今度韓国で開催されるデザインイベントでお話をされる事を

知りました。それ以外にも多くのイベントを牽引されています。

「コミュニケーション」というのは、仕事として確立はしているわけで

はないと思いますが、それだけに大変だし「面白い」ものであるだろう

と思います。

わたしはいつも山本さんを「刮目して」見ています。

一ヶ月前に会った山本さんは、今会うと違うかもしれないと。

秋田道夫

10:37 AM

September 23, 2016


「当たり前」を見直す意味

そもそも当たり前に使っている「当たり前」という言葉はなんなのか。

調べるとそれは、「当然」を置き換えた「当前」説と、獲物を配分する

ところからきた「もらってしかるべきひとり当たりの分け前」から来た

という二つの解釈があるらしい。

二番目の説から考えると、「当たり前」という言葉には「権利」という

ニュアンスがあることがわかります。

同時に「働き」に応じて分配されるとすると、そこには「分ける」側と

それを「受ける」側でその「働き」についての「主観」が入る余地が生

まれます。

つまり「当たり前」という言葉は、見解の差が生まれる「構造」をはら

んでいます。

断定的に書けば「当り前とは主観である」という結論に達するわけです。

主観を疑わなければ客観性は生まれてきません。

「当たり前」という言葉を安易に使うけれど、本来使う事が相当にあぶ

なくもあるわけです。

なにを「当然(当たり前)」と思っているかは各人で異なるという前提

を抜きにして、『それはみなさんすでに(当然)ご存知の事かと思いま

す。』という語りは便利で「都合が良い」ですが、それは「食い違いの

はじまり」でもあるわけです。

わたしは何度も「デザインの価値への理解は当然ではない」という事を

書いてきましたが、それはデザインに限らない。

「当たり前」だと思ってもつまびらかに「改めて説明をし直す」という

作業をする事によって実は「新しい発見」があるかも知れないと言う事

です。

11:21 AM

September 17, 2016


Lifestyle design

1lifestyle2.jpg

amazonからコーヒーメーカーのお知らせが今日メールで届きました。

ふしぎな事にすでに数年前に製造中止になったデバイスタイルのCA-3S

が掲載されていました。値段は中止になる前よりも高くなっていました。

実は製造中止になる前に偶然訪れた家電量販店で「すごく安く」なって

いたので、わたしは店員さんに『あるだけ買います。』と申し出たので

すがすでに在庫が一個しかなくて「ふつう」の買い物になってしまい、

「爆買い」は不発に終わりました。

amazonのレビューには、『新しく同じものを買いました。』という人

も少なくなく、中には『購入は3台目です。』と書かれる人がいました。

(実際には、三代目と書かれていたのですが、家電にしてJソウルだな

と思ったりして。)

この製品が発売されたのが、2004年の5月だったか。すでに12年が経過

しました。ちょうど10年を経過した時に製造が終わったのかと思います。

コーヒーメーカーで、10年同じデザインで売られ続けたのは珍しいとは

思いますが、家具を見ればそんな製品は当たり前に存在するし電気製品

にあっても照明器具は何十年と同じモデルが売られています。

つまりジャンルの概念をどこに置くかによってその「製品の寿命」は違

うという事かと思います。たぶん「デザイン家電」という言葉は「流行」

ではありながら製品の寿命の概念を「変える」という意味があったのか

もしれません。


CA-3Sの写真を探していたらこの写真が見つかりました。

実はこの写真は雑誌「d」に2006年に掲載された「中学生のためのプロ

ダクトデザイン入門」のタイトルバックに用いた写真です。

事務所の台所にある小型冷蔵庫のうえに置かれた状態を撮影したもので

す。今でも事務所も冷蔵庫も茶筒も後ろの額も同じ位置です。

つまり10年間わたしのライフスタイルそのものも変わっていないという

事です。

時計に言及していない? この時計は今から25年も前にデザインコンペ

にエントリーした模型なので今もそのままです。

5:34 PM

September 17, 2016


きしかた

21s.jpg

まずもって村野藤吾さんの傑作「千代田生命本社ビル(1966)」の後写真

を掲載した直後にSANAAの「金沢21世紀美術館(2004)」の写真を掲載出

来る事はとても贅沢です。

このふたつの建築の間にはおよそ40年の隔たりがありますが、建築に対

する建築家の熱い思いがあることは確かですが、「建築する」という意

味においてそれを熱のままにカタチにするか、いったん冷めさせてから

造型するかにおいて日本の建築が変遷した事をいみじくも「カタチ」に

現れています。

建築史家でも建築家でも建築愛好家でもないわたしですが、いつも建築

はプロダクトデザインを成す時のよき指針でした。

なぜならプロダクトデザインよりも歴史が長く「造形家」としての生き

様が凝縮されつまびらかになっているからです。

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ふたつの建築を見ることができたひとつのきっかけがあるわけですが、

その「モチーフ」がかたちになるのに何年かが必要でしょうし、その

仕事が真に「よきもの」だったかどうかは5年10年という時間が必要に

なると思います。

現在63歳のわたしにとって10年後というのは中々ですが、村野さんが

千代田生命の竣工時に75歳であった事を考えれば「範疇」かなと思え

るわけです。たぶんその造型もそうですが、その年齢を知った事がわ

たしにとって「運命」だったようにも思います。(偶然ですが、今

パソコンからは運命の第一楽章がかかっています。)

11:36 AM

September 16, 2016


待望

ほうじょう.jpg

打ち合わせのために出張をしてきましたが、打ち合わせの後に駅まで

送って頂いた車中でこんな言葉をかけていただきました。

『アキタさんの製品が出る事を待ち望んでいる人がいますよ。』と。

3:57 PM

September 12, 2016


建築

千代田生命.jpg

先日中目黒にある村野藤吾さん設計の「目黒総合庁舎(旧千代田生命)」

を見てきました。連続したグリッドは今見ても美しい。

そして細部までしっかりと出来ているすばらしい建築でした。

千代田生命の本社として竣工したのが1966年の事でした。東京オリンピ

ックの2年後です。なぜオリンピックを引き合いに出したかといえば当時

日本の建築家を総動員した感のあるオリンピックとその4年後に開催され

た大阪万国博覧会ですが、実はそのどちらでも村野さんは建築を手がけ

る事がありませんでした。

東京オリンピックも大阪万国博も丹下健三さんが中核を担っていたとい

うのが、その理由かなと思っていますが、内情はわかりません。

大阪に作品が多いので大阪の人と思われがちですが、村野さんは1891年

佐賀県に生まれ北九州で育ち紆余曲折を経て27歳で早稲田の建築を出ま

した。大阪にあった渡辺節事務所で頭角を現しました。

村野さんが無くなられたのが1984年で93歳でした。長命かつ亡くなられ

るまで設計を続けられた方でもあります。

他方、丹下さんは1915年に大阪の堺で生まれています。お父さんが銀行

員だった事もあり、小さい時に上海で育ち小学生の頃に愛媛県の今治に

戻りそこで育ち広島の高校から東大に進み大学院を卒業したときすでに

年齢は33歳でした。今でいえば「帰国子女」でもありますが当時モダー

ンだった上海に居た事は丹下さんのモダニズムに影響があったかもしれ

ません。

ふたりの間には24歳も隔たりがあります。(同じ干支とは知りませんで

した。)

東京オリンピックが決定したのが1959年ですが、丹下さんは44歳で

村野さんはすでに68歳。それはなかなかに一緒にしまようという感じ

にはならないですね。万博が開催された1970年には村野さんはすでに

79歳です。そうやって考えると村野藤吾という人の造型が「際立って

若々しく普遍だった」事を改めて感じます。

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わたしがなぜ二人の偉大な建築家の「確執」のようなものを感じたか

といえばふたつ理由があります。

ひとつは戦後広島に作られた教会のコンペでした。

結果は、2等には丹下健三ら2名が選ばれ、1等は該当者なかったので

すが、この後に審査員であった村野藤吾さんが設計することになった。

これがよろしくなかった。公平性や審査のあり方について今日まで尾

を引く議論を呼ぶことになったのです。

そしてもうひとつは、村野さん設計による有楽町の読売会館(テナン

トだったそごう百貨店で知られていますが、現在はビックカメラです。)

竣工は1957年。村野さんすでに66歳。今見ても斬新な建築ですがその

建物について当時有名な建築雑誌で酷評されたのです。

ふしぎな偶然ですが、そごうの直ぐ後ろの道路を隔てたところに丹下

さんの手による「旧東京都庁」の後ろがあったのです。(現在は東京

フォーラムになっています。しかも竣工したのが同じ1957年。運命を

感じます。丹下さんは当時66-24で42歳。

その建築雑誌はコルビジェのプランにミースの建築をプラスしたよう

なそのモダニズムの東京都庁の建築をおおきく褒めたたえその「反対」

としてそごうを非難した訳です。

しかし今にして思えばそごうの立地条件は相当に「苦しい」ものです。

道路が交差し後ろにも道路がある「三角地」です。

百貨店は大体において「おおきな四角」ですからフロアーの動線を確

保できない三角は非常に不利です。(しかもJRの有楽町駅側はすこし

アールになっています。)

実際、今そごう(ビックカメラ)に入るとフロアーの高さもなく狭小

な印象を受けます。

そこで村野さんは一計を案じました。そのフロアー毎の「低さ」を外

に見せない為に細かい「横ライン(横ルーバーでしょうか)」を配し

ました。

村野さんが心斎橋に1933年に建てたそごうが「縦ルーバー」を多用し

たのと「真逆」の表現です。まさに施工条件からの苦肉の策です。

やはり運命を感じるのがそのそごうが出来たのが42歳だった事です。

_______________________________

先の建築雑誌の編集長と記事を書いた担当者が同じ当時31歳。

「気鋭の兄貴の考える事」は判っても「物心ついた時にはすでに

活躍していた父親の苦労」は解せなかったと思ったりします。

今日のお話に登場した建築家も編集者もすでに物故されています。

後は「残ったものが語る」。村野さんも丹下さんも残した建築は

今も美しかった。

11:18 AM

September 6, 2016


箸置き「C-rest」

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6月の「DESIGN TOKYO」で展示していました箸置き「C-rest」が発売に

なりました。

三角、四角、五角、六角そして円筒の5種類です。

一見アルミ材のようですが、実はステンレス製です。ずっしり。

端面(側面)を鏡面仕上げにしています。しかもいくつかの形状はこの

製品の為に新たに「押し出し型(金属のトコロテンでしょうか)」を作

りました。ゆえに安くはありません。

しかし「製造と販売」が別会社だったらこの値段では出来ないものです。

余談ですが、名前をどうするかという事になって『箸置きの英語である

Chopstick restにしますか』と「仮決め」したのですが、『スプーンや

フォークのカトラリーにも使いたい。』という話になって『カトラリー

もcutleryで頭文字がCだからC-restならどちらでも使えますね。』という

事で「C-rest」とあいなりました。発音は「クレスト」でしょうか。

箸置きは幅6センチで「C-rest60」、カトラリーレストは幅9センチで

「C-rest90」。ようするに「do-nabe」方式です。

5:23 PM

September 3, 2016


「ずれ」の考察

「物事は誤解されながら理解されていくものだ」そう思うようになって

いるのですが、おかげで理解されることに対して結構「気長」な人にな

っています。

さらに言えば「デザインの重要性が世間に理解されるようになってもデ

ザイナーの存在が理解される事とはイコールでもないだろう」というの

がわたしの思うところでした。

どこまでいっても理解という言葉は簡単に手に入るものだとは思ってい

ません。

その領域の専門家と世間一般の「ずれ」というのはデザインだけの事で

もないでしょう。ゆえにデザイナーだけが「なげく」のも早計でしょう。

「一定量のずれは、そのずれ量を補正する道具があれば、ずれがないの

と同様である」それがわたしの仮説です。

_________________________________

今から40年近く前に会社員をしている時に、チューナーの回路設計をさ

れている方から面白い話を聞きました。

『全体を測定する必要はないんです。ある器に入っている液体がその器

から溢れた(フロー)したその液体の量を「精密」に測定すればその総

体で起きている事を測定出来るそれをサンプリングと言うんです。』

そんな話だっと思います。今であればサンプリングという言葉も聞き慣

れていますが、その設計者のセンスは相当にずば抜けたものだったと思

います。

もちろんそこには「器に入っている液体が同質である」という前提が必

要ですが、わたしはこの頃「デザイン(デザイナー)」が同質に思えて

いるわけです。そして非常に「リジッド(固体)」な一枚の板のように

感じています。

つまりどこか一点に衝撃が加えられれば板全体にその振動が相当なスピ

ードで伝わっていく。つまりデザインという「板」にいる以上、板のど

の部分にあっても好むと好まざるとに関係なく「振動」からは逃れられ

ないわけです。それをどう捉えるかと言えば「厳密にデザインの世界を

観察していようが無関心でいようが伝わるときは伝わる」という事です。

たぶん昔であれば、その「関心と無関心」の間には相当な距離と時間に

「ずれ」と「緩衝」があったでしょうが、中心からの距離と関心には、

今では全くといっていい程に差はないだろうと思います。

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デザインの世界のリジッド(固定)にしたのは他ならぬこのインターネ

