Archive of April 2021

April 30, 2021


バス停

ゴールデンウィークに因んだわけでもありませんが、ちょっと今の仕事

を離れて「むかし」を訪ねてみました。

大学の3年生の時に(1975年です)バス停を考える課題が出ました。

最近の日本のバス停も相当に垢抜けたものになりましたが、当時は丸い

看板にポールが差したようなものが「主流」でした。しかしすでにヨー

ロッパでは現在見られる様な「フラット屋根」のバス停がすでにあった

のです。

その事に触発されてデザインしたのが、下のものです。(5枚目6枚目)

まあ今見ればそれほどびっくりするようなデザインでもありませんが、

今回3Dを用いて再描画してみて、(自分のデザインですが)良く出来

ていると感心したりしました。(電話ボックスが時代ですね)

面白いのは、まったく意識しないでバスや背景の建物を描きましたが、

45年前のプレゼンテーションとそっくりなのには驚きました。

busstop 夜3.jpg

 BUS STOP LIGHT.jpg

bus stop昼.jpg

バス停b.jpg

バス停b2.jpg

バス停b下から.jpg

バス停b前面.jpg

バス停パネル-Edit.jpg

バス停1-Edit.jpg

12:21 PM

April 24, 2021


諦めてからが勝負です

去年の今頃、奈良の山本あつしさんとZoomを使った講演をしました。

その中で話した事の一つが『今の状況に対して我慢をするという言葉が

多く使われていますが、わたしは我慢ではなくて「諦める」という気持

ちが大切だと思っています。』とお話ししました。

一般に今解釈されている「諦める」という言葉は、本来の意味から相当

に離れています。

「つまびらかにする。真相をはっきりさせる。」というのが仏教用語で

いうところの「諦める」です。そして「諦」には真理、道理という意味

があります。

そこには「やりたい事を諦める」といった切ない意味はありません。

他方「いい意味」で使ったつもりの「我慢」は仏教用語で言うところの

「慢心」の一つで、「強い自己意識から起きる慢心のこと」とあります。

べつに本来的な言葉の真意がそうだからそう言ったわけではありません。

現在の意味をもってしてもやっぱり「諦める」というのが肝要だと思っ

たのです。

なぜなら「我慢」というのは、『ホントはやりたいんだけれ今は出来な

いから我慢しよう。』という事でいつまでも「本来は」という思いが

あり続けるわけで、いつかは「我慢しきれなくなる」事は明らかです。

他方「諦める」というのは、一応の切りを表します。そこから新しい事

に気持ちを切り換える事を意味しています。

_

そこから一年、状況は改善されつつありますが、まだ収束は先でしょう。

一年前に、我慢と言った人たちは、我慢の限界かもしれません。そろそ

ろ諦めてもいいのかもしれません。

10:35 AM

April 23, 2021


本(ほん)の思いつき

エッ センス.jpg

昨日、ぱっと思いついた本のプロトタイプ。

タイトルは「エッ センス」。

エッセンスではないんです。エッ センス。

つまり『えっ(それも)センス(なんだ。)』というニュアンスが

その半角のスペースに込められています。良くいえば行間(字間)

のデザイン。まあダジャレです。

余談ですが「donabe」の「do」と「nabe」の間にバーを入れて、

「Do! nabe(鍋料理をしよう)」と考えたのと同じです。

本のサイズは、A5サイズの用紙を縦に半分に折ったものです。

中はこれまでブログやSNSに書いた文章を一行か二行抜き出した

ものを縦書きで配して、反対側は白紙です。そこに気づいた事を

自分で書き留めて欲しい。

これは「思考のフィールドノート」のようなものです。使う人が

育てる。ボロボロになったものほど「カッコいい」。

3:46 PM

April 23, 2021


時間を買う

学生時代を振り返るととにかく暇でした。

課題の数が少なくて提出までに結構な期間がありましたから、作業は早い

人なので、その中間の時間をすっかり持て余しておりました。

にも関わらず、アルバイトを長期休暇中以外4年間で一度もした事がありま

せん。(大学が辺鄙な場所だったのでそうバイト先も無かったのですが)

