Archive of May 2020

May 30, 2020


2020年のMA

わたしがデザインした家電シリーズMAが市場に登場したのは2007年の

事でした。「デザイン家電」としては後期にあたります。

実は今もケトルとIHクッキングプレートを事務所で使いつづけています。

故障なし。頑丈そのものです。

13年も経過したので、今デザインしたらどんなデザインを「したいのか」

を考えて今朝スケッチを作成したのが下の図です。

ハンドルはそのまま。蓋もそのまま。ただ本体であるステンレス部分を

上まで伸ばし「厚み」を増やしました。

スケッチをした当初は全体を白の艶消しにしたりプロポーションを変え

たりしましたが、どうもしっくりしないので「元の形」に戻しました。

やっぱりこれでないと「落ち着かない」のです。

13年前にデザインした時の思いはやはり変わってはいませんでした。

変わらないのはすごい事です。

秋田道夫

2020/5/30

 ケトル2020.jpg

1ketoru.jpg

4:00 PM

May 10, 2020


ことばをかたちに、かたちをことばに

ホームページを新しくして半月ほどが経過しましたが、アクセス数が結

構な数になっていて、関係者の方はその事に驚いているそうです。

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わたしがその事を良かったと感じているのは、ホームページを作ってい

ただくにあたってわたしの「したい事」というのが、通常「ホームペー

ジにクライアントが期待する事」とかなり離れていたからです。

わたしが思うにホームページというのは結局のところ「周到な自慢」の

ようなもので、その事をいかに美しく設える(しつらえる)かというの

が、制作会社の腕の見せ所ですが、そういう行為をばっさり取られてし

まってどこに本領を発揮させれば良いのかわからないデザインです。

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「見せたいデザイン(仕事)」から「見たいデザイン(仕事)」にした

い気持ちがありました。

これまでのサイトは「見せもしないデザイン」でしたから、ある意味

「見たい気持ち」に寄り添ったデザインにしたかったのです。

しかしその「読めるサイト」というコンセプトは意外な困難を作る人に

強いる事になりました。今ネットを観る人の多くがスマホである事。

タブレット端末もあり、ホームPCもあり、それぞれの端末によって表

示にずれが生じます。文章が多い分字の間隔やサイズが変わって大変

難しいのです。実は写真を全面に表示するよりも複雑です。

_

要は「見た目には効果的では無いのに、労力がかかったホームページ」

なのです。

ゆえに閲覧してくれる人が多い事が、その労に報いる最高の贈り物です。

今世界が対峙している困難な問題の中にあって、多くの人が「仕事」と

いうものの本質とは何かを考えたい理解したいという気持ちが高まって

いると思います。

そういった意味ではデザインした製品を単にレイアウトするだけでなく

その製品の背景やデザイン思想を読めるようにした事が、期せずしてタ

イムリーだったといえます。

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新しいホームページのかたちが、プロダクトデザイナーとしての新しい

有り様の提示になっているならとても嬉しい。

秋田道夫

2020/5/13

5:37 PM

May 7, 2020


言葉の自分化

言葉の自分化はなかなかというか相当に難しい。

いやそれは何事によらない。服装だってそうです。黒ずくめにしておく

となんか「デザイナー風」になる。

部屋だってそうです。「白ずくめ(?)」にしておくとなんだか「デザ

イナー風」になる。

もちろん「デザイナー風」と思うのは、なにか大きな事を成したデザイ

ナーがいてその人の服装や仕事場を見て『そういうスタイルがそういう

仕事に結びついたのか。』という「記号性」を見出した人たちがいて、

それをなぞることによって「デザイナー風」という事が形式化したわけ

です。

最近は見かけませんが、建築家の人が「蝶ネクタイ」をしていましたが

それはル・コルビジェが「元祖」かなと思うのですが、実はそれには

合理的な理由がありました。昔はインクで描いていたのでネクタイをし

て作図するとネクタイで図面を汚してしまうからです。(ネクタイが汚

れるとも言えますが)どこまで真実かはわかりませんがとても理にかな

っているファッションです。

黒ずくめというとアルマーニが、ファッションショーの最後に黒のスエ

ット(Tシャツと黒のスラックス)で登場するのをイメージしますが、

それはおそらく「黒子に徹する」という事のアイコン(象徴)であるか

と思います。勝手な憶測を付け加えるとアルマーニはもともと医者を目

指していて、わたしはその動きやすい黒ずくめを見ると「オペ(手術)」

に着用するVネックの手術衣を想起します。

ようは「オリジネーター(元祖)」にはカタチに理由付けがあり、理由

にはその人の人生があります。

おいそれとはスタイルに「考え方」を入れ込む事はできません。

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なぜ「言葉の自分化」という言葉を思い付いたかと言えば、きっかけは

