言葉の自分化

言葉の自分化はなかなかというか相当に難しい。

いやそれは何事によらない。服装だってそうです。黒ずくめにしておく

となんか「デザイナー風」になる。

部屋だってそうです。「白ずくめ(?)」にしておくとなんだか「デザ

イナー風」になる。

もちろん「デザイナー風」と思うのは、なにか大きな事を成したデザイ

ナーがいてその人の服装や仕事場を見て『そういうスタイルがそういう

仕事に結びついたのか。』という「記号性」を見出した人たちがいて、

それをなぞることによって「デザイナー風」という事が形式化したわけ

です。

最近は見かけませんが、建築家の人が「蝶ネクタイ」をしていましたが

それはル・コルビジェが「元祖」かなと思うのですが、実はそれには

合理的な理由がありました。昔はインクで描いていたのでネクタイをし

て作図するとネクタイで図面を汚してしまうからです。(ネクタイが汚

れるとも言えますが)どこまで真実かはわかりませんがとても理にかな

っているファッションです。

黒ずくめというとアルマーニが、ファッションショーの最後に黒のスエ

ット(Tシャツと黒のスラックス)で登場するのをイメージしますが、

それはおそらく「黒子に徹する」という事のアイコン(象徴)であるか

と思います。勝手な憶測を付け加えるとアルマーニはもともと医者を目

指していて、わたしはその動きやすい黒ずくめを見ると「オペ(手術)」

に着用するVネックの手術衣を想起します。

ようは「オリジネーター(元祖)」にはカタチに理由付けがあり、理由

にはその人の人生があります。

おいそれとはスタイルに「考え方」を入れ込む事はできません。

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なぜ「言葉の自分化」という言葉を思い付いたかと言えば、きっかけは

意外なものです。

それはゴルフ動画を観ていてゴルフ初心者で関西出身の女性が打ち損じ

た時に『やってしもうた。』と発するのを観ていたからです。

平素は標準語で話をしていて、「驚いた時」「失敗した時」に関西弁が

口をついて出るというのは、如何にもありそうな事ではありますが、

それにしても雰囲気と「似つかわしくない」のです。

わたしは直感的に小学校か中学時代にそういう言葉を使う同級生がいて

その「状況」にある利便性というか、うまく責任を回避していた事を記

憶しているかもしれません。つまり「今これをしたのは自分ではない

(本意ではない)」という事を言葉化したように感じました。

いつまでも自分の責任を自分の言葉で反省しないと進歩するのは難しい

かなと思います。

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「言霊」と結論付けると大袈裟ですが「自分の言葉を作らないと作るも

のも自分のものにならない」ものだと思うのです。

秋田道夫

2020/5/7