ットの存在です。パーソナルコンピューターの出現によって一時は、そ

れをいち早く導入する事によって「柔らかい場所」と「硬い場所」が生

まれましたが、さらに普及が進む事によってそのアドバンテージ(優位

性)が薄くなり全体的に「硬く」なったわけです。

しかし「勘違い」しては困るのですが、板が硬くなって振動が「リアル

タイム」に伝わるからといって「同質」でもなければなにもしなくても

「救ってくれる」わけでもありません。

確実に振動が伝わる度に「選択」が起きて、「均質」を保とうとする時

代の「質」からはずれていくわけです。

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わたしはネットにあって情報収集能力よりも「問題提議能力」がより問

われていると思っています。しかし問題提議とは「異論」だけをさして

いるわけではありません。不完全であっても提議(アウトプット)をす

る事だと思っています。完全を目指すよりもその「提議」によってだれ

かが潜在的に持っていた「仮説」や「アイディア」を発酵させる役に立

てればアウトプットの意味があると思っています。

冒頭に書いたように「誤解」というものは常につきまといます。

「誤解」は「完成度の低さ」から生まれるものかもしれません。しかし

その「完成度」というのは実は「時間」という要素とからみあっていて

何年かの時間経過によって完成されるのかもしれません。

未熟であろうが「そういう発想」を提議しなければそもそもそういう発

想が世の中に存在しなかった事になる。それが一番残念なのでこうやっ

て「考察」というには未完な「ずれ」のお話を書いた次第です。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

10:35 AM

August 28, 2016


農業としての工業デザイン

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わたしが手がけた信号機が世に出て今年で10年です。

同時にわたしが信号電材とお仕事をさせていただくようになってから

12年の歳月が経過しました。わたしの社会人生活がふたつの会社を合

計して11年ですから、その年数を過ぎた訳でもっとも長く一緒に仕事

をさせていただいている事になります。

きっかけは、LED式になって「新しい信号機」の可能性ができて、そ

の信号機のデザインを『デザイナーに依頼してみよう。』という機運

が社内で高まって社長が決断をされ、その数年前に別の仕事で訪問し

たわたしが良いのではないかと進言して下さった方がいらしたわけで

す。その数年後にはじまったタケダデザインプロジェクトのきっかけ

と似ています。

新しいLED式の信号機は今でも増え続けています。

信号電材のある大牟田には年に何度も訪れていますが、おおげさにい

えば2ヶ月の間で街の様相が変わっていました。街のいたるところに

信号電材の灯器を見るようになりました。

そして街路灯も新しくSD-Lightingの製品が設置されています。

わたしはその様子を見ていて「収穫」という言葉を思いました。

12:51 PM

July 30, 2016


(個人的な)デザインの歴史

セラミック表紙.jpg

カタログ土鍋.jpg

セラミックジャパンから素敵な新作カタログが届きました。

表紙は真っ白で裏から突き出したカタチで「ceramic japan」の文字。

見ていて気がついたのはdo-nabeがカタログ全体の中程です。

なぜかといえば、これまでセラミックジャパンから生み出された製品

とつながりを加味した結果、今63歳のわたしにして数多くのデザイナ

ーの「ほぼ真ん中」に他なりません。

加藤達美、荻野克彦、小松誠など日本の陶磁器の世界をリードしてこ

られ錚々(そうそう)たるメンバーです。

ほかにもトネリコ、山田佳一郎、佐藤オオキ、そして南政宏といった

現代のデザインで多様な活躍をしている人達の名前が並びます。

陶磁器だからしゃれるわけではありませんが「滔々(とうとう」とし

た日本のデザインの歴史がここにはあります。

_______________________________

実は個人的な感慨があります。

それは荻野さんが以前属していた「モノプロ」という生活用品を数多

くデザインしていた事務所が、自分が会社を変わると決めた時に、こ

のまま「家庭電機メーカー」にいるかそれとも将来独立してしてみた

い「生活用品」の世界を経験するかを考えていた時にまっさきに浮か

んだ事務所だったのです。

結局もう一度「家電メーカー」にもう一度入ったのですがその決めて

が当時いち早く製品化をしていた「電磁調理器」でした。たしか冷蔵

庫もあったように思います。

しかし最後の面接でわたしがそのジャンルの仕事をさせてい欲しいと

言った時に『実はその事業を辞める事になっている。』と聞かされま

した。そしてまたオーディオのデザインをすることになりました。

________________________________

それから数十年が経って、IHクッキンプレートのデザインをし、その

IHで使える「土鍋」をデザインをし、その土鍋で陶磁器コンペで大き

な賞をいただきました。冷蔵庫もデザインしました。ほんとふしぎな

縁と流れです。

さらに奇遇ですが、セラミックジャパンが誕生した1973年にわたしは

その地の隣にある愛知芸大に入学した年でもあります。

9:58 AM

July 28, 2016


トレードオフ

昨日ひょんなきっかけからあるデザインについて書かれているブログを

読みました。10年以上続けられているので「プロダクトデザインの時代」

と思えた「あの頃」についても触れられていてかつてだったら目を通さ

ないお話にもある意味「冷静」で読む事が出来ました。

わたしは最近ネットでプロダクトデザインについてまったく検索しない。

同様に書店に行ってもそれらしい記事が出ている雑誌を手に取らない。

ある建築家が『建築雑誌は見ない』といいあるプロダクトデザイナーが

『デザイン雑誌は見ない』と書いていたのを10年前に見た時に『?』と

思っていたのにすっかり自分がそうなっているのに驚きと感慨を覚えま

す。

なぜそういうものを見なくなるかと言えば、その紹介に対して「過剰反

応」が起きるからですが、ひょっとすると詳しく見ていたら逆にそんな

に気にする言葉も書かれていなかったのなとそのブログを読んで思った

りしたわけです。

しかしそういうものに目を通す時間を極力無くした事は自分を考える時

間に「振り替えた」事は大いにプラスだったと思っています。

わたしは幸い(?)な事にまだまだ自分がやれる事をしていないという

自覚があります。もう一度丹念に仕事を「つめる」事をしなければいけ

ないと思っています。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

9:40 AM

July 25, 2016


愛知県立芸術大学卒業生作品集

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今年は愛知県立芸術大学が創設50周年を迎えました。

その事を記念して様々なイベントが企画されていますが、その一環と

して大学のホームページに卒業生の作品集が掲載されました。

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ちょっとお恥ずかしい思い出話をすると、わたしは現役の時も愛知芸大

を受験しましたが、高校で工業デザインを学んでいたのに受験したのは

なんと「油絵科」でした。

高校の3年位になってから急遽予備校の夏期講習や冬期講習にいってデ

ッサンをしたり油絵を描いたりしてしたが、結局受験までに描いた油絵

は3枚か4枚でした。あっさり一次試験で落ちました。一次が受かっても

その先は無かったでしょう。

はじめて行った愛知芸大はぴかぴかで石膏像が並んでいる「石膏室」に

魅了されたのを覚えています。

わたしあっさりと油絵の世界を諦めて『やっぱりデザインかな。』とな

んとも軟弱な決断でした。

しかし高校で工業デザインの基礎を学んだり油絵を目指した事で描いた

石膏デッサンの基礎力は無駄ではありませんでした。

その予習の余力(感)は結局大学に入ってからもずっとありましたし会

社に入っても変わりませんでした。

もうひとつ言えば、浪人の時に通った大阪の中の島美術学院には感謝の

気持ちが今もあります。

レベルの高い同級生との切磋琢磨が、自分に自信をもたらしてくれまし

た。

8:53 PM

July 25, 2016


信号のその先に見えている

和光.jpg

何度信号機を紹介する時にこの写真を使った事でしょう。

銀座四丁目の交差点にある和光は日本を象徴する「景色」のひとつだな

あと思っています。

実は今日のお知らせはその「信号機の先に写っている」和光のお話です。

「デザインワークスフェア─アートのある暮らし─」と題するイベント

が8月4日(木) ~ 8月22日(月) 和光の地下一階で開催予定ですが、そのイ

ベントにタケダデザインプロジェクトのPrimarioが展示販売されます。

イベントのお話を聞いた瞬間にわたしはこの写真を思いこの題で一文を

書こうと思いました。

プロジェクトがはじまったのは2007年の事ですが、始めるにあたって

どういうものを作ろうかとマーケットリサーチでタケダの社長さんと

高地さんとわたしの三人で銀座と丸の内にあるいろいろなショップを

見て廻りましたが、さすがに和光には脚を運びませんでした。

それぐらいに特別な場所に思えた訳です。

Primarioは、そのクオリティーの高さ故に想像した以上のスピードで

様々な高級品を扱う文具店やお店で扱われるようになりましたが、

また格別の感慨があります。

信号機の向こうにあった「景色」が、リアルな対象に変わる瞬間です。

それにしてもDESIGN TOKYOに出展し、その翌々週にホームページが

リニューアルし、そのまた翌々週に和光でイベントというのはなんと

いうタイミングの良さでしょう。

3:53 PM

July 22, 2016


リニューアル

タケダデザインプロジェクト.jpg

「タケダデザインプロジェクト」のホームページが新しくなりました。

スマートフォンにも対応しています。

12:42 PM

July 9, 2016


挟持

ブース2016.jpg

昨日でDESIGN TOKYOが三日間の会期が終了しました。

わたしは初日に伺いましたが、終了の一時間前に入場したので大勢の

帰り客と向かい合うカタチで会場に着きましたが、広いビックサイト

全体を使ってのイベントだったのでバイヤーの人達は大変だったろう

と思います。

DESIGN TOKYOの会場はその中でも一番奥に位置していました。

その翌日、あるショールームで打ち合わせに伺ったのですが、マネー

ジャーの方と話をしていたら偶然にも前日にDESIGN TOKYOに行か

れていて、タケダデザインプロジェクトで結構長い時間見て下さった

そうで箸置きにも関心があったので、まさか翌日にそれをデザインし

た本人が目の前にいるので驚かれていました。

『製品が目を引いた。』という素直な感想を聞いて嬉しかったのです

が、それはデザインした当人も同じ感想です。

こうやってブース全体を引いてみたらそこにすでに並んでいるはずの

製品の「ボリューム」の小ささは一目瞭然ですが、昨年文具大賞を受

賞したミリセカンドのメジャーもそうですが、ひとつひとつの製品が

「ミニマルアーキテクチャー(小さな建築)」のようであり「滋味」

が深い。もちろん会場には様々な工夫をしたブースが立ち並んでいる

中にあってもっともシンプルな外観のブースのひとつだと思うのです

が、それはある意味「製品に特化したした時に考えつく合理的な結論」

に則ったものだと思っています。

展示会は、ある意味「ブース同士のパーティー」のようなものです。

自分をアピールする場であると思って日頃よりもテンションが上がる

のが「ふつう」です。

そういう中にあって『いつもどうりに振る舞う「あの人」の存在感』

そんなストーリーがこのカタチにあります。

10:29 AM

July 7, 2016


一番近い道

はしおき.jpg

日本中の物産に精通しているデザイナーの方が『箸置きとペーパーウェ

イトはもういいよ。』と言っているのを何年も前にわたしは聞いちゃっ

たわけです。見識の高いその方の言うのは「すぐにデザイナー(職人)

はそこに行ってしまいやすい。」という事でまったくもっともなお話だ

と思ったのでわたしも「一番近い道」を通らないでいたのですが、結果

としてはPrimarioで「ペーパーウェイトのようなもの」も製品にしたし

今回は「まさに箸置き」を製品化してしまいました。

この箸置きこうみえて「ステンレス製」それをわざわざブラストを何度

もかけて仕上げています。モノとしては近くても加工はなかなかに高度

なものです。高地さんのアイディアで「端面」をいつもの燕が誇る鏡面

仕上げにしたのですが、その鏡面ががぜんこの製品を「ふつうでは無く

」見える効果を上げていました。

このとなりにルーペがあったのですが、大量に並んだ「ぴかぴか」の

魅力には抗いがたいものがあってデザイナー本人まで惹き付けられまし

た。ほんとに「モノになったときのチカラ」というのは理屈ではない事

を改めてしったのですが、大量と思った展示もすでにいくつも引き取ら

れた後の姿でした。さらに言えばコンパクトにまとまった白いパッケー

ジの上部から見える「ぴかぴか」の一部と、全面に「銀箔」を使って

いれた図と文字がまたえもしれぬ高級感を醸し出していました。

『化けましたね。』というのがブースにいた関係者みんなの素直な感

想です。

11:17 AM

July 7, 2016


平均年齢12歳

集合.jpg

奈良の友人である山本あつしさんからこんな写真が届きました。

事務所にコレクションのような感じでわたしが手がけた「デザイン家電」

を並べて下さっているそうです。

写真のお返事にこんな事を書きました。

『ここに並んでいる製品の平均年齢は約12歳ですね。「電化製品年齢」

で言えばちょっとすごい高齢ですね。』と。

実際には山本さんはここ数年オークションを中心に集められたので、実

使用はそんなに経ってはいないのですが、わたしの事務所にはシリアル

番号0001の「初号機」があって、ずっと使い続けていますが、ここに並

んでもほとんどこの距離なら見分けがつかないかと思います。

今にして見れば「このデザインのまま」で使用されているステンレスの

厚みを増してぱちっと作ればどこかのミュージアムコレクションになっ

かもしれません。しかし値段が確実に上がる。まさに名誉とユーザーの

気持ちをトレードオフしたわけですが、『材料と加工技術を極限まで高

めたらいったいどんな製品が出来るんだろう。』と自分のエンジンパワ

ーとドライビングテクニックを見極めたい欲求がふつふつと湧いていま

した。そういうタイミングでタケダデザインプロジェクトの高地さんか

ら『なにか一緒にやってみませんか。』とお声掛け頂いて生まれたのが

Primarioでした。

そして高価な一連の製品が生まれました。まさに材料と質感においてな

んの「加減」も無いものを作りましたが、今度は『だれがそんなものを

使うのか。』という声が伝わってきました。

1.5倍のものは「ほど」にはいって評価されて、10倍のものは非常識。

みんなそれほど「ほど」について明確な「指針」が無い事が実体験的に

理解出来ました。

タケダデザインプロジェクトにおける「ほど」というのがどういうもの

なのか、昨年登場したメジャーの評価の高さと売れ行きでぴたっと感覚

が一致するのを感じました。

そしてそのほどを踏まえて生まれたのが、昨日のルーペだったわけです。

プロダクトデザイナー 秋田道夫

10:42 AM

June 27, 2016


字間のアルゴリズム

a.jpg

b.jpg

c.jpg

昨晩寝ながら考えました。

『字間のデザインについて図形化できないものか』と。

そこで思いついたのが上の図形。

垂れ下がったロープの図。

最初にあるのが「全部を見せた図」でここには「字間」はありません。

すべてについて「つまびらかに説明(見せて)」しています。

懇切丁寧。

しかし、それでは面白くはない。ここには「デザイン」は無い(少しは

ある)わけです。

それでは次の絵はどうか?