ふつうであれば受験勉強に追われるべき予備校時代に、アルバイトをいくつ

かしていた不思議な人ですが、アルバイトで得た教訓は『うーん。デザイン

しか自分に向いたものがない。』という反省なので、デザインの勉強をして

いる事のありがたさを知りました。

おかげで提出した課題は今見ても良く出来ています。たっぷり時間をかけて

「推敲」した結果でしょう。今の自分にも超えられる気がしません。

ゆえに悔いがありません。大学生に戻って勉強をやり直したいという気持ち

がまったく起きないのは、40年後の今とても「時間の節約」になっています。

10:50 AM

April 23, 2021


集合と離散

デザインにも動物生態学的要素があると思っています。

そもそもわたしは、ヒトは人である前に動物だと思っています。

どんなジャンルの製品でも良いのですが、必ず類似して「かたまり」が

発生します。

なぜかたまる(類似する)のかといえば、作る側も買う側も「安心した

いから」に他なりません。

それを牧歌的に例えるならば、広い高原の中で一箇所に集まる羊の群の

ようです。

高原(市場)は広いけれど集まっているのが合理的なんです。

そんな様を見て『なぜ日本の製品は似たり寄ったりなんだ。』と指摘する

人がいますが、そう発言する人もまた群れの中にいるからこそ安心して

そんな事を言えるのです。ある種の「油断」です。

さて、どんな世界にも群れから離れて一匹でいる羊がいるものです。

羊なのに「一匹オオカミ」なのは面白いですが。

その群れから離れた一匹にも二通りあるところが今回のお話のキモです。

一つは「天然」なタイプです。ちょっと距離感と動物的カンにズレがあ

るわけでそれは「とても危ない」。

もう一つは「意識的に群れから外れる」タイプです。ようはわたしのよ

うにいつも目立ちたいタイプです。

なにせ「意識的」ですから実は羊一倍(人一倍)に「どこに群れがいる

か」について常に気をつけています。

その為には、オオカミが来たらいつでも戻れるセンサーと「逃げ足」が

必要です。

若い時は走力があっても、いい歳になって離れているのは大変です。

わたしが日頃のんびりしているのはたぶん走力を温存しているからです。

秋田道夫

2021/4/23

9:32 AM

April 3, 2021


書く事の意味

4月だからという訳でも無いですが、ちょっとブログで書く内容を変えて

いきたいなあと思っています。

_

どうしてブログを書き続けられているかと言えばそれは仕事中に考えない

で済むようにしていると言う事です。

文章を書く事は「考える事」ではないのかと思うでしょうが、書く行為は

相当に数学的だったり化学的な部分があって、それはなにか問題を解くよ

うな事に近いように思います。

わたしは講演会等で質問に対して回答するのが「好き」です。

それは相手から「問題」を出してもらったようなもので、すぐにその問題

について思考を巡らすことが出来るわけで、自分で問題を考えて解答を導

き出すよりも手間が少なくて済むのです。

そんな「考えていないで書いたもの」を読まされているのかと思うかもし

れませんが(あまり期待しないでくださいね)、考えたからといって深く

なるわけでもありません。いかに常日頃「考えているか」の問題であって

書くこと自体を考えだすと理屈っぽくなるばかりです。

11:13 AM

April 3, 2021


濃度

わたしは、コーヒーを良く飲みますが、焙煎された豆を買ってきて、

都度、グライドして入れるようにしています。

コーヒーをおいしく入れるには結構時間がかかります。

なぜなら急いでお湯を注ぐと豆の成分を十分抽出出来なくて「薄く」

なってしまいます。

この薄くと言うか十分成分を出さずに溜まったコーヒーのようなも

のは、美味しくありません。困った事に煮詰めても美味しくはなら

ない事です。一方濃すぎるぐらいに十分時間をかけて出たものは、

薄めるためにお湯を足しても十分美味しいのです。

そこにはデザインというか仕事というものに対する大切な考えに通じ

るものがあります。

薄いアイディアは、議論を重ねても美味しくはならないし、逆に「濃

すぎるアイディア」は、適度に希釈して応用することができます。

10:54 AM

April 1, 2021


新たな気持ちで

わたしは最近の検索結果が好きです。

スカッとした製品が並んでいてとても自分らしい。自分のやれる事をや

りきっている感じがあってそれがちゃんと人に伝わっているのが嬉しい。

この20年プロダクトデザインの世界は大きく広がってもっともっと大き

な結果を出しているデザイナーがいますが、わたしが若い時からしたい

そうありたいと思ったカタチでずっと進んでいます。

写真は、Designingというグラフィック中心の雑誌に取り上げらられた

「自分史」です。2012年までなので2012年に出た号でしょう。

年表には、カトラリーも交通信号灯器も街路灯も無い。マドラーもタン

ブラーも、ルーぺもありません。なのになぜがそららの製品が載ってい

るように感じてしまいます。

それぐらいにカタチに一貫性があってずっとシンプルです。ブレないと

表現するのは簡単ですが、トレンドが日々変化する世界でずっと「シン

プルなデザイン」でい続けるのは難しい事だと改めて感じています。

バウハウスのモホリ・ナギは「Design as an attitude.デザインする事

は姿勢である。」という言葉を残されているそうですが、たぶんその

「無いのに有るように感じる」のは、わたしのデザインも一貫した姿

勢から生まれているからだと思っています。

秋田道夫

2021/4/1

歴史.jpeg

11:28 AM