意外なものです。

それはゴルフ動画を観ていてゴルフ初心者で関西出身の女性が打ち損じ

た時に『やってしもうた。』と発するのを観ていたからです。

平素は標準語で話をしていて、「驚いた時」「失敗した時」に関西弁が

口をついて出るというのは、如何にもありそうな事ではありますが、

それにしても雰囲気と「似つかわしくない」のです。

わたしは直感的に小学校か中学時代にそういう言葉を使う同級生がいて

その「状況」にある利便性というか、うまく責任を回避していた事を記

憶しているかもしれません。つまり「今これをしたのは自分ではない

(本意ではない)」という事を言葉化したように感じました。

いつまでも自分の責任を自分の言葉で反省しないと進歩するのは難しい

かなと思います。

_

「言霊」と結論付けると大袈裟ですが「自分の言葉を作らないと作るも

のも自分のものにならない」ものだと思うのです。

秋田道夫

2020/5/7

10:02 AM

May 6, 2020


デザイナー像

ライターの加藤孝司さんから、10年前わたしの事務所で撮影した写真が

送られてきました。

今も借りている部屋ですが、当時すでに古いアパートの一室です。

およそプロダクトデザイナーがここに「生息している」という気配はま

ったくありません。

_

2010年というとその年広島市が2020年夏季オリンピック・パラリンピ

ック招致表明をした事を受けて、若手建築家/デザイナーによる未来の

オリンピックにむけた提案運動を牽引していた人物の一人が加藤さん

でした。加藤さんはデザイン全般に興味も関心も知識もある方ですが、

その中でも建築家に関心が強くなっている事を感じたのもこの頃です。

JDNでコーナーを持たれている桐山さんも紹介者に建築家が増えてき

たりして「デザイン」のトレンドを作る人たちがプロダクトから建築

に移行している事が如実になったのが、2010年が「分水嶺」だったの

かもしれません。

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加藤さんに紹介していただいた谷尻誠さんのその後の活躍はみなさん

も良くご存知でしょうし、スキンケアブランドの「Aēsop(イソップ)」

の青山にできた日本一号店の内装を担当した長坂常さんも、その前年だ

ったかに加藤さんに紹介していただきました。長坂さんはその後ブルー

ボトルコーヒーのショップデザインも担当されて、まさに現在の流行の

最先端を走る建築家を紹介してもらったわけです。とても贅沢な経験で

す。

_

でもまあ、こうやって写真を送ってもらっていると言う事は忘れられて

もいないし、今のような状態になって人と濃厚に接する機会の多いプロ

ダクトというものの役割の大切さを思われているのかもしれません。

それにしても10年後もこうやって同じ事務所でこの文章を、同じ机同じ

椅子に座って同じ湯飲みを使って同じブログにこうやって書いている事

が半ば奇跡のようにも思います。

秋田道夫

2020/5/6

L9995597.JPG

10:42 AM

May 5, 2020


入力と出力

今はとても貴重というか稀有な経験をしていると言えます。

こんな世界中が同じ問題で頭を悩ますというのはまさに前代未聞です。

何事によらず「だれかが得をしている」とか「だれがか免れている」

という「不平等」「不均衡」を言う事が、自分を正当化する口実だった

りしますが、今回に関してはまったく平等にマイナスです。

そんな「入力」があるなかでどんな「出力」をするのか問われています。

_

以前、設計を担当されている方達に、プロダクトデザイナーの考え方

についてお話をさせてもらった事があります。

なにか興味深い話に出来ないかと思い、ある「例」を思いつきました。

わたしが工場から営業所に毎日製品を届けるトラックのドライバーだと

して、その毎日通っている道路の中央に「おおきな岩(石)が落ちてい

たらわたしはどういう行動を取るかと言うお話です。

_

まず大切なのは「その道は往来が多いか少ないか」という事です。

(日頃から観察力が問われます。)

