Archive of February 2020

February 28, 2020


ホームページの事

このホームページは有馬トモユキ(有馬智之)さんのデザインです。

今検索したら4万件を超えているしナレッジパネルもできています。

日本デザインセンターでの活躍も目覚ましいものがあります。

「天才有馬くん」が、世間に認知されるのは嬉しいというよりも当然

のような気がします。

このホームページも美しく品格があります。

しかし、新しいMacOSでは表示できなくなりました。

ブログのサイト「Information」も表示に不都合ができGreenboard

に移行しました。

すでにいろいろな所をメンテナンスしなければいけなくなりました。

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実は4月を目処にだれも知らないだろう「Design Basic」という屋号

を32年前に独立した時に使っていた「秋田道夫デザイン事務所」に

戻そうと思っています。

そこで「過去の製品」や「受賞歴」というデザイン事務所のホーム

ページなら当たり前の情報が掲載されているホームページを新規に

作るべく今作業をすすめています。当たり前になるのに8年もかか

りました。

しかし新しくなってもこの「Language for form」という素敵なサ

イトは継続して観られるようにしようかと思っています。

実際わたしの作業でメインに使っているパソコンでは今でもちゃん

見られます。(逆にタケダデザインプロジェクトのサイトが見られ

ない)ようは「すべてをまかなうものはない」という状態です。

ゆえに「新旧」どちらも継続して行こう思っている次第です。

秋田道夫

2020/2/28

4:32 PM

February 21, 2020


景色としての自分

タイトルから離れた話からすれば、わたしは小さい時から機嫌の良い子

供だったらしい。近所のおじさんおばさんにも愛想よく笑顔を振りまい

ていたそうです。

そんな事を再認識したのは、今から5年ほど前の講演の後に参加してくれ

た方が『機嫌の良さは大事である事を再認識した。』と言った趣旨の話

をツイッターに書いてくださっているのを目にしたからです。

そう言えば昔、大通りを向こうから歩いてくる2人連れの男性がえらく楽

しそうにしていると思って近づいたら1人がわたしだったという話を知人

がしていました。

とはいえその講演会でわたしが話をした事が、自分の調子が良いなんて

「機嫌が良くなって当たり前」の話をするわけではなく、プロダクトデ

ザインの世界の実際を話をしていたわけで、内容は結構シビアなものだ

ったと思います。その上で「総論」として「機嫌が良いというのは強い

し説得力がある」と思われたわけです。ようは正露丸の糖衣錠のような

もので、わたしの話が内容まで「甘い」わけではありません。

ちなみに正露丸の糖衣錠は「それでも特有の匂い」が糖衣を超えて感じ

られますが。

現実は、シビアです。つねに。しかしそれはどこの世界でもだれの生活

でもそうだと思います。

つまり「それを前提にいかに楽しく変換するか」にかかっています。

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機嫌の良さのメリットはなにかといえば「機嫌が悪くなれる」事かなと

思ったりもします。ようは「相手からよく思われたい」とか「機嫌をよ

くしていないと事がうまく運ばない」とは思っていないのです。

そういった意味では忌憚なく振る舞えるのは、世間からの承認欲求とい

うものは「すでに子供の時に承認されている」と思っているゆえです。

同様に(?)わたしがプロダクトデザインをしているのは承認欲求で

はありません。花形の職業とも華やかな世界だと感じた事もありません。

正直そんな「世間のウケ」を狙った美しくて使いにくいものを作っち

ゃいけないだろうとずっと思っています(いや最近気がついたのかな)

もう一つ言えば「公共機器のデザイン」というたぶん評価の軸になり

にくいものを手がけているのは、地味な世界にスポットを当てるのが

自分の役割だと思うのは、「承認済み」の心境ゆえなのかもしれません。

_

「景色としての自分」というタイトルに見合っているのかはわかりませ

んが、世間から見て自分もプロダクトデザインの世界も「ひとつの景色」

に過ぎないという達観はいつもしているという事です。

秋田道夫

2020/2/21

9:23 AM

February 12, 2020


写真1.jpg

大工真司さんが撮ってくれた写真です。まだ家具も揃っていない新事務所

での一コマです。 面白ですね。いろいろなものが散在しているのにそこ

には目がいかない。(被写体が自分だからでしょうか)

いつもと違ってメガネもなければヤンキースのキャップも無い自分がよく

知っている素の自分です。

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一昨日ドイツのIF賞の発表がありました。別にわたしが受賞したという話

ではありません。その受賞作の中のひとつに目が止まりました。

それはとてもわたし的なものに思いました。要はとてもシンプルという事。

ドイツのデザイン賞を受賞したものに顕著な特徴は、それはシンプルであ

るという事です。そこに「時代」はありません。

つまり「素」のものがちゃんと評価されるという風土がそこにあります。

それは昨年100周年を迎えたバウハウスのデザイン教育の導きです。

ただの円筒でできたセンサーがベスト賞に選ばれたのもただの円筒をうが

ったルーペが最高賞に選ばれたのもそういうデザイン風土のおかげです。

ただの円筒や矩形をして「わたしらしい」というのはとても不遜に聞こえ

る事は重々承知です。しかしどう考えても「そういう形で収まっていない

製品」を円筒化したり矩形化するのは、ちょっとした発見でもありなかな

かの工夫です。そういう「そうでもないジャンルでそういうカタチ」を何

度も繰り返して来たからのご褒美が「わたしらしい」という言葉だと思っ

ています。

今から10年前にも、やはりわたしらしい製品を他に見出しました。

『それは自分がしなくては。』と思ってデザインしたのがShunik(朱肉)

