Archive of July 2020

July 25, 2020


アルミの魅力

日本アルミ協会の機関誌「アルミエージ」の中でアルミを使ったステー

ショナリーの特集が組まれていますが、その中でタケダデザインプロ

ジェクトの製品群も取り上げていただきました。

嬉しいのは、わたし自身月光荘のスケッチブックや、ステッドラーの

製図用シャープペンシルには長くお世話になっておりました。

何十年間も使われて続けている製品と同じ誌面で紹介されている事

です。

7:29 PM

July 22, 2020


「たぶんブランドの周知度と言えば世界でもトップに君臨するコカコー

ラが今も大々的に宣伝を続けるのか?」

それが、わたしの長年の素朴な疑問ですが、そこから導き出したわたし

の仮説が「砂」です。

安部公房さんの有名な小説「砂の女」の中で、砂丘にある部落の話が出

てきます。そこを訪れた男性が「砂掻き要員」として一軒の家に閉じ込

められてしまうというお話ですが、そのお話がブランドというものも、

常に時代の流れという「砂流」にさらされているという「寓話」に思

えたのです。

_

もうひとつ唐突な例えですが、幕末の江戸城を撮影した写真が残されて

いますが、その城壁や壁が壊れていたり汚れていたりする様子が写し出

されています。江戸城は広いですから、そのメンテナンスも大変だった

と思います。同時にそれは幕府の勢力が衰えているというほころびを民

衆に知らしめてしまう役割を果たしてしまっていた事にもなります。

コカコーラは世界的な企業ですから「城壁」の広さは膨大です。

そのメンテナンスに莫大な費用かかかる事も理解できます。

_

翻って自分の事ですが、常に砂を掻き出し続けていないとあっさり時代

から忘れ去られていくのは自明です。

ゆえに日々ブログやフェイズブックを更新し続けているわけです。

秋田道夫

2020/7/22

11:07 AM

July 22, 2020


ポピュラー

セラミックジャパンが楽天市場にショップを開かれました。

https://www.rakuten.ne.jp/gold/icomito/

考えてみるとわたしのデザインしたもので「どこでも買える」という製品

はほとんど無いんですね。

一時、ハイアールの製品が大手家電販売店で売られていたり、デバイス

タイルのコーヒーメーカーが大手家電販売店以外にもカフェチェーン

エクセルシオールやドトールの店頭で売られていた事が「最大数」ではな

いでしょうか。

そうやって考えると店舗数の多い無印良品で扱われる事のすごさを思った

りします。

_

有名なグラフィックデザイナーの代表的な仕事というのが缶ビールや清涼

飲料、チューインガムといった「どこでも安価に買える」ものが多い事に

改めて気がついたのですが、知名度は予めその製品(商品)の普及度と

手軽さに依存した部分がある事だと思います。

そうやって考えると「どこでも買える」ものをデザインしていないわたし

にそれなりの知名度がある事は不思議な気がするのですが、信号機という

「買えないけれどどこにでもある製品」を手掛けているのですが、新型の

信号機が都内にも設置された時、多分いろいろな意見が出るとは思います

がそれが落ち着いた先が楽しみです。

秋田道夫

2020/7/22

10:19 AM

July 19, 2020


自分が楽しみ

今、わたし自分のデザインに関して、まったくに近く切迫したものを感

じておりません。いや、それどころかこれからなにか大きなステージが

待っているだろうという確信に近い予感がするんですね。

そのステージが来た時にしっかり受け止められるように毎日ぽちぽちと

腕を磨いております。あくまでもぽちぽちと。

そう、わたしってまったくに近く力感がありません。力んでいないおか

げで肩も凝りません。

_

その実、軽く投げているように見えるボールが実はバッター(ユーザー)

の手元に来るとピッと伸びる球を投げている事に気がついてくれている

人が増えているというのが、最近の喜びです。

これまで本来力んでいないわたしが力んでいましたから。

これからの自分が楽しみだなというお話でした。

秋田道夫

2020/7/21

3:27 PM

July 18, 2020


F1コックピット.jpg

5:42 PM

July 16, 2020


ミバの問題

プロダクトデザイナーと一括りで外からは見られますが、実は旧来(?)

の工業デザイナーもいれば、建築寄りの人もいれば家具寄りの人いれば、

グラフィック寄りの人もいるわけです。さらにその「ガチガチ」の工業

デザイナーであってもカーデザインの人もいればわたしのように家電が

主なデザイナーもいます。

みなさんは「家電のスケッチ」って見た事がありますが?

実は本職のわたしでもそう家電のスケッチというものを見た経験がほと

んどありません。スケッチというと自動車のスケッチであり、デザイナ

ーの絵というとカーデザイナーの事が多いのです。

なぜかといえば家電のスケッチって「面白みにかける」んです。

ドラマチックでもないし、断崖絶壁の前に冷蔵庫を置いたスケッチは奇

妙でしかありません。

『とんでも無い値段の家電が存在しないのは人に見せて自慢できないか

ら。』という名言をいった友人がいますが、まさに家電では「絵になら

ない」わけです。(オーディオ機器は例外ですね家電じゃ無いし)