ようは困る人がどれだけいるかという事です。その事によって「取るべ

き行動と時間」が変わって来ます。混んでいたらそれこそ自分だけでな

く手分けして対応できます。それより大事なのは「だれが落としたか」

とか「今日はツイていない」とまったく考えない事です。それよりは対

応です。

そうクルマの量が多くなければ、トラックから降りて石を観察します。

ぐるりと回ってスマホで写真を撮る。トラックとの対比写真がサイズを

誰かに伝えるのに有効でしょう。(サイズと石の種類がわかれば重さも

わかるし、どんな作業車が良いかもわかるでしょう)

わたしは工場長に電話して、位置情報をスマホで知って画面をスナップ

で撮って送ります。(市役所が良いか警察がいいかも相談します。)

ようは「問題を共有」する事です。とにかく孤立しない、独り相撲をし

ない。

もうひとつ大事な事は「工場と営業所の関係性」を常から把握している

事です。つまり「今積んでいるものが、早急に届けないといけないもの

かそう急がれていないか。」を日頃から生産予定表をみてできれば販売

の状況も「なんとなく」把握出来ているかどうかです。

_

その上で迂回路を選んで運べば「だれもなにも言われない」それどころ

か冷静な判断をした事で、褒められるかもしれません。

一見ツイていない事が、あなたの評価を上げる事にも対応次第でつなが

るわけです。

でもここで終わらないんですね。その石を工場の人に運んでもらって

工場の入り口にある庭に「記念石」として飾れないかなと考えるわけで

す。もちろん「持ち主が現れなければ」。

秋田道夫

2020/5/5こどもの日

例え.jpg

9:17 AM

May 4, 2020


新しい事の意味

最近、新しい事に挑戦しております。

まず一つ目は、『使いやすいらしいですよ。』と教えてもらった3Dソフト

をインストールしてYoutubeの解説動画を観て試しておりましたが、実際

のところ理解に限界があるので基本操作の書かれている教則本を買いまし

た。

それから、先日対談をしたZOOMですが、そこで得られた経験をもとに画

質と音声を良くしたいと思い、マイク内蔵の高解像度の外付けカメラを購

入しました。

どちらも実際に使ってみると気になるところが出てきました。まだ、時間

があるタイミングで試しておいて良かったです。

わたしは、もともと新しい事にさしたる期待はしないようにしています。

期待するほどに失望が生まれます。

それでも「新しい事」に挑戦する理由はなにかといえば、「ものすごく

良い事」のように新しい事を喧伝する人がいるからです。

ようは「ビジネス」ですね。それは製品だけではなくSNSもそうだし、

様々なサービス全般に言える事です。

都合の良くない事は書かれていません。ユーザーサイドかと思っていた

「レビュー」ですら書かれていない事があります。

別に「懐疑的」になれという事ではありません。やっぱり「飛び込んで

みないとわからない」わけです。

振り返れば大学に入る事もそうだし、会社に入り会社を変わった事もそ

うです。多くの人が知らない事、自分だけが知っている事をさも輝いて

見せたくなるのは「人情」であって見栄も慢心も「しょうがない」部分

があります。経験とは自分が輝く事ではありません。自分がどれだけの

輝きかを客観的に知る術です。

秋田道夫

2020/5/5

6:05 PM

May 2, 2020


数字の意味

最近、Googleの検索数が50万件を超える時があります。

数字は刻々と変化するので確定的なものではありませんが過去最高です。

こういう事を書く度に、そんな数の人の多い実物が数を誇るかと自身も

思うのですが、なにせ「数字を増やす工夫」をまったくしていないし、

新製品もさして無いのに増えるのは不思議です。しかもそれが新しいホ

ームページを公開したタイミングだというのがよく出来た偶然です。

唯一思い当たるとすればこのブログです。

それは、雨の日も風の日も土日も街頭に立って「市政演説」をしている

無党派の市会議員のような気分です。だれも立ち止まって聞いてはくれ

ません。ただ選挙の時には、『あーそう言えば毎日「なんか」言ってい

たからよく知らない人に投票するよりは良いだろう。』そんな存在感で

何期も当選しているような気分です。

実際このブログを読んでいる人は多くない。(最近調べていませんが)

SNSをはじめてもさしたるフォロワー数にもなりません。

ようは「手応えはない」のです。

その手応えを感じられるのは、だれが投票してくれたか分からないこの

検索数であるわけです。まさに「サイレントマジョリティー」です。



「あの日から書き続けていたから今助かっている」そんな気分です。


秋田道夫

2020/5/2

10:25 AM