たしかにこれなら推測はつきますが、「最も低い(最も大事な)場所が

どこまでなのかはなかなかに見つけ難い。

わるい表現をすると自分の感覚を他人に強要している図」ともいえます。

最後に描いたのは「始点ともっとも下がったところ(要点)と終点」が

判る絵です。ここには「憶測」が入る余地がありません。(少しはある)

ここにあるのは「ロープが重力によって下がった時にできるカタチ」に

対する「物理に対する教養(おおげさですが)」と「経験則(どこかで

見た事がある)」を見る人に問う部分もあります。しかし相当に「正答

率」の高いクイズでもあります。

_________________________________

わたしは先日の講演で『使っている人が賢く見えるものをデザインした

い。製品はデザイナーの賢さを見せる道具ではない。』みたいな事をい

いました。

じゃあ上の「図形」の話はどうなのか? 全部見せない。しかし多くの

人には「全部が見える」。まあこれも「デザイナーの知恵」には違いが

ありませんが、成熟はしているかなと思ったりします。

プロダクトデザイナー 秋田道夫

11:26 AM

June 27, 2016


親子

親子.jpg

11:10 AM

June 26, 2016


ヒラギノ明朝w3,18pt ,グレー80%,左寄せ

mati.jpg

信号縮尺.jpg

昨日、大阪駅駅前にあるグランドフロントで開催されたJIDA関西のイベ

ント「あれをデザインした人」でお話をしてきました。

90人の来場者で会場は一杯でした。

「電車」「軽自動車」「歩行者信号灯器」「生活家電」まさにおなじみ

の製品をめぐる開発とデザインのエピソードは来場した人達に大いなる

満足感を提供出来たように思います。

___________________________________

わたしは今回の講演用に新たに「歩行者信号」のパワーポイントを作成

しましたが、「信号機ひとつの話題で30分話す事」というのはこれまで

に経験がありません。

通常は、せいぜいひとつのテーマについては5分か10分のお話だと思い

ます。

それゆえ最初は「まぜもの」をしていたわけです。

『こんな公共機器もこれまでデザインしています。』『こんな製品が代

表作です。』『わたしの経歴はこんなです。』等々。

しかしなんだかすっきりしないというかそれは来た人が「聞きたい話」

ではなくて『この機を利用して宣伝してやろう。』つまり自分が「話

したい話」だと思えてきた訳です。

一応出来たモノを大阪で大工さんに見てもらいながら話をしている中で

『信号の話だけにした方がすっきりするね。』と自覚しました。

そこからどんどん削って削って「過ぎたる位に」シンプルな資料となり

ました。結局信号のお話しかありません。わたしの略歴や代表作の紹介

もいっさいなく自分の名前すら最後にやっと出てくる資料になりました。

________________________________

今月の初めに名古屋の原田車両設計の発表会でわたしが少しお話をさせ

いて頂きましたが、その時のパワーポイントを見た方から『プレゼの資

料も「秋田節」なんですね。』と言われました。

それはなにかといえば「白い面積が大きくて字が左端に少しある」とい

う「レイアウト」だそうです。

そうなんだったらそうしよう。ようするに無自覚だった事に自覚が生ま

れてそれを自分の「カタチ」にしてしまおうと思った訳です。

ヒラギノ明朝w3,18pt ,グレー80%,左寄せ。写真は右寄せ。

________________________________

わたしのお話が終わってその後の打ち上げで、来られていた方が言われ

ていました。『もっといろんな話が聞きたいと思った。』『実は色々な

事をされていることを感じた。』『語らないでも語れるという事が判っ

た。』と。

話は「話の間」で出来ている事。「余白のデザイン」が伝わった事が

とてもうれしいわたしです。

4:34 PM

June 13, 2016


DESIGN TOKYO

DESIGN-TOKYO.jpg

タケダデザインプロジェクトがここ数年出展をしていたISOT(国際文

具・紙製品展)が、今年も7月6日(水)から8日(金)東京ビックサイ

トで開催されます。

昨年は「文具大賞グランプリ」を受賞する事が出来プロジェクトとし

て大きな実を結んだと思っています。

その結果を踏まえて今年は同じ場所で開催される「DESIGN TOKYO」

に出展する事になりました。

それはつまり「デザイン」に特化してタケダデザインプロジェクトを

皆に見てもらおうという意図があるわけですが、会場の出展そのもの

にも「デザイン審査」があります。

新たなメンバーも加えて様々な新製品とプロトタイプが登場する事に

なっています。

「買える加工技術」からスタートしたプロジェクトですが、9年(!)

の時を経てここまでこれたんだなあと感慨深いものがあります。

プロダクトデザイナー 秋田道夫

7:08 PM

May 31, 2016


信号をデザインした人

6月25日(土) 14:00-17:30梅田駅に隣接しているグランフロント大阪

北館7F にあるナレッジサロンで「あれをデザインした人」という講演

が開かれます。

ICSD(世界デザイン機構)が中心となって世界中でWorld Industrial

Day (WIDD)という催しが開かれています。

その一端としてJIDA(日本インダストリアルデザイナー協会)関西が

2年前からはじめた企画講演が上記の「Deisgn as around us(みんなの

周りにあるデザイン)」で日常に見かける様々な製品をデザインした

デザイナーの話をしてもらいましょうという企画です。

http://osaka.widd.org/

これまでにも郵便ポストやコクヨのキャンパスノートなどある意味意

識しないぐらいに日常に溶け込んだ製品が紹介されてきました。

というわけでポピュラーな製品である信号機の登場です。

偶然にもグランフロント大阪北館と南館の間にある道路に設置されて

いるのが信号電材製です。

グランドフロント.jpg

12:44 PM

May 22, 2016


「未来から来たおじさんのプレゼント」

ライフハッカーにこんな記事が出ていました。

「気持ちを込めたギフトより、相手の欲しいものをプレゼントしたほう

が良い(相手は嬉しい)」。

人は相手の望むものよりも「相手が好みそうなもの」を贈りたがるそう

な。「相手を理解しているという独りよがりに気持ちの押しつけが生ま

れる。」。

________________________________

今から13年程前にブログをはじめ勉強会を始めましたが、それはその頃

の「状況打破」を思っての事です。

このままでは静かにデザインの現場から「フェードアウト(まわりに気

づかれないままそこから消えてしまう事)」してしまいそうな危機感を

感じていました。

今にして思えばいささか「せっかち」の成せる技ですが、ブログもまだ

はじめている人が少ない頃だったのでわたしが思った以上に反響があっ

たし、勉強会も同様に今に繋がる大勢の人達との出会いが有りました。

しかし、「相手が欲しがっているもの」を言葉としてプレゼントしてい

るとは言えませんでした。

「やたら箱だけおおきな時代遅れのプレゼント」を持って突然訪問して

くる「なにを仕事にしているかわからない親戚の叔父さん」のようなも

のでした。

しかし欲しくはないとは言え一応「プレゼント」には違いが無いし、

ホラではないかと思える話も面白いのでなんだか来るのが「楽しみ」に

もしてくれていたわけです。

その「ちぐはぐさ」が魅力でもあったのかと思います。

しかし叔父さんだんだん「大きな事」も言わなくなって時には「手ぶら」

で家に訪問してくるようになってきました。

魅力というのはたぶん「ずれ」から生まれると思うのです。

それが言う事とやる事が「ぴたっと」合ってくると、まわりからは面白

くない。

ギャップの減った叔父さんは世間に知られるようになった事と反比例し

て親戚を訪問する事もめったに無くなってしまいました。

10年前には「やたらおおきな包装紙の時代遅れのプレゼント」は今開け

てみると大き過ぎもせず時代遅れどころか先の話だったと気がついてく

れるでしょう。

________________________________

ここまでがSNSに掲載した文章です。

まず反応をしてくれたのが、以前からこのブログを見てくださっている

方でした。そこから10年前に「親戚のおじさん」の訪問を楽しみにして

くれていた当時は学生だったりこれからどうしようかと思って方向性を

探していた人達でした。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

10:54 AM

May 4, 2016


お知らせ

先日お知らせしたJ-WAVEの番組「UR LIFESTYLE COLLEGE」

(日曜日の18時から放送)の5月8日に出演が決まりました。

「GOOD LIVING COLLEGE」という様々なジャンルのエキスパート

に暮らし方のヒントを聞くというコーナーがありそこでわたしの話が

流れます。 よかったら聞いて下さいね。

ちなみにDJタローさんは以前から注目していた方で、吉岡里帆さんは

「あさが来た」のメガネ女子で注目された「のぶちゃん」です。

12:14 PM

April 30, 2016


さじを投げない

「匙(さじ)を投げる」という意味は「救済や解決の見込みがないとして

諦める」という事ですが、これは昔(今も)お医者さんがクスリの調合

を「匙(さじ)」でしていたことに由来します。

しかしどうもその「さじ」には別の意味があるのではないかと思ってお

りました。

そこで浮上したのが「些事(さじ)」という言葉でした。

些とは「いささか」「すこしばかり」という意味ですがようするに些事

とは「取るに足らないささいな事」です。

_________________________________

日常は「些事」だらけです。

今朝も事務所のゴミを出したり、玄関先をはいたり、領収書をフォルダ

ーに入れたり書類を作ったり、お茶を入れたりと結構いろんな作業があ

りました。

あんまりというかまったくデザインとは関係の無い仕事もごっそりと日

常にはあります。

しかしこの些事が片付いていないと頭の中に「澱(おり)」のようなも

のが蓄積されてそれがデザインのアイディアを考えるときの支障になる

事をこれまでの経験で判っています。

逆にいえば日常の「些事」がちゃんと出来るとなにか清々しい気持ちに

なって机に向かえたりもします。

日常を大切にするのは、仕事の基本かなと思います。

「さじを投げない」。

デザインの基本の基本は絵でもセンスでも無くてそういう面倒な事を前

向きに捉えて処理する事かと思います。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

9:57 AM

April 30, 2016


チョイス

「チョイス」

先日若い設計者の方から、『どうして判断が早いんですか?

それは経験からくるものですか?』と聞かれました。

わたしは『いや、まずどっちを選んでも同じようなものだ思

っているんですよ。どっちを選んでもまったくの正解なんて

いう事もないし、まったくの失敗も無いと思います。

もし片一方が、ピカピカの正解だったらだれも迷わないわけ

で、迷うというのはどっちもどっちだからでしょ。』

『大事なのは、選んだ事を四の五の言わないで、「正解」に

していく努力をする事だと思います。』

プロダクトデザイナー

秋田道夫

3:09 AM

April 24, 2016


暮らしとデザイン

メンテナンス.jpg

今月から始まったJ-WAVEの新番組「UR LIFESTYLE COLLEGE」

(日曜日の18時から放送)に来月出演します。

番組の中に様々なジャンルのエキスパートに暮らし方を聞くというコー

ナー「GOOD LIVING COLLEGE」がありそこでわたしの話が流れます。

(まだ放送日は決定していませんが録音は先日終えています。)