でした。製品はアルミでできたただの黒い矩形ですが、朱肉という円筒形

でできた世界において「矩形」は発明に近いのです。

タケダデザインプロジェクトでも様々な矩形や円筒や球体の製品をデザイ

ンして来ましたが、意外な事に「影響」という面では矩形と円筒に溝や穴

をうがった小型の「ペーパーウエイト」です。

たぶんわたしを「哲学的」と表されるのはこの製品のような気がします。

そこまでプライマリー(素)にしても製品になる事に驚きがあるようです。

様々な製品であり機能の「素」を見出すのがわたしの仕事かなと改めて

思ったわけです。

秋田道夫

2020/2/12

10:06 AM

February 9, 2020


仮説

「続ける事に意味があるかどうかは続けてみないと分からない」

実は、一つ事を続ける事にそんなに意味を見出していなかったわたしです

が蓋を開ければ会社員になった時から数えると45年にもなります。

独立してから数えても30年以上になります。その間ずっと「プロダクトデ

ザイナー」十分すぎる一つ事です。

仕事先にも10年以上の付き合いという会社も何社かあるし、このブログだ

って2003年に始めたので17年目です。結局は長続きです。

しかしわたし自身は今もって「飽きっぽくて何事も長続きしない。」と思

い続けているので不思議です。今もって飽きっぽい性分です。

ようは「続ける」事は意志ではありません。「結果的に続いている」に過

ぎないわけです。ゆえに「続け方」のアドバイスはできません。

言えるのは続いていることがあれば続かない事にも「意味」があるという

事かなと思います。

1:08 PM

February 6, 2020


伝わり方

先日書いた「世界観」ですが、大事な事を書けてよかったです。

実は半月ほど前、このブログの大切さを書いてくれた方がいたのです。

それもお世辞でもなくまったく淡々と。あらためてブログを育てなく

てはと思った次第です。

_

ブログは「反応がない」というのが基本だと思っています。

そこがFacebookをはじめとしたSNSと違うところです。

わたしはFacebookへの書き込みはブログのための仮説と検証の場に

使っています。つまりどういう話をみんなが好み読みたいのかを知る

ためです。今は繋がっている人は180人ほどです。多くはないです。

それは各人のSNSの捉え方ですが、なにを書いても『わーいいです。』

『さすがです。』なんてコメントが何百と付いたら、わたしは絶対に

「勘違い」をしてしまいます。そして「今」というものにしばれれてし

まいます。

そのへんわたしの「変わり者」を理解してくれているようでデザイン賞

を受賞した事を書いてもいいねがついても『さすがです。』というコメ

ントはゼロでした。

「ソーシャルメディア」であっても独特の色というものは存在し得ると

思います。

秋田道夫

2020/2/6

2:00 PM

February 3, 2020


世界観

最近新しい事務所を紹介していますが、今から25年ほど前にも同様に

すてきな事務所を借りていました。が、2年間でそこを退去しました。

まさに「無理」をしていたんですね。

器を用意すればそこに入る液体(仕事)が満ちてくると思ったわけで

すが現実は、器が大きくなった分だけ入った仕事がより少なく思える

逆の作用をしました。

もう一つ言えばもともとギリギリだったので家具に十分費用を割振れ

ませんでした。

これもまた器が綺麗な分だけそこに置かれたものの不似合いが際立っ

てしまいました。

実はそこにはあるおおきな理由がありました。

それは会社員時代の同僚の中にシリコンバレーにある有名な大学の卒

業生がいて、そこにある今も有名な世界的な企業で日本でのデザイナ

ー(事務所)を探していて、わたしの事務所も推薦してくれたのです。

当時借りていた部屋も新築ではありましたが、いわゆるアパートのよ

うなところで、ドラフターやコピー機やら熱線カッターやらで所狭し

という感じの部屋でした。

結局わたしの事務所は、その次の段階に進めなかったのですが、その

理由を「部屋」にあると思ったわけです。(というか力量不足ですが)

_

今そういう話が来たらどうでしょう。まず『ちょっとそれは荷が重い

ので、仕事(になるか)はどうでもいいですから、ひとまず遊びに来

てくれるだけでも光栄です。ついでに都合がよかったら一緒に食事で

もしていろんなお話を聞かせてください。』というでしょうね。

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ある意味今よりも「プライド」は高かったでしょう。へんな話大きな

仕事もやれるような気がしていました。「できるか」というより「や

りたい」という気持ちが先に立ちすぎていました。

うまく行かなかったら相手に迷惑がかかると少しも思っていませんで

した。

今だったら「0.5」つまり調査に来た人が独立した時に、わたしに頼

みたくなるような「ニュアンス」を感じてもらえるような言葉を選ぶ

かもしれません。

わたしよりも「もっとふさわしいデザイナー」を紹介するかもしれな

いし、まずは「日本のデザイナー地図」を説明するのかもしれません。 

とにかくわざわざアメリカから日本に来てのリサーチを円滑かつ楽し

く有意義で高い成果が上がるように手助けするのが自分のミッション

と捉えたでしょう。

自信とプライドは違うと思います。わたしは今は、「出来ない」も含

めて自信だと思っています。

秋田道夫

2020/2/4

6:01 PM