そんなわけで生活家電デザイナーのわたしもクルマや飛行機を描くわけ

です。

 GeeBee2.jpg

9:48 AM

July 7, 2020


仕事のデザイン

わたしの活躍はこれからだろうと思っています。

なぜこれからなのかと言えば「仕事が出来る人でなければいけない」と

いう長年の呪縛から開放されるからです。

まあ、デザインは出来るかなと思うのですが、はっきり言ってわたしは

「仕事ができない人」です。

大学生の時に様々なアルバイトでみんなができる事がすんなりと出来な

いの自分を知りました。ほんとつまらないミスをしてしまいます。

会社に入って数ヶ月後に、一ヶ月ほど大阪の電気店で販売実習を経験し

ましたが、やっぱりできないと思いました。

その傷心した最中休憩室で毎日新聞に掲載されていたのが「毎日ID賞

募集」の記事でした。日頃見ない新聞で出会ったのはほんと運命的だ

と思いました。 _

その毎日ID賞で特選を受賞したので、まわりは「デザインが優秀なら

仕事全般も出来るだろう。』と買いかぶられてしまいましたが、本人

は賞を取ったからと言って仕事の出来とは関係ないと思い内心過度の

期待をされては困るとつねに冷や冷やしておりました。

こういう告白は、これまでにだれにもした事がありません。

_

『デザイナーだからデザインができればい良い。』ものではありませ

ん。会社では「ゼネラル(総合的な)な能力」問われます。いずれは

リーダーになり管理職に移行します。

もちろん職人的にデザインだけに専念する道もあったでしょうが、そ

れもまた腑に落ちないという矛盾が自分の中でありました。

たぶん一人で事務所を続けているのは、「複数人では必要になる事柄

が上手くいかない自分を知っているからです。

わたしは今会社員になっても昔同様に仕事ができない人だろうと思い

ます。ただこう思うんです「社会という会社では仕事が出来ているか

もしれない」と。

秋田道夫

2020/7/9

5:19 PM

July 7, 2020


継続のデザイン

ふしぎなもので、子供の頃から自分は飽きっぽいと思っていたのに、こ

うやって長年文章を書き続けています。

別に文章書くのが好きと思ったことはないのですが、話すことは好きな

ので、自分自身が自分の「口頭筆記」をしている気分で書いています。

何度か書いてきた事をまた書きますが、わたしが文章を書くきっかけは、

わたしが独立してまもない30年ほど前に会社の友人が、ある著名な建築

家に自宅の建築を依頼したのですが、わたしが建築好きだと知っていた

友人が、建築事務所での打ち合わせに同席しました。

その場でわたしは、その建築家の方に『次代を担う若い建築家はだれだ

と思いますか。』と考えてみればぶしつけな質問をしました。

その質問に対して、ほぼ即答で『隈研吾さんでしょう。』と返ってきま

した。『その理由はなんですか。』とインタビュアー(?)が追質問を

しましたが、その答えが『文章が書けるから。』でした。

わたしは同世代であり、隈さんが学生時代すでに建築雑誌にコーナーを

担当していた事も知っていたのでとても腑に落ちた記憶があります。

別に隈研吾という人が今大活躍をしているから書いているわけではない

ですが、建築家にあっても(建築家だからかもしれませんが)建物の

デザイン力だけではなくそれを客観的に捉えて文章化できなければいけ

ない事を知ったわけです。

_

別にブログをはじめなさいとかSNSで書きなさいというつもりもないの

ですが、「残るのは言葉」だとわたしは思っています。

秋田道夫

2020/7/7

10:29 AM

July 6, 2020


AG!

70周年.jpg

九州にある業務用ガラス機器メーカー「旭製作所」が70周年を迎えま

した。5年10年会社を存続する事すら難しいのに、70年間継続し続け

るというのは途方もない難事です。そういう年数の感覚も、自分が独

立していなければピンとこない感覚かもしれません。

_

わたしが旭製作所のお仕事をする事になったのは、2005年だったかと

思うのですが、きっかけは信号電材の糸永会長に紹介していただいた

事に始まります。

現相談役の子息である池田靖之社長さんが会社を引きつぐにあたって

会社全体のデザインを考えて欲しいという依頼でした。

意外な事ですが、最初に手かけたのは「ガムテープ」と「ステッカー」

のデザインでした。

なぜガムテープかと言えば、製品のサイズが大きくてバリエーションが

多いので特定のパッケージが存在しませんでした。それならと考えたの

が、梱包するときに使うガムテープと行先のステッカーをデザインして

すこしでも「統一感」を出そうという試みでした。

考えてみると、旭製作所の仕事ではプロダクトデザイナー「らしい事」

というのはほとんどしてきていません。

会社のロゴマークをデザインしたり展示会のブースをデザインしたり、

新工場のための建築をデザインしたりユニフォームを考えたりと、グラ

フィックデザイナーと建築家となにかを「足して足して足した」ような

仕事です。

ようは依頼通り「会社が社会と関わる事全て」についてデザインをして

きた感じです。

旭製作所での仕事ぶりは他のデザイナーの方から見て興味深いものだと

思うので一度まとめて公開したいと思っています。

_

旭さんと仕事をしていて嬉しいのは、ロゴマークを大事にしてくれてい

る事と、社内から出来上がってくる素案がすでにとてもデザイン性が高

い事です。

この表紙も何点かの候補だったものからインスピレーションをもらって

考えたものです。

たぶんベース案が、あるところまで来ていなかったらこんなシンプルな

デザインは提案できませんでした。

うれしくもありありがたくもある共同作業の成果物です。

秋田道夫

2020/7/6

9:54 AM