自分で「エキスパート」なんて書くのもなんですが、雑誌でも「デザイ

ン雑誌」では無くて一般誌の取材が多かったりするのですが、たぶんデ

ザインと自分の関わり方に「客観性」を感じてもらってデザインを判り

やすく「解説」してくれそうな「気配」があるのかなと分析します。

________________________________

先週、以前ここに書いた愛知教育大付属岡崎中学の新3年生の方4人が事

務所に来てくれましたが、そこでお話ししたのは『デザインは整理から

はじまる』という事でした。

今有るものを調べて「なにが足りてなにが不足しているか」それを分析

する事がそもそも「デザイン」です。

別にカタチが大幅に変化しなくても使う人にとって便利になればそれは

立派なデザインです。

事務所でお話を終えた後一緒に六本木ヒルズに行って実物のセキュリテ

ィーゲートを前にして「デザイン意図」を説明しました。

その一週間後にまたヒルズに来る事になった次第です。

一昨日には、大阪デザイナー専門学校で「FORM SCHOOL2016」の一回

目を開きました。

昨年参加してくれた新2年生の方もまた聴きたいと言ってくれたので総勢

60名を越す授業になり嬉しい次第です。

実は当日学校に行く前に通った大阪駅の改札で、ICOCAのチャージ機が

メンテナンスしている現場に遭遇しました。

作業をしている方に『メンテナンスしやすいですよ。』と言っていただけ

て嬉しかったわたしです。

_________________________________

わたしはデザイナーになりたいわけではなくて「デザインをする人」にな

りたいと思っています。

そういった意味では「デザイナー」のエキスパートではなくて「デザイン

のエキスパート」を目指している訳です。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

12:17 PM

April 1, 2016


10年目の「技術のF1カー」

今日4月1日からタケダデザインプロジェクトが事業部に昇格します。

プロジェクトを統括している高地さんから電話を頂いたのは、10年前

の2006年だったかと思うのですがそれは10年ぶりの電話でもありまし

た。

高地さんとの付き合いは、わたしがデザインしたソニーの「MDラック」

を以前高地さんが所属していた会社で製造していただいた事にはじま

ります。

10年ぶりでしたが高地さんの事はよく覚えていました。高地さんの記

憶にもわたしはしっかりとあったようで、『なにか新しい事をするなら

アキタさんにデザインをお願いしよう。』と決めていた事を後に伺いま

した。

タケダは「金属加工業」の会社として地元の燕三条でも品質の高さと誠

実な仕事ぶりでよく知られていました。

業績も堅調で、その後に起きたリーマンショックや金属材料の高騰にも

しっかり実績を伸ばされていますが「本業が順調な時に新しい別の柱」

を作るべく高地さんが考えたのが、パーツの加工でなく「製品」を作

る事でした。

その製品のデザイン依頼する連絡を頂いたと言うのが、プロジェクト

の始まりです。

________________________________

タケダの会社兼工場は、そこからクルマで15分程郊外に向かうのです

が、工場の周辺は広大な田の真ん中に今もありました。

さっき見た街の印象にまだ気がいっていたわたしですが、その工場に

入って金属加工機の新しさと多さとその稼働率の高さに驚きました。

高地さんからの注文は「白紙」でした。

要するにわたしがその「解答用紙」になにかを書く事でした。

まずわたしが考えたのは、ここにある最新の機械とこれまで積み上げ

てこられた加工技術とiPodのケースで有名になった磨き屋シンジケー

トの磨きの技術を使えば「これまでにない新しい製品が生まれる」と

いう事です。

毎年東京で開かれている「加工技術展」に出展されている事を伺った

ので、それではまずは、「販売も可能なタケダの技術サンプル」をま

ずは作ろうと考えました。

そして生まれたコンセプトが「技術のF1カー」でした。

つまり、高いブランドイメージを構築出来る凄いものをカタチにする

事でした。

________________________________

「技術のF1カー」の代表作が4万円もする「テープカッター」ですが、

実はタケダの自社工場で作っているからの4万円であって、もし製造

を別の工場に依頼していたらまったくその値段では収まらない「さら

なるとんでもない」ものです。

その「とんでもない製品」群は、リーマンショックの直後に発表する

というある意味「最悪」のタイミングからスタートしました。

「なにをしてもモノが売れない時代」なら「はじめから売れない覚悟

でモノを作る」というのは、なかなかに痛快なコンセプトだったと思

います。

その「とんでもない製品」はこれまでに見た事の無い景色を見せてく

れました。

それまで近寄りがたい高級品を扱っているお店だと思っていたものが、

Primarioはそのさらに上を行くものでした。

おかげで発売直後から日本を代表する文房具店である伊東屋や丸善で

取り扱われる事になったのですが、たぶん「そこそこ売れそうな製品」

群であったら難しかったでしょう。

F1カーは、そのとんでもないスピードのおかげで相手を突き抜けた先

にまで走り抜けていました。

________________________________

リーマンショックの直後に発表した事の影響は、単に高級品が売れな

いという事だけではありませんでした。

それまで一般の雑誌でもデザイン家電を中心にプロダクトデザインに

関する記事が多く掲載されて、世間の関心も高まっていたのですが、

リーマン以降ぱったりとそういう記事が無くなって生きました。

おそらく前年に発表していた色々な雑誌に取り上げられて世間の認知

は高まっていたでしょう。

しかしそういった厳しいスタートを支えてくれたのは、ショップのバ

イヤーの方々でした。

一番最初に製品を扱って下さったのは、六本木のミッドタウンにあっ

たステーショナリーショップ「5th Alley Studio」ですが、その店長さ

んだった切替さんとは今でも交流があります。

数年前には、別のデザイナーの方にも協力していただきラインナップ

の多様化と充実を図ろうと考え発足したのが「タケダデザインプロジ

ェクト」でした。

今では、江口海里さんのALIGN LINE、山口英文さんのミリセカンド

がラインナップに加わりました。

ミリセカンドの最初の製品であるアルミ削り出しのメジャーは、いみ

じくも自動車のアルミホイールを想起させるフォルムでしたが、まさ

に「F1カーから公道を走れるスポーツカー」に発展したカタチを具現

化したようでした。

世間の反響も高く、デザイン性の高さを証明するように、地元のツバ

メデザインコンクールでの最高賞を皮切りに文具大賞のグランプリ、

そしてドイツのIF賞にも輝きました。

_______________________________

くしくも先月の末から「タケダデザインプロジェクト」の製品を扱っ

て下さる事になったネットショップ「リヴァドール」にこんな紹介文が

ありました。

「新潟県燕市は金属加工では日本有数の街です。

古くから洋食器をはじめとする金属加工に刃物加工のメーカーが数多

く存在します。

しかし、近年需要の落ち込みが激しく、廃業を余儀なくされるメーカ

ーもまた存在するのです。

その厳しい状況の中で、若い担い手たちが何とかしてこの素晴らしい

技術を継承し、そしてもう一度世の中に知って欲しい、その一心で試

行錯誤を繰り返してきました。

タケダデザインプロジェクトはまさにその象徴です。

技術者とデザイナーが一体となり、これまでには考えられなかった工

業製品を作り出したのです。

これはまさに商品ではなく、間違いなく作品と呼べるものになったの

です。

まだまだ露出も少なく認知度も低いブランドではありますが、今後も

っとメジャーになって行く事は間違いありません。

どうぞ、その作品を手にとってご覧ください。

きっとあなたの価値観が変わってくるはずです。」と。

プロダクトデザイナー 秋田道夫

11:19 AM

March 23, 2016


素材は雄弁である

shibuyaseibu.jpg

渋谷西武の紳士服売り場にPrimarioが展示販売されています。

展示されていた台そのものがステンレス製で結構ぴかぴかでしたが、

それを越えてスポットライトが照らし出すの光沢具合がすごかった。


6月の展示会にむけてPrimarioの新しいラインナップを準備中です。

3:51 PM

March 2, 2016


普段着のデザイン

オシャレかどうかは普段着にかかっているかと思う訳です。

「人の目が無くても」そうするという無意識の意識がどれぐらいにオシ

ャレなのかにセンスがあると思うのです。

そういった意味ではセンスとはその人の「リファレンス(基準)」でも

あります。

「自分の目」を「他人の目」に置き換えて物事を捉えられるかにかかっ

ているようなものです。

話を広げるとそれは個人レベルの話ではなく、社会のレベルでも同じ事

だと思います。

思うに街も家も「みんなの注意が行きやすいところばかりをオシャレし

ている」わけで、人の目の行き届かないどうでも良いところはほんとに

どうでも良いまま「放置」されています。

例えば自動車で言えばスポーツカーや高級セダンは話題になりますが、

クルマのリファレンスはだれも気にもとめていない軽トラックが「かっ

こよく」なる事であり、そうでないと全体のレベルは引き上がらないと

思う訳です。

実は日本車がアメリカに入れた最大の製品は「農業用トラック」でした。

頑丈で燃費もよく安い日本製のトラックが礎を築いたのです。

かっこいい軽トラックが農道を走っている様は、愉快だろうなあと想像し

ます。

それでいえばヘルメットをかぶって通学している中学生や高校生のヘルメ

ットや自転車やジャージーがかっこ良ければこれまた愉快だろうと想像し

ます。

なんでもいい、どうでもいい。と思って選ばれるもの(選んでもいないも

の)がカッコいいのが「文化度の高さ」ではないでしょうか。

プロダクトデザイナー 秋田道夫

10:03 AM

February 23, 2016


「だから面白い」

わたしはプロダクトデザインが認められていないと書きましたが、

「だから面白んじゃないの」と思っている訳です。

以前ここにこんな事を書きました。

80年代の半ばを過ぎた頃、オーディオ製品の売上が相当に困った状況に

ありました。その当時のお話。

『デザインの良し悪しに関係なく売れないんですよね。』という企画の

方の話を聞いてわたしは言いました。

『なにをやっても売上に関係しないなら良いデザインにしましょ。』と。

その話を聞いて自分は、『これは売れる売れないを理由にデザインに注

文をつけてこられた状況を打破出来る好機だ。』と感じたんです。

世の中の「状態」と自分がすべき事には関係がない。いや向かい風をヨ

ットのように「前に進むチャンス」とすら思う訳です。

わたしは「良いデザイン」の突破力や爆発力を信じて疑いません。

それはブランディングやマーケッティングやプランニングで予測される

事前の予測を簡単に突き抜けるものだと思っています。

そうでなければがちがちに制約があると思われていた信号機の世界で新

しいデザインをするという発想自体があり得ない訳です。

わたしが「プロダクトデザインは認められていない」と書いたのは、あ

らかじめデザイナーを「保護してくれるカゴ」があるように思って甘え

てはいけないという事です。

「保護」は反対から見れば「制約」です。

そんな枠にとらわれずに自由にデザインをしていろいろな壁にぶつかっ

て欲しい。そしてその経験を生かして別の「手だて」や「工夫」をそれ

ぞれのデザイナーが自ら見つけて欲しい。

これがわたしの「真意」です。

プロダクトデザイナー 秋田道夫

11:53 AM

February 22, 2016


増刷のような

先日紹介したIHクッキングヒーターはわたしがその存在を知った20日後

にはニトリのショッピングサイトからも店頭からも姿を消しました。

わたしが思うに当初想定した販売台数を越えた反応だったのだと思いま

す。

実は横田さんが紹介して下さったブログの記事は反響が大きかったよう

で、わたしの一年間の記事の中でも上位に位置しています。

写真も綺麗なので、またながめていてなにげなく「ニトリ」へのリンク

をクリックしてびっくり。また販売が始まっていました。

先のタイミングを逃した方はぜひ。お薦めです。

ステンレスケトルも再販されると良いですね。それにしても電化製品が

9年も経過して再び登場してそれがばんばん売れていくというのは前代

未聞の出来事です。

3:11 PM

February 21, 2016


IMG_0128.JPG

1:56 PM

February 20, 2016


「理解」について

「プロダクトデザインは世間から認知されていない」というのが、わた

しがデザインをする際の大前提です。

仕事先に「デザインへの理解」を求めて、それに相応しくないと『デザ

インを判ってないなあ。』なんて言いがちですが、わたしはそれが当た

り前だと思っています。

まあそう「捉える」だけでデザイナーのもやもやが結構晴れるかと思い

ます。

「デザイナーになりたい人」は、デザインへの理解を深める為に様々な

デザインの歴史やすぐれた製品を学んで来た訳ですが、それは逆にいえ

ば「デザインが当たり前であるという思い込みを育んで来た」事でもあ

ります。

わたしの場合、工業高校ですでに「工業デザイン」を学びましたが、そ

れはふつうの学生が同じ時に学んでいるだろう数学や英語理科社会の学

習の時間を大幅に削って学んでいたのです。

芸術大学に受かった後も「一般教養不足」の思いがあっていろんな本を

読みあさっていました。それは社会人になっても変わりませんでした。

________________________________

今でもそうですが講演会で「デザイン」の話をあまりしません。

わたしにとってデザインは「自然」であって「身に付いているもの」で

す。「そうなれるだけの時間をデザインにかけてきた」のです。

「それだけの時間をかけた人」が「別の事」に時間をかけて来た人達に

デザインの話で得意になるのは簡単です。

プロダクトデザインが「スペシャル」な事だと思っているのは、とうの

デザイナーとその周辺にいる人達だけです。

「プロダクトデザイン」が一般に理解されていればもっとデザイナーの

数は多いし、それを目指す若者の数ももっと多いし、さらにいえば「も

っと儲かる仕事」になっているでしょう。

わたしの出た大学でもプロダクトを選ぶ人は一番少なかったのです。

いまもその状況は変わっていないようです。

今も昔もデザイナーといえばグラフィックかファッションです。

なぜならみんな「絵」は描くしみんな「服」は着ます。さらにいえばレ

ベルの差こそあれ自分で作れる描けるわけです。

Facebookでリーチ数が多かったのは、大和茶のロゴマークのとミルカ

のロゴマークのお話とある場所の風景スケッチでした。

つまり「見れば判る」「見ただけで伝わる」ものであってプロダクト

デザインのお話ではないわけです。

その差は1500対300ぐらいで実に「5倍」も理解度に差が有る訳です。

5倍はリアルな数字です。たぶんそれはグラフィックデザイナーの人

数とプロダクトデザイナーの人数の差に近いのではないかと思います。

近年のプロダクトデザインで有名になった製品の多くが「グラフィッ

クデザイン的」になっているのもむべなからぬ事であり、グラフィッ

クデザイナーが工業製品を手がける機会があってもなぜかプロダクト

デザイナーはグラフィックをしないという事にもつながっていきます。

________________________________

つまりプロダクトデザイナーは「総合的でも集約的な存在ではない」

という事が世間に「理解(?)」されている訳です。

とはいえそんな事は百も承知で「よろこんで」この仕事を続けてきた

わたしにはいささかも落ち込んだり悲しくはない訳です。

この文を読んでいる若いプロダクトデザイナーの人に「一般の目」を

知って欲しいと思って書いています。

「世間に理解されたい」と思っているプロダクトデザイナーのやるべ

き方法は明確です。

「グラフィックデザイン」を念頭に製品のデザインをし、グラフィッ

クデザインとして成立する「説明資料」を作り、グラフィックデザイ

ンの専門誌にも取り上げられなくてはいけない訳です。

「絵は上手くなくてもプロダクトデザイナーは出来ます。」

しかし世間から認められているデザイナーを見ると絵の上手さが際立

っていたり「グラフィックデザイン」の見地からみてもデザインに破

綻はないのです。

さらに言えば「コトバ」です。

もしプロダクトデザインに自信があるのならグラフィックセンスを磨

き「コトバ」を磨くのが「世間からの理解」への道筋です。

プロダクトデザイナー 秋田道夫

9:36 AM

February 14, 2016


ページ

facebookページ.jpg

9:47 AM

February 10, 2016


new facebook

Facebookに「デザイナー」として新しくサイトを作りました。

作品の写真やスケッチを沢山掲載しました。

「おともだち」になる必要はありません。閲覧自由です。

12:13 PM

February 5, 2016


いずれの時か

窓.jpg

わたしは自分の所属していた会社名をほとんど書きません。

なぜかといえばブランドイメージが一人歩きしていて「なにを書いても」

誤解を免れないと思うからです。

「XX出身の秋田」という呼ばれ方をしなくなるまで20年以上かかったの

ではないでしょうか。

その「ブランドイメージの強い会社」とは「いず縁があるかもしれない」

と思っていました。その思いを言葉にしたとたんに本当にそういう縁が生

まれてそこに「いる」ようになりました。

わたしはこの写真の「場所」にもいずれ縁があるだろうと思っています。

ここもまた「ブランドイメージ」が非常に高いので名前は書きません。

この場とのつながりはたぶん「今やっている事をより質を高める」という

のが最良の方法だろうと思っています。

6:28 PM

February 1, 2016


9年

ポット.jpg

写真のMAの湯沸かしケトルはシリアルナンバーが001。つまり最初に世

に出来た製品です。IHも001。

そんな貴重品をしまい込まずに惜しげも無く(?)事務所で使い続けて

います。9年近くが経過しましたがまだ美しい。

10:23 AM

January 24, 2016


願望

dsトースター.jpgのサムネール画像

MAのIHが再販されて思うのは、おなじくMAから発売されていた電気ケト

ルとデバイスタイルのトースター再販になれば良いなあという願望です。

8:02 PM

January 21, 2016


完売お礼

今月の5日にここで紹介したIHクッケングプレートですが、ニトリでの

販売が終了したようで、すでにホームページからアクセスができなく

なっています。

5日の記事を見て横田さんが買って頂きまたその横田さんのブログを見

て何人かの友人が購入してくれました。

わたしも横田さんのブログでの紹介記事を見た後に、ニトリのサイトを

見直したら、一時的に完売の表示が出たので、各店舗での在庫状況を確

認たらすでに完売した店舗が多くありました。(ちなみにニトリの店舗

数は国内だけで340店舗あるそうです。)

その多くのお店で扱われていたものが、2週間ほどで完売というのはう

れしいを越えて驚きです。

_________________________________

横田さんはお店をオープンするにあたってIHともうひとつ、当時発売さ

れたばかりのハイアールの冷蔵庫も購入しようとされましたが、イオン

のお店からその冷蔵庫がすでに完売で別のメーカーのものを買われた事

を思い出しました。

ただ今回のIHも冷蔵庫も売れたのは「デザイン」だとは思っていません。

みんなわたしのファンではなくて「理解者」です。やみくもにわたしが

関わっていると言うだけで買ったりはしませんしわたしもそういう関係

は望んでいません。

「価格」「性能」「デザイン」それらがバランスよく出来た製品には

「言葉がいらない」という事ですし「デザイナーが誰か」は関係ありま

せん。

_________________________________

あらためてIHの表記が日本語でだれにでもわかりやすくて良かったと思

います。

8:08 PM

January 21, 2016


メトロクス

メトロクス.jpgのサムネール画像

新橋にあるデザインセレクトショップ「メトロクス」でdo-nabeを扱っ

て下さる事になりました。

特定の場所を紹介するのは、他のショップとの兼ね合いを考えると避け

るべきなのですが、ちょっとそのショップには長年の個人的な思い入れ

があるのであえて書こうかと思います。

その思い入れとはここには「デザインの歴史」があるという事です。

5:02 PM

January 15, 2016


整理

あらためて「整理」という言葉を見ると「理を整える」という意味であ

る事に気がつくのですが、実に良く出来た言葉だと感心すると同時に、

机や引き出しを整理する事が自分の思考を「一本化」することなんだと

思うのですが、同時に部屋いっぱいに乱雑に重ねられた資料をそのまま

にしている人は「一本化」することを良しとしないひとつの「考え」で

そうしているのかと思ったりします。

そういった意味では「整理」するだけが正しいとは限らないと気づいた

りします。

_________________________________

今朝、昨年書いたブログの「前半」を消去しました。

妙にすがすがしく新しい年をやっと迎える事が出来たように思えました。

昨年過去の作品を寄贈しましたが、その事も自分の「理」を整えるのに

おおきな役割をしてくれたと思っています。

『よくそんな自分の作品やスケッチを残して来たね。』と思われる人も

いるでしょうが、「捨てられる雑誌」と「残したくなる雑誌」の差が有

るようになんでもかんでも残して来た訳ではありません。

言ってみれば『捨てるな。』という信号がそこから発せられていたもの

が残っていったわけです。

ちゃんと描かれたスケッチというのは「厚み」を感じます。ある意味自

分が描いたものですが、生まれてしまうともう自分のものではないよう

な気がします。

ちょっと語弊がありますが、自分のしたものには「価値」があることを

昔から意識がありました。

それは完成品だけでなくその過程で生まれたものも含まれます。

しかしこの15年位でどんどんそういう「過程品」が無くなってきました。

ホワイトボードに描いたとんでもなく「ラフ」なスケッチをそのままCG

でスケッチ(レンダリング)をしてしまうので、「黒板(白板)」と

コンピューターの中にしか「過程品」がありません。

その為か一年間でもらった資料や自分の出した資料を重ねても3センチと

はないと思います。

学びは「価値観の違いを知りそれを許容すること」かと思いますが、

わたしは整理して「一本化」してそれを高めるという手段しかこの世界

では残る事ができないのではないかと思っています。しかし同時にその

一本であっても様々な可能性が秘められてて決して「狭く」はないと思

っています。

10:21 AM

January 11, 2016


日常の思想

先日見たバラエティー番組で携帯(スマホ)の充電をこまめに気にする

人は「スケジュール管理」が上手くないというお話をしていました。

不思議と言えば不思議なのですが、どうもそれは自分の「ルーティーン」

にこだわるあまり突発的な事態の対応が後手に回るという事らしい。

自らのルールが結果的にルーズにつながるのはなんとも皮肉な話です。

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「いい加減」な人は何事によらず「いい加減」かと思っていたらそのグ

ループの中に「厳格なのに結果的にはいい加減と思われてしまう人」が

いるというのはいささか難しい。

たぶん「厳格な人」には理想のスケジュールがあってそれがずれたりす

るのは「他者に原因」があると「たぶん」思う事でしょう。

それが積み重なるとしいては世の中や時代がよろしくないという結論に

至っても「不思議」ではありません。

まあ新年早々しんみりしてもしょうがないので話題を「自分」に変えま

すがわたしは日々のスケジュールなんてほとんど作った事がありません

し、「無駄」な時間もあるというか必要なものだと思っています。

自分も相手も「許容する」ようにしています。結果を出せば無駄もちゃ

んと「意義深い」ものになると思っています。

日常の充実にこだわらないのがわたしの日常の思想です。

1:27 PM

January 10, 2016


REVIEW2015

2015年を振り返ってみようかと思います。

デザイン全体を振り返ると。デザインの輪郭がぼやけて来たなあと思っ

ています。

単に輪郭だけでなく全体が「ふやけてきた」という感じでしょうか。

なぜふやけたかというと、それは「浸透圧」のような気がします。

濃い液体と薄い液体が膜をへだててあった場合「薄い方から濃い方に水

分が移行する」事を浸透圧といいますが、それをデザインの世界に例え

ると「世間」の方が「濃度(欲望でしょうか)」が高くて「デザイン」

の方が脆弱であるためにどんどんデザインの中から世間に「水分」がず

いぶん出てしまってデザインの世界が「張り」を失ったように感じてい

ます。

かつてはメディアと言う「保護膜」によって潤いも保たれていたのが乾

燥が進みデザインの世界に亀裂が入り本来見えてはいけない「側面」が

露呈した年だったとも言えます。

逆にいえばデザイン・デザインと言わなくてもデザインがそこにある世

界に近づいて来たと言う世の中全体から言えば「よろこばしい」状態で

ありデザインのレベルが下がったわけではなく全体のレベルが上がった

のかもしれません。

わたしは特定のデザイナーの「寡占」も「拡大」も好みません。

それぞれのデザイナーが新たな領域でデザインの意義を広げていってく

れる事を望んでいますし、自らその事の実践者になろうと思っています。

_________________________________

自分の昨年の仕事をレビューすると、「三つ」しかありません。

街路灯の進化形であるスマートポール。糖尿病をはじめとする様々な疾

患を一滴の血液からすばやくかつ正確に判定出来る検査機。そして奈良

に昔からある大和茶の普及の為のティーバッグのデザインです。

それらはまったく領域の異なる仕事でありますが、それ以上に意義深い

のが「はじめて手がけた」仕事だという事です。

__________________________________

昨年のはじめに大阪デザイナー専門学校に大学時代の作品やこれまで手

がけた製品を寄贈しましたが、それはこれからの自分にとっても大切な

決断だったと思います。その寄贈品の価値を高めるのはこれからの自分

です。

__________________________________

また7月に開催されたISOT(国際文具展)でタケダデザインプロジェク

トの製品であるメジャーが文具大賞を受賞した事は、わたしにとっても

うれしいニュースであると同時に、「デザインを育てる」喜びをもたら

してくれました。

今年はform roomが、FORM SCHOOLに発展した年でもあります。

自分がこれまでにしてきた経験を生かして後進に伝える事が実を結び

だしている事を実感する事が出来た年でもありました。

________________________________

特許庁の審議官の採用試験問題に自分の名前があった事はよろこびを

越えて驚きでしたが、それはこれまでのデザイン活動を認めてくれた

事だと思っています。その問題にどんなものが 扱われていたのかは

不明ですが、もしそれが信号機の写真だった素晴らしい事だと思いま

す。

2016年1月11日 秋田道夫

SMARTPOLEOOMUTA.jpg

大和茶写真.jpgのサムネール画像

BanalystS2アークレイ_image.jpg

ブース情景.jpg

MICHIOAKITAアーカイブポスター.jpgのサムネール画像のサムネール画像

5:38 PM

January 7, 2016


ハイブリットデザイナー

[MINAMISANJDN.jpg] (http://www.japandesign.ne.jp/kiriyama/200masahirominami/)

新年早々嬉しいニュースが届きました。

南政宏さんがJDNの「桐山セレクション」に選ばれて今月から紹介記事

が掲載されています。

_________________________________

今から15年程前の教え子さんに「グラフィックもプロダクトも高次元で

優れた人」がいました。わたしは知り合いに『どっちも優秀な人が入る

と活躍出来る会社はどこか?』と聞いて彼のいう会社に偶然にも知り合

の方がいたので、縁があってそこで仕事をすることになりました。

たぶんそれは「コンピューターによる恩恵」を受けた世代の登場だった

のだと思います。

おそらくその教え子さんと南さんは同じ年だろうと思います。

プロ野球の大谷選手ではないですが「二刀流」をやれる人物だとふたり

を思っています。

南さんが多くのコンペで結果を出して来た事はつとに有名ですが、その

チカラを製品に生かして生まれたのが、艸方窯の光る洗面台であり湯た

んぽであり、ハイブリットデザイナーとして結実したのが米粉ピッツァ

のパッケージだと思います。今では南さんが長年培ったコンペでの経験

を教え子さんに伝えて優れた結果を出しています。

ハイブリットをさらに越えて「トリプルスリー」の領域にあります。

11:25 AM

January 5, 2016


IH

今ニトリで以前MAで発売されていたIHクッキングプレートが扱われて

いる事を知りました。

本体のプレート部分にあったロゴも消えてますますすっきりして外観で

かつ値段も安くなっています。

_________________________________

『なぜロゴを目立つところに印刷したんですか?』と知人のデザイナー

にこのIHについて問われた事があります。

そう言われてすごく恥ずかしい思いにかられました。なんの「機能」も

ないロゴを入れてかつ英語とは言え名前まで入っていたのでそれはどう

考えても自己顕示にしか映りません。

同様にPrimarioも目立つところにロゴを入れていましたが、製品が認知

されると感じてからはロゴのデザインを変えて「底」に入れたりするよ

うにしました。コクヨのtrystramsに至ってはどこに表記をしていません。

今では、仕事先の方から『アキタさんは製品になにも入れない方ですよ

ね。』と言われるようになりました。

ロゴの入れ方ひとつにも大げさに言えばわたし自身の「精神史」のよう

なものがあります。

12:29 PM

December 27, 2015


相似工夫

ふたり.jpg

先日お客さんを迎えに駅に向かっている時に、前を歩くおじさんふたり

にびっくりして思わず写真を撮ってしまいました。

「着ているものがあまりにそっくり」。

しかしながらしばらく見ているとわたしには右の男性の方が着こなしが

「良い」ように思えてきました。その服装に「迷い」が見当たらない。

右の男性の方が年齢も上のようですが、ひょっとすると「先輩」の事が

大好きな左の男性が『先輩、それいいですね。どこで買ったんですか?』

と尋ねたりしている内に「くりそつ」な服装が出来上がったのかなと思

ったりします。

_________________________________

コモディティ化というのは「似たり寄ったりな状況になっちゃってる」

という意味ですが、その言葉を用いて企業努力不足を指摘する評論家が

いたりしますが、その人も服装に関しては「コモディティ化」している

ように思う訳です。

良いものが出るそれをみんながわーっとよって来てどんどん同じような

格好のものを作っていつの間にやら「似たり寄ったり」になるのをこれ

までいくらでも見てきました。その上で思うのですが、コモディティ化

しても良いのじゃないかと考えている訳です。

「どうでも良い事は良い事に倣うのが必定」かなと思います。

以前就職活動している学生の「リクルートスーツ」が画一的だと指摘し

ているのを見てわたしは『そりゃ違う』と書いた事があります。

どれだけ多くの学生が「服装については悩まないですむ」事で助かって

いることかと思う訳です。少なくとも「ファッションセンスの優劣」で

大事な「個性」を見逃し損なう機会が減っているんじゃないかと思いま

す。

つまるところ「見かけじゃない」事を伝えるためには「見かけが一緒」

でなくてはいけません。

まあそう言いながらも「同じようなもの」を着ていても相手には着こな

しの良し悪しつまり「センス」は伝わっているものです。

2:10 PM

December 22, 2015


n-bench

n-bench1.jpg

n-bench2.jpg

10:35 AM

December 22, 2015


言葉と形

「わたしは言葉でデザインをしていない。デザインしたものを言葉にし

ているだけだ。」先日そうつぶやきました。

今年を振り返るとこれまでデザインした様々な製品のチカラによって自

分を押し上げてもらっていると実感した年でした。

同時に自分のデザインを言葉が越えられないと再認識した年でもありま

した。

Primarioの書類トレイやテープカッターの静謐な写真を見る度に自分は

だまっていた方が「ふさわしい」ように思えてきます。

材料の性質を無理無く引き出したそれらの製品はとても雄弁で普遍性を

秘めていると感じる訳です。

わたし自身は今と言う次代の情報やそこから引きおこる感情のただ中に

いるわけで、その磁力から逃れるのは難しい。

10:00 AM

December 20, 2015


fundamental(ファンダメンタル)

今から6年程前にわたしのデザインについて書いて下さったブログが最

近になって検索に出ていました。

有り難い事に表層的でなく深い部分でわたしの考え方を理解してもらっ

ていると文中から感じました。

内藤廣さんの建築についても書かれているのですが、奇遇にも先日出演

したFM番組の翌々週の出演者が内藤さんでした。

変な表現ですが「色々な事情があってそうなっているんだろう」という

事への理解とそこで「投げずに頑張っている事」への共感と敬意のよう

なものでしょうか。

そういう「洞察」をしてくれる人ばかりではありませんが、それを修復

してくれるのが時間の経過だと思います。

わたしはかつてここで「製品の価格を無視して写真映りの良さと実際に

使わずに褒めそやす人」について色々書いてきました。

それはブログにとどまらずインタビューの度に触れてきました。

時間の経過とともにそれは次第に「言う必要が無くなってきました」。

市場から消えて世間の関心からも忘れ去られていくからです。

「スタイル÷時間」という数式を思うのですが、同時に「本質×時間」

という数式も思います。

価格や使い勝手を無視すれば相当に「かっこいい」ものを作れる自信

は多いにある人ですから、世間から見て「かっこよくない」ものには

ちゃんと理由が存在します。

わたしが目指しているのは(?)、そういうものを作った時に見た人

がなぜそうなっているのか、その「わけ」を考えさせるそういうデザ

イナーです。

4:43 PM

December 17, 2015


image.jpeg

5:19 PM

December 13, 2015


フォルムとフォーム

Form roomという勉強会を以前(で申し訳ない)開いていましたが、そ

こに参加して下さった方の何人かには『卒業です』という言葉を贈りま

した。

基準は「周りに思いやれているか」というまことにストレートでシンプ

ルなものでした。『デザイン力は?』と思われるでしょうが、そんなも

の(といっては身もふたもないですが)は数時間の講習に何回か出ただ

けでは「簡単には習得出来ない」と思っています。

わたしの勉強会に参加する20代の後半や30代の人は多かれ少なかれなに

か「悩み」を持っているわけです。「このままでゴー!」なんていうイ

ケイケな人はわざわざお休みの大事な時間を「勉強会」に割いたりはし

ないと思うからです。

その各人が抱えている「なにか」をことほぐすのがわたしの役割である

と思っています。それをあからさまに「デザイナー悩み解決の会」なん

てしてしまったら逆に「参加しない」だろうとも思います。

いたずらに「Form room」なんて名前は付けていない訳で「Form」は

単なる「形状(フォルム)」だけではなくて「姿勢(フォーム)」とい

う意味もあるわけです。

_________________________________

最初の勉強会からは10年近い歳月が経ちましたが、そのうちの何人かは

あらたな商売を始められてわたしの目から見ても順調と感じるのですが、

その人達は偶然ではなく「もうわたしの勉強会に出る必要の無い卒業生」

であるわけです。

________________________________

数時間の授業でも人柄が見えてくるわけです。会の運営を申し出てくれ

る人、会場の準備や片付けを自主的にして下さる人。そういう人がだい

たい「卒業生」です。そう人達はわたしの勉強会に参加したから成長し

たわけではありません。

「そういう人柄を持ってしても上手くいかない事」もあるわけです。

多少お役に立てたとしたら『そこは問題ない。』とわたしが言い切った

事にあるのかもしれません。

そうしただけで「考える事や悩む事が大幅に減って目的が明確」になっ

たではないかと思います。

悩みを解決するわけではないけれど『そりゃ悩まなくても良いよ。』と

いう言葉はわたしも欲しかった。

6:32 PM

December 8, 2015


没頭

滋賀県立大学生活デザイン科での講評をしてまいりました。

テーマは「大人のランドセル」副題は「デザイン学生(自分たち)が使

いやすいもの」でしょうか。

課題を出したわたしも相当な「難問」だと思って出したのですが、学生

のみんなが頑張ってくれて力作が並びました。

その中から5つを選んで載せました。

3時間の講義枠でしたが、作品の講評だけでその時間を費やしたという

のも初めての経験でした。

最初に載せている「透明のバッグ」。ポイントは「入れるものを選ぶ」

という行為に言及している事です。

つまり学校で必要なものをなんでも入れるのではなく、入れる行為自体

に「デザイン」がはじまっているという「考え方」が美しい。

次の作品は「帆布」で作られていてランドセルにもトートバッグにもな

るものです。良さは「リアル」でしょうか。実際に使えるしおそらく制

作者も「気に入っている」という事が作品から伝わってきました。

次の「黒いランドセル」は、小学生のものにくらべて背面の「カット」

が急速になっていてそれが「大人感」を演出しています。

カットが大きいので中に入れたものが見やすい取り出しやすいという

特長があります。縫製も凝っていてもっとも「プロフェッショナル」

に近い仕事だと思いました。

その次のライトグレーのバッグは「その日の荷物の量に応じて2個に

したり1個ですませたり出来る」フレキシブルなアイディアです。

実際に製品になって良いと思わせる「風情」があります。

最後は着物地を使ったバッグですが、わたしはこの作品を見ていて

アイディアというか新しい視点をもらった気がするのですが、この柄

のせいかランドセルが「帯の結び目」のように見えたんですね。

帯がランドセルなのかランドセルが帯なのかわかりませんが、和洋折

衷の新しい「物入れ」のカタチがほの見えた気がしました。

_______________________________

今回新たに思ったのは「プレゼンテーションは作品と作者の一体感」

で出来ているという事です。作品の主旨にあうような服装をする事

そういう「背景作り」が作品を浮かび上がらせるという事でしょうか。

ランドセル1.jpg

ランドセル2.jpg

ランドセル3.jpg

ランドセル4.jpg

ランドセル5.jpg

11:00 AM

December 6, 2015


数というもの

ツィッターに最近新しい機能が追加されました。

「ツイートアクティビティ」。

ツイートした文を何人の人が見に来たかという事が判るシステムです。

(同じ人が複数回見に来てもカウントは増えます)

2011年にはじめたツィッターを一度やめて再開したわたしですが、当初

はあれよあれよとユーザー数が増えて1500まで行きました。

がしかし再開後は数年経った現在でもユーザー数は450ほどに留まって

いて、「いい話」を書いたと思うとユーザーがかならず減るという、ま

かふしぎなツィッターでもあります。

しかし今回の新機能「ツイートアクティビティ」を見てみてちょっと驚

きました。

以前『上手くいかない事を世の中のせいにする人はおおいけれど、上手

くいった事を世の中のおかげと考える人は少ない。』という微妙に刺激

的な文を掲載しましたが、

「ツイートアクティビティ」を見るとなんとこれまでの閲覧数が8900を

越えています。

まあフォロワーが10000人の人であればそういう数字も「当たり前」だ

と思いますが、なにせ分母が「450」ですからその20倍の人が、見てい

る(同じ人が何度も見ている)という事実が新しい機能のおかげであき

らかになったわけです。

4000以上という閲覧数も結構な数あるのでフォロワー数ではわからな

かった「隠れ価値」がツィッターにあった事を感じました。

11:18 AM

November 27, 2015


G線上にアリかナシか

バッハの名曲「G線上のアリア」は、バイオリンのG線(4玄ある内の最

低音)だけを使って演奏な曲である事からその名がつきました。

じゃあ一線だけを残したバイオリンで演奏をしているのが聞きたいと素

人は思ったりするのですが、たぶん「4玄ちゃんと張られていないとバ

ランスが成立しない」のだろうとこれまた素人考えで推測したりします。

大バッハの名曲を引き合いに出すのもなんですが、わたしもプロダクト

デザインに於いて「G線だけでデザインが出来ないものか?」という事を

考えて来ました。

わたしの中での「G線」は「直方体」です。

どんなテーマ(製品)であってもまず「直方体」に還元して考えてみる。

もちろん「ただの四角形」では出来ませんが、「G線上」にいろいろな

階調があるように四角形もまた「多様多彩」です。

にぶい音がする四角もあれば、するどい音がする四角もある。まさに四角

は「視覚」に訴えます。

実は「円筒」も四角であり「球」もまた四角です。

そういった「基本」を教えてくれたのがバウハウスです。わたしにとって

バウハウスは「G線」なんです。

6:48 PM

November 22, 2015


時間の感覚

毎年このくらいの時節になると好例の記事があります。

それは「一年は短くない」というお話。

そもそも論ですが「短いと思って徳な事は何一つ無い」という事です。

そう書いても「一年は短い」という人は後を絶ちません。根が深い。

短いと感じてている人にお勧め(まあ勧めもしませんが)な「発想の

転換法」があります。

それは「一年を11ヶ月だと思って過ごす事」です。

わたしはすでに実践しているのですが、その証左にこの時期になると

毎年のように「この一年はどうだっか」というブログを書いていたり

します。

11ヶ月+予備月一ヶ月。そうやって考えると「早く過ぎる歳月を自分

の意識が先にいく」というか追い越してしまいます。

7:33 PM

November 22, 2015


選択肢

今朝ぼーーとしながらBSで放送していた「X-GAME」を見ていましたら

ちょっと寝ていられなくなりました。

番組の後半にオフロードのカーレースがはじまってナスカーのチャンピ

オンだった58歳になるドライバーが予選で敗退して残念なんていうコメ

ントが流れていたので、結構年輩のベテランドライバーの「選択肢」な

のかと思って見ていたのですが、スタートからずっと先頭を走っている

クルマのドライバーが17歳と言っていてびっくり。

あれよあれよという間に終盤にさしかかり一台のクルマが横転してレー

スコースが走れなくなったので、一周を残してその17歳の少年が優勝し

てしまったのです。その名はSheldon Creed (シェルドン・クリード)

そこからネットを検索して彼のホームページを見た訳ですが、またびっ

くり。2005年7歳の時にすでに7から8歳のクラスのチャンピオン。

そして毎年確実にキャリアを積み重ねて来ています。

17歳にしてすでに「10年選手」です。

スポーツの世界が小さい時から触れるようになってどんどん年齢が下が

っていますが、「おじさんスポーツ」だと思っていたゴルフの世界も今

年ランキングトップに輝いたジョーダン・スピースは若干22歳です。

スピースは強い上に「タフ」で大きな大会の前後も試合に出続けていま

す。


デザインの世界でも時々「若くして」活躍する人が出てきますがわたし

は「なんとも思わない」わけです。20代で30代でも関係がない。なぜな

らそういった人が幼少期や小学校時代に「ふつうでは無かった」だろう

と推測するからです。

クリードのように「10年選手」だったかもしれません。デザインを若い

時から意識しないだろうと思うのは平凡です。だからそうならないわけ

ですが。このホームページを作ってくれた有馬さんが当時10代だったよ

うに、若い時からデザインが「選択肢」にある若者がいてもおかしくは

ないし、それこそが「普及」ではないでしょうか。

10:41 AM

November 18, 2015


エントリーシート

『このままでは巨匠は誕生しない。』

昨日、デザイナーと違う立場で長年プロダクトデザインと関わられてき

た方とお話をしてそういう事を感じました。

この15年は、プロダクトデザインにスポットライトがあたってスターデ

ザイナーも何人か誕生して、ある意味そういったデザイナーを知ってい

る事も「お洒落で知的」な事の証左にも思えるようになりました。

わたしはデザイナーである前に「デザインが好き」な人ですが、ここ何

年も「デザインを仕事にする」人の立場から書いて来たので、ついぞ

「総論」的に外側の人のようには思わない「クセ」がついていましたが

久しぶりにデザインに深く関わっている方とお話をして「目覚める」も

のがありました。

『このままでは巨匠は誕生しない。』というわたしの見解はいったい誰

に向かってその言葉を伝えようとしているのか。

それは他ならない自分自身への「喚起」なのかなと思う訳です。

_________________________________

人の評価と言うのは面白いもので、どれだけ多くの製品を送り出しても

その「総数」では判断されない。食べるため生きるためという事で妥協

的なデザインをしながら『いつかはああいうものをしよう。』と思って

もいつの間にか「使いやすいデザイナー」という評判が身に付いてそこ

から先の事を出来なくなるものです。

たまたま昨日もコーヒーショップで『薄いコーヒーは飲めない。濃く入

ったコーヒーはお湯を入れても風味があるが、薄く入れたコーヒーは、

煮詰めたところで風味がでない。』というお話をしました。

デザインの世界も同様に一般的な事を考えれば「薄いコーヒー」の方が

飲みやすく売りやすいかもしれない。しかしどちらの世界も経験を積め

ば「濃い方」にシフトする。

デザインの世界も「品の良い方。本質的な方」にシフトしていくものだ

とわたしは思っています。

かなり刺激的で「濃い」一日でしたが、あらたなデザインのスタートの

日でもあります。

巨匠等と言う表現は自分が成すものではないですが、少なくとも「希望」

というエントリーシートは出しておきたいと思います。

2015/11/18

9:42 AM

November 16, 2015


「数」と「比較」

まずは「格好わるい」話題から。

今から何年前でしょう。30年位前の事でしょうか。予備校時代の友人

がマンションを買ったと言うので新築のお宅にお邪魔しました。

よく考えたら30過ぎで早くもマンションを購入した(できた)という

事も驚きですが、なぜかわたしはその事よりも驚いた事がありました。

それは床の間のようなところに置かれた年賀状の「厚み」のすごさで

した。自分も仕事先との付き合いも増えてそれなりかなと思っていま

したが、ゆうに2倍から3倍以上の厚みでした。

大きな企業にいて人柄も人当たりも良くてマンションを若くして購入

した事を考えるとすでに管理職の段階に入っていたのかもしれません。

さらにいえば誠実な人なので自分からも相当数の年賀状を出していた

とは思いますが、「それらをすべてひっくるめて比較にならない程の

差が彼との間にはある」という事実がどかーっとわたしの上に落ちて

きました。

それ以来年賀状への情熱(?)は失せてしまいました。

実はその人はデザイナーから企画的な役割を担う事になっていました。

他方わたしは会社に入る前から将来には独立してフリーになろうと思

っていたので家を持つ事は最初から念頭になかったしマネージメント

する側ではなく実際にデザインをすることにこだわってきました。

年賀状の少なさ(そう少なくもないですが)はそういう自分の行き方

とつながっていると思います。

________________________________

なぜこんな恥ずかしい話をしたかといえば、ライフハッカーにfecebook

をすると自己肯定感を低下させる事があるという記事を見たからです。

知らなくても良い友人の自慢やいい話を目にする度に、自分のこころの

庭が貧相に思えてくる事は十分想像にかたくありません。

わたしはソーシャルネットワークで「フォロー」をしません。

相互性が高いものでも「相手の話が載らないようにこまめにカット」し

ています。なによりこのブログもコメント出来ない設定にしています。

「出来上がったもの」と「これからまとめよう」とする事には差が有り

ます。写真も「良い風に」撮れるし、文章も「作れる」わけですが、

そこには「ホントウ」の一部しかありません。

そんなわけでソーシャルネットワークのフォロワーも年賀状と同様にた

いした数ではないわけです。

10:13 AM

November 14, 2015


スタンス

昨日、六本木ヒルズのビジネス棟のセキュリティーゲートのあるロビ

ーで担当の方と待ち合わせをしましたが、その時に気がついたのは、

ロビーにある欄干の上部にある木の手すりに斜めの「板」が追加され

ていた事でした。

昨日の放送の中でも『チャージ機の上にカバンを置けないように斜め

にしています。』と言いましたが、そういう経験から「モノの上」が

気になってしょうがないわけです。

その手すりの「斜めの板」は手前側に傾いています。

理由を考えましたが、同じフロアにコーヒーショップがあるので、そ

こで買ったコーヒーカップを手すりに「載せた」人がいて階下に落下

したのかもしれないし、実際にそういう事が無くても「危険」を感じ

た方の提案によるものだと推測しました。

逆にいえば「最初からどうしてそういう設計にしたのか」という事も

言えなくはありません。

実は最近もある有名な彫刻家がデザインした橋を渡ってきました。

あまりの欄干の低さにびっくりしました。結構川からも高さがあるし

その日は寒かった事もあって落ちるとどうなるかと気持ちも寒くなり

ました。

何年か前に有名な建築家の手になる美術館を訪問した時も吹き抜けの

横にある通路の欄干の低さが気になってしまいました。

もしその低さがプロポーションという「美のため」ならそれはわたし

には受け入れられません。有名という言葉がそういう指摘をしにくく

なるようならその有り様は変です。

ちなみにセキュリティーゲートの開閉扉はゴムで出来ていて誤動作し

ても通行者に痛い思いをさせないように設計されています。

わたしは有名になる事は「自分のしたい事をしやすくなるため」だと

は思っていません。

あくまでも「する側」ではなく「させられる側」の立場であり続けた

いと思っています。

7:06 PM

November 14, 2015


「モノ」語り

J-WAVE2.jpg

はい。J-WAVEに出演して参りました。

あっという間でありました。

放送で紹介しようとお持ちした様々なこれまでの製品のエピソードやそ

の感想のお話を伺っていたらいつの間にか30分でした。

クリス智子さんのすばやく的確な判断のおかげで、ガイドラインがどん

どん出来上がっていってその「手すり」につかまりながらお話をする事

が出来ました。

それにしてもスタッフの下田さんの仕事もすばやい。

事務所に戻って来たらすでにサイトに写真が掲載されていました。

2:54 PM

November 10, 2015


変わらないもの

j-wave.jpg

今週の土曜日FM番組に出ます。

2009年に信号機の写真展「新東京百景」を開くにあたって番宣のような

かたちで一度J-WAVEに出させて頂きましたが、その番組の制作を担当

されていた方に再びお声をかけて頂きました。

仕事もそうですが、以前ご一緒した方からまた声をかけて頂けると言う

のはとても嬉しい事です。そうやって生まれた製品がPrimarioだったわ

です。最近も数年前にお声掛け頂いてその時は仕事に発展しませんでし

たがまた一緒にしましょうというお話がありました。

余談ですが、自宅の電話番号は独立した時から一度も変えていません。

27年でしょうか。つまりフリーランスの期間と電話番号が「一致」して

いるのです。人というのはいつ何時「思いつく」かもしれません。

変わっていないと言うのもこうなるとひとつの「価値」です。

紹介文の中でも「長年にわたり様々な物を生み出し続けるそのデザイン

観とは?」と書いて頂いていますが、常に変化をし続ける価値観や技術

とどう折り合いながらある意味「変わらないもの」をデザインしてきた

かについて一端をお話し出来たらと思います。

しかしこのブログを読み続けてくださっている方達には逆輸入かもしれ

ません。

10:39 AM

November 9, 2015


理解者

考えてみると、わたしのデザインというか美術的素養の最初の理解者は

父親でした。

予備校で文化祭があった時に、そこに出向いて校内に並んだデッサンを

観た上で息子の絵を褒めていました。

大学に入ってスケッチブックを見せた時も喜んでいた。まあスケッチブ

ックを親に見せるという時点でわたしもそれなりに自信があったのかと

思ったりもします。その上で『お前は大器晩成だ。時間がかかるだろう

がいずれはモノにはなるだろう。』と言ってました。

わたしは今でもこの父の「大器晩成」という言葉を大事に思っています。

おかげで晩成なんだからそう簡単には上手くはいかないだろうとゆった

りとした気持ちで状況を思えたわけです。

まったく美術的な素養があったとは思えない父ですが「褒められ」るだ

けで「その気になる」わたしも面白い。

父が「自分の子供で無くても褒めるに値するという客観性を持っていた

のか単なる「親ばか」なのかは良く判りませんが、本や映画が好きだっ

た事もあってその言葉には「なにか信憑性」を感じていたのだと思いま

す。後年芸術新潮に長く「きまぐれ美術館」というエッセーを連載して

いた画廊のオーナーだった洲之内徹さんに父親が良く似ている事を知っ

たのですが、そういう美術評論家的な空気も関係していたのかもしれま

せん。

その父親が亡くなって20年近い歳月が流れましたが、今ではわたしの最

大の理解者は自分自身かなと思ったりします。

それはある意味「父親の評価した自分を継続して支持しない訳にはいか

ない」という不思議な心情もあったりします。

思えば父親も母親もわたしが選んだ事を一度も否定した事がありません。

普通科に進まずに工業高校に進む事も、画家を目指す事もそれをやめて

またデザインを選んだ事も会社もその会社を変わる事もそして辞めて独

立する事も反対はおろか支持すらしてくれました。

思うにそれは才能ではなくてなにをしても「生活出来る」というチカラ

を評価していてくれたのかと思います。

4:57 PM

November 7, 2015


逆輸入的な

LIFESTYLE.jpg

今年は、なんだか知らないところで評価されているような気がするのです。

特許庁の試験問題に出た事もそうですが、自分の知らない人の間で「普及」

がはじまっているそんな感覚です。

昨日「美の巨人たち」で紹介されていた金工家正阿弥勝義の言葉

「私の作品は10年先に落ち着き、100年先にも変わらない」

なかなかプロダクトの製品ではこういった長い時間感覚は得にくいですが

ことPrimarioに関しては「そういう可能性」も無くはないように思います。

なぜなら今回「PREMIUM JAPAN」で紹介していただいた製品はすでに

発表後7年以上の歳月が経っているからであり、「逆輸入」とタイトルし

たのは、このブログをずっと見て下さっている方達はその事をよく理解

しているからです。

「シンプルとは実は複雑であり、シンプルだからといってすぐに理解さ

れるものではない」というのがわたしの思うところです。

その「複雑なシンプルさ」ゆえ、時間が経過しても古くならない。

11:54 AM

November 6, 2015


デザインと芸術

スマホスタンド.jpg

デザインは芸術や建築から大いなる影響を受けていますが、他方デザイン

は芸術に影響を与える事はあるのだろうか?

Primarioをデザインして7年が経過しましたが、判って来たのはそれらの

ピカピカ光るステンレスの塊はなにか「機能」していないと受け入れら

れないという事です。

まあそれらの「機能」が良く出来ているかは別として「ただのオブジェ」

だと理解されないわけです。

わたしはこれまでも「ロータス」と名付けたオブジェをデザインしまし

たが、四角い箱が次第に30度づつ「開いていく」様子を「描いた」もの

は結局のところ製品化に至りませんでした。

要するにそれは生活で「使えない」わけです。

つまり「用の美」はあっても「美の用」はないわけです。

しかしこれが1000分の一の建築模型だとすると球にそれは「用の美(微

妙ですが)」に近づいていく訳です。ルドーの「球体の家」からヒント

を得たなどと書くとさらにもっともらしい。

とはいえ「使えるもの」としての「方便」というか「いいわけ」にこれ

は「スマートフォンスタンド」として機能している訳です。

モノは「三点」で支持すると安定しますが、この場合底面の二点(?)

と球体の「一点」で安定するように出来ています。

今回はしませんでしたが、球体をスライド式にすればスマートフォンの

角度を任意で変える事が可能です。どう動かしても円(球)の「任意の

一点」が必ず作用するわけです。

『スマートフォンが置かれていない時にはオブジェとして見えるスタン

ドをデザインして欲しい。』という高地さんのリクエストに応えたもの

です。案外に「スマート」な「スマートフォンスタンド」なんですよ。

10:58 AM

November 6, 2015


学校のデザイン

わたしは言っておきながらまだ実現していない事があります。

それは「小学校のデザイン」。

いまから10年前に勉強会を開きましたが、そこに参加してくれていた

その数年後に参加者の方達に赤ちゃんが何人も誕生しました。

その赤ちゃんが小学校に入った時に役立てる事として考えたのが、そ

こで使われる道具類をひいては学校自体をデザイン出来ないものかな

と考えたわけです。

2009年の秋に信号機の写真展を開いてそのオープニングトークとして

ライターの加藤さんと建築家の谷尻さんと三人でお話をしましたが、

その場で『小学校のデザインがしたいです。』と宣言しましたし、そ

の翌年に掲載されたエキサイトイズムのインタビューの最後に同じよ

うなお話をしました。

それから5年。当時の赤ちゃんはしっかり小学生になっていますが未だ

にその「夢」はまだ実現出来ていません。

そんなわけですが、事務所の近所には小学校がありそこに附属した赤

ちゃん支援の設備があるおかげで『まだかなあ。』という声が常にここ

ろの中にあるわけです。

小学校自体もですが、常々ふしぎに思っているのがランドセルという

かばんの形態です。

まだ小さい時期には「ランドセルに背負われている」という感じであ

り、高学年になると今度は「大人がランドセルを背負っている」よう

な違和感があったり、「ジャストサイズ」の時期はほんの数年かなと

思ったりします。

________________________________

まあそういう話は別の時期にするとして、その「ランドセル」がまさ

に大人に流行して来ていると言う話題を最近見た訳です。

もともと「かばん好き」な事と、さっきから書いている「小学校のデ

ザイン」が融合して今回の課題を考えつきました。

デザインを学ぶ学生は「荷物が多くかつ荷物が大きい」。さらにいえば

滋賀県立大学の学生さんは自転車通学の方が多くいらっしゃるので、ラ

ンドセルのように「背負えるタイプ」が良いと思い、これまでに経験し

た失敗もカタチを考えるのに役立つのではないかと思うのです。

そうとうに「荷の重い」課題ですが、「重い」を「思い」に変えてくだ

さることを期待しております。

ポスター制作:本保絵莉子さん(2年)

2015/11/6 秋田道夫

秋田道夫先生ポスター2015-2.jpg

9:24 AM

November 5, 2015


ゲーリーとアンドー

ゲーリー1.jpg

21_21を手がけたのが安藤忠雄さんでゲーリーと親交が深い事は以前

から知っていたのですが、ある意味「競演」がやっと実現したという

気がします。

その「念願かなった」はずの会場にわたしは20分といませんでした。

記念のポスターとグラスを買ってさっさと会場を後にしました。

展示が面白くなかったわけではありません。とても面白かった。

なにせ「ゲーリーが好きすぎる」わたしですから、その「大好物」と

どう対峙してよいのか良く判らないのです。

ある意味こころの中でそれらはすべて「旧知」なのかもしれません。

3:51 PM

November 5, 2015


「概念」というお話

わたしは毎年今頃つまり11月の初め頃に「今年はこんな年でした」とい

うまとめをここに書いています。

一年は「10ヶ月」というのがわたしの「概念」で、一応10月をもって今

年を「仮締め」します。

実際には11月12月にも様々な仕事や出来事があるのですが、それもまた

良しとします。

10ヶ月で一応終わって11月は「予備月」で12月は来年の「準備月」とい

う風に考えています。

『いやー1年はあっという間だ』という事を記憶する限り口にもしないし

なにより「思っていない」わけです。

アインシュタインの相対性理論ではありませんが「速く動けば時間は長く

なる」そう思っているので、時間の有無にかかわらず物事は迅速をむねと

しています。

同様に暑さ寒さにもあまり関心をよせません。暑い時は『今日は暖かいね』

と言い、寒い時には『今日は涼しいねえ』と言います。

暑いと言っても寒いと嘆いても「なにもかわらない」。

9:44 AM

November 3, 2015


ロングライフ

最近は「なにもしない」時間の大切さを感じているので、ニュースもあ

まり見ないし、SNSも時々しか見ないようにしています。

ニュースの中にはデザインの事も含まれている訳ですが、そういうもの

に触れない事が以前と違って「遅れる」「ずれる」「はずれる」という

風に感じなくなっている自分がいます。

「新製品の数に依存しないデザイナーとしての評価」が得られれば嬉し

いと思っているのですが、ある意味矛盾した考えでもあるわけですが、

そこを「埋めて」くれるのが、過去の製品(作品)の「その後の評価」

ではないかと思っています。

そういった意味で、製品の寿命の長い公共機器の仕事は自分の目でもそ

の存在と価値を知らしめてくれるわけです。

最近、広島と岡山のJR在来線に乗る機会があったのですが、どちらの

駅でもICOCAのチャージ機が今でも活躍しているのを目の当たりにし

ました。新大阪駅の新装なったコンコースでもわざわざチャージ機が

「住む」ためのくぼみが設けられていたりします。

公共機器と言えば薄型のLED信号機が自分の代表作ですが、こちらは

もうどこに行ってもというか「自分が行く先々」にすでに存在してい

て6年前に写真展を開いた時には『うちの街にはまだついていない。』

という声もありましたが、おそらく設置されていない県はないのでは

ないかと思います。 チャージ機・信号機・セキュリティーゲートそ

してこれから普及して行くだろう街路灯やスマートポールによって、

わたしは、日本のどこに行ってもそれらの製品の仕事ぶりを見ながら

「自分」を確認出来るというのはとても贅沢な事です。

そういった意味では、自己紹介で「公共機器も」手がけるとされるこ

とが多いのですが「公共機器から」と言った方が適切な気がします。

11:56 AM

October 18, 2015


当たり前ですみません

自分が教える側になってわかった事は「勤勉」という事の大事さです。

いくら実力が備わっていても準備や練習を怠ってしまってはその勤勉な

人にそうばん先を越されてしまうという事です。

もちろん勤勉だけですべてが上手くいく訳でもありませんが、その勤勉

さと「実力」がそなわってはじめて「次のゲート」が開くものだと思い

ます。

実は、ブログやSNSの文章を見ているだけで書いている人が勤勉なのか

が、そこはかとなくわかってしまう事です。こわい。

ここからが本題ですが、その「勤勉」にも種類があるなあと経験から思

う訳です。

ひとつは「消極的勤勉」。別名「表層的勤勉」。

無遅刻で無欠勤。しかしながら考えているのはアフターファイブの事ば

かり。思い起こせば高校時代はまさに「表層的勤勉」でありました。

正直こういうのは「勤勉」の範疇ではないのかもしれません。

もうひとつは「積極的勤勉」であり「内面的勤勉」です。

こういうのがほんとうの「勤勉」ですね。

さらにいえば「勤勉」が身に付くと「他人から見て勤勉かどうか」が気

にならなくなっていきます。

結局のところ「結果を残す」というのが目的であってただそこに居続け

る事が「勤勉」の真意ではないなあと気がつく訳です。

一応朝は早めに出勤登校するけれど帰りは早くても問題はないなあと思

えてくるわけです。

なんでもそうですが、結局は「内側」に真意はあります。

フリーランスのデザイナーは「外的勤勉」では勤まりません。

10:50 AM

October 14, 2015


ディケード

今から5年前の2010年にデザインネットの企画で坂井直樹さんと「デザ

インディケード(この10年)」というタイトルで対談をさせていただき

ました。

今にして思えば坂井さんのお話はある種予言的で「今聞くとちょうど良

い」という感じがします。

どうしてわたしと坂井さんの間に「5年の差」が生まれたかと言えば、も

ちろん経験値の差である事は自明ですが、わたしはある意味その流れに

インボルブ(巻き込まれ)されていたし、してもいたという当事者だっ

たからかなと思ったりします。

それぐらい2000年から2010年のプロダクトデザインの潮流はわたしには

「特別な10年」のように思っていた訳です。しかしながら理解するため

に必要だった5年を経過して当時の隆盛をほんと街中で見る事が出来なく

なった今、そこでいわれた哲学はスタイルをフォローするための便宜で

あって普遍の真理とは別種のものだったと感じています。

_________________________________

わたしは今年は「変わり目」の年だとなぜか思っていました。

どう変わるのかもわかりませんが、ある種の「魔法」がとけて新たな

「魔法」がはじまるのかもしれません。しかしわたしはデザインは魔法

ではなく「日常」のものであって、「特定化」するのは好みません。

様々な人(デザイナー)が、色々な形でデザインの可能性をユーザーに

見せるそういう次代にわたしもエントリーしたいと思っています。

11:18 AM

October 13, 2015


不器用のすすめ

100ninn.jpg

うつぼ公園そばにあるセレクトショップ「ストラクト」の店長さんであ

るハラダさんがブログで「100人の日用品」を紹介されていますが、そ

こにあったわたしの展示写真もあったのでそれをお借りしてわたしの出

展した「果物ナイフ」についてお話をしたいと思います。

_________________________________

このすてきな果物ナイフが我が家にやって来たのは今から

50年近く前の事です。そうこう見えて「50歳」なのです。黄色い柄の部分

にあった青いエンブレムは無くなってしまいましたが、黄色に青のワンポ

イントはさらに素敵でした。当時会社の保健室に勤めていた母が先生から

ドイツ土産として頂いたものです。つまり先生のモノを見る美意識の高さ

に改めて驚きます。ほんとにこれが「果物用ナイフ」なのかは判らないの

ですが、果物以外にチーズを切ったりパンを切ったりバターを塗ったりと

なにかと便利なものです。

しかしなぜ50年近くも原型をとどめて切れ味も現役なのかを考えるとその

「形状」にヒントがあります。先が尖っていないおかげで硬いものにさし

たりして折れる事がありません。

「長続きするもの(人)は不器用である。」そんな格言を思いつくのです

が、考えてみると充分「汎用」な製品であります。

プロダクトデザイナー

秋田道夫

4:13 PM

October 6, 2015


苦手の効能

いまさらながらの感想ですが、自分に「苦手の意識」というか自覚が

あって良かったなあと思うのです。

苦手があるおかげで、会った人の言葉に素直に耳を傾けられる。

もしわたしが諸事について精通しているという気持ちでいたらそうは

なれなかったように思うのです。

正直デザインの事ですら知らないし事は沢山あるし、自分がこれまで

デザインした製品についても詳しい人に比べれば判らない事だらけだ

と思っています。

「判ったような気になる」と新しいものを受け付けにくくなるかと思

って、あえて「詳しくならなかった」とも言えます。

新たに知ろうというのがわたしのスタンスです。

まあ記憶力が悪いともいえます。

7:00 PM

September 30, 2015


JETROセミナー

jetroセミナー.jpg

お知らせをもうひとつ。

10月9日赤坂にあるJETRO(日本貿易振興機構)本部でセミナーが開か

れます。「海外販路開拓セミナー」の講師としてセラミックジャパンの

大橋社長が講演をされます。

3:49 PM

September 30, 2015


100人の日用品展

100人.jpg

10月3日から18日まで神戸で開催される「100人の日用品展」にわたし

も出品させて頂きます。

100人の方がそれぞれの思う「日用品」を2点出品しそれについてコメ

ントをしています。

12:47 PM

September 25, 2015


学びについて

いつの時代も、先生にとって学生のみんなは「はがゆい」存在なんだと

思います。先生になる人はおおむねその同級生の中で抜きん出て学力も

あり努力もする人達なのでどうしても「勉強をまじめにしてくれない」

という学生の有り様は残念に映ります。

夏目漱石が、晩年にある大学で講演会を開いた時の内容が文章化されて

残されていますが、その大学で教授をしている漱石の大学時代の後輩が

『最近の学生は勉強が足らない。』と漱石に話した事を取り上げて『そ

んな事を言える程自分たちも勉強しなかった事を立場が変わると忘れる

ものか。』と語っています。

学業優秀でならす夏目漱石にそんな事を言われてしまっては立つ瀬が無

い訳ですが、「はがゆさ」は今に始まった事でないいい証左かなと思い

ました。

わたしも漱石のように成績に比して「努力不足」の自覚があればカッコ

いいのですが、大学時代暇な時には図書館に入り浸って海外のデザイン

雑誌を読みあさっていたという記憶があるので、そう言えないのが残念

です。

予備校時代にデッサンの授業にあたって石膏像を「いい位置」を確保す

るのは絵の腕以上に大事な事だったので、すこしでも良い場所を取る為

に予備校の玄関のドアが開く前から並ぶのですが、結局デッサンの評価

と「早く来た人」がほぼ一致していたわけです。

デザインなんていうと「いい加減で天才的な才能」がいてもよさそうな

ものですが、これまた残念な事に多くの優秀な人は勤勉です。

デザインをするにあたって、どれだけ過去の製品や作品を知っているか

そこから派生してどれだけのデザイナーを知っているかがそのまま課題

の質に反映されていきます。

__________________________________

小学校でも中学校でも絵を描いたり工作をしたりしていてそれはとても

自由で楽しい時間だったと思います。ある意味「勉強」ではなくそこか

ら逃げ出せる時間でもあったかもしれません。そういう「甘い記憶」が

ある人がデザインを目指すのかもしれません。しかそこでは「デザイン」

は学んでいないのです。特にプロダクトデザインは。

どこの美術系学校でもプロダクトデザインはグラフィックに比べて人気

がないものです。その理由の一つは「人が欲しいと思えるもの」「条件

をクリアする」という「不自由さ」なのかなと思ったりもします。

でもその「不自由さ」こそが頭を使うし工夫も生まれる「きっかけ」で

もあってやたら「面白い」のです。

まあそういう気持ちになるには、「面白くない」という努力もしないと

いけない「時期」があるということです。

3